11:00 pm Sunday, August 26
最初にあわせた目に浮かんだ色を、自分は当分忘れないだろう、そんなことを思った。
微かな波が冴えた蒼の中を渡り、また眼底が光るように静まり返った。
井戸の底、水の湧き出る岩の裂け目、そういったイメージが一瞬その眼と重なる。

ソレが、くう、と細められた。
ドアの向こう側からは、押し殺された暴力の気配がじわりと押しやられてこの場所にまで混ざりあおうとする。
窓辺から振り向いたその両手は何も持ってはいなかった。
黒く切り取られた窓から、何を眺めてでもいたのか。拡がるのはただの宵闇だけだ。木の影だけが動き際だち。

つ、と銃口を心臓に向けた。
「今晩は、トマ」
片頬が僅かに歪むようだった。
あぁ、トマソだったか…?

「やぁ、ゾロ」
左の指先だけを動かしてトマが言って寄越した。逃げる素振りは…無いな。
「久しぶり、」
硬質な声は、僅かに語尾が掠れていた。記憶と重なる。

足音を殺したハンタァが屋敷の奥へと進むのが「わかる」。あと、残りは僅かだろう。
この「王様」は奥にいもせず、ドアの前に二人並ばせたきりで書斎にいたわけだ。
死にたいのか、どうでもいいのか、退屈しているのか、いずれにしろおれには理解不能だ。
「おれは、生憎とあんたのことは覚えてない」
悪いね、と付け足した。

「おれが覚えていれば充分だ」
す、と眼差しが流れた。
水が揺蕩う。
理由を、問い質しても返事は無いと理解した。みればわかる、この男は退屈していたんだろう。
何に、かは。
おれの興味の範疇外だ。

「確かに、殺したいほど憎まれれば充分だな」
「おれはね、昔からおまえが嫌いだったんだよ、ゾロ」
―――フン、らしいな。
トマが。父がどうこう言い始めた。―――あぁ、「トーニオ伯父さん」のことか。
「ちび」はそのヒトがいなくなって寂しがってたぞ、おまえには関係のない話なンだろうが。

親父の話、あぁ、それは違う。あのイカレたおっさんは、別にファミリを継ぐ気は無かった。
おれのハハオヤに惚れただけだとさ、バカバカしいな?おれにもその血が半分混ざってるときた。

だけどそのオンナが、逃げ出したんだよ。
相手は誰だと思う?聞いたらおまえでも笑うぜ、きっと。
声に出さない言葉。

「父は……」
随分と、チチオヤに憧れているらしい、おれの従兄は。
「トマ、」
遮った。
「すぐに会えるさ」

コン、と。
乾いた音を立ててドアが1回だけノックされた。
そろそろ時間だ。
「ゲーム・オーヴァ、」
トマが、まっすぐに銃口をみつめてきた。

「負ける勝負には出るモンじゃない」
「負けか」
くう、と薄い唇が吊上がった。
「トマ、あんたが最後の駒だよ」
「おまえとおれの差は?」
あと少し、感情が加われば子守り並に万人受けするソレが問いを投げ。
「知りたくも無いな」
あぁ、おれがこういう答えを返すから、おまえはおれを嫌いなのか。きつくなる眼差しを確かめ、半ば笑い出したくなった。

「選べ、」
トマをみつめた。
おまえの最後の場所を決めさせてやる。

「おれは、実を言うと」
トマがすう、とまた唇を引き上げた。
「この家の壁紙も大嫌いなんだよ」




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