2:30 pm Tuesday, August 28
シャキン、と鋏の音がする。
赤い土に、煌く金色が散らばる。
その上に、黒い影。
溜息。
落とされる。
「だって邪魔なんだよ?」
何度も繰り返したセリフ。
「長い方が綺麗だと思うのは主観の問題だがもったいないと思う」
何度も返されたセリフ。
「顔に張り付くし」
「慣れるさ」
「う……そうだよなあ…」
鋏を持った渋面を見上げる。
兄弟子。
長い髪が後ろで揺れていた。
闇を引き込むような黒。
「でもさ?」
リトル・ベアを見上げる。
ちら、と合わされる目。
しゃきん、とまた鋏が鳴った。
「ゾロともう一度、今度はしっかりとした意志を持って出会いたいんだもん」
最初の時みたいな、アクシデントではなく。
総ての偶然も、必然の内だけど。
「一度出会ったオマエは、すでに出会う前のオマエとは違うだろうに」
「キモチの問題なんだってば」
リカルドが、目だけで笑いながら鏡を持ってくれている。
かれこれ1時間、外で髪を切っているけれど、一向に短くなった気配がない。
師匠がティピから頭を出して。
「今度はアタマから轢くがよかろう、」
そう言って笑っていた。
「アギレの新しい馬での、」
目線を師匠に向ける。
「轢きません!!」
ぶふっ、とリカルドが噴出した。
師匠がにかー、って笑っていた。
さらさら、と櫛でオレの髪を整えるリトル・ベアは、仏頂面。
オレの髪だっていうのに……なんでもったいながるかな?
どうせまたすぐ生えるのに…。
「終了」
「ええええええ〜〜〜!?」
切れてないって絶対!!!
そう兄弟子に言うと、
「毛先を整えた」
しらっと応えられた。
「む!」
「伸ばした時にキレイなようにな」
「むう!!」
唸るオレに、リカルドが笑って言う。
「諦めろ、サンジ。アルトゥロはヴィーダの親友だぜ?」
「だってでもそれ関係ないよ!」
「あるって。なあ?」
「編込みまでマスターしたぞ」
リトル・ベアがしれ、っとまた言った。
うううう、編込みってなんだかわかんないよう〜。
「あれはなかなかおもしろかったの!」
「師匠、あれってなんですか…」
ひょこってまた頭を出した師匠が笑って言った。
「仲睦まじいことであった、」
……仲いいのは解ってるけどサ?
「儀式のようでもあったの、」
そうリトル・ベアににやっと笑いかけていた。
「儀式ですよ、アレは」
師匠にため息交じりに応えたリトル・ベアを見上げる。
「アルトゥロ、メディスンマンだもんなァ」
リカルドには、少し尊敬の響き。
師匠がまたにぃ、って笑って言った。
「北の方の部族は、」
「…北の方の部族は…?」
リトル・ベアがくう、っと目を細めた。
「新妻の髪を夫が編むことがあったかの、」
そう言って師匠が大笑いだ。
「まこと、残念なことばかりよ」
「……新妻?」
ほへ、とオレが聞き返すと、リカルドがまたケラケラと笑った。
「グレート・サンダー・フィッシュ、チビどもが見れなくて残念だな」
"チビども" ?
「冗談ばかり言ってるな」
リトル・ベアが苦笑した。
「アギレ、残るはお主のみぞ。地も見て行くがよかろうて」
リカルドにそういい残して、師匠はまたティピに戻っていった。
リカルドが、あっちゃあ、って顔をした。
うう、なんのことだろう…?
「なーアルトゥロ」
リカルドの声に、さっさと道具を仕舞っているリトル・ベアに気付いた。
うわ、早!
もう切る気がないってこと!?
ほとんど切れてないじゃんっ!!
内心、声を上げかけたオレに構わず、リカルドののんびりとした声が続く。
「置いてっちまって本当にいいのか?」
「オレをか?アタリマエだろう」
「うーん……ここじゃ出会い無いだろ?」
……あ、キョウダイの会話だ!
出会いって…?
「バカモノ。交わる先は放っておいたって交わるものだ」
…うん?
「…それって、リトル・ベア…ビジョンがあるってこと?」
恐る恐る声にすると。
リトル・ベアが肩を竦めた。
「悪いことばかりではないよ、キャット」
「……へえ?!」
リカルドが、にか、と笑った。
「じゃあオレは?」
「興味も無いクセに訊くな。高く着くぞ」
パシ、とリトル・ベアが言い切って。リカルドが大笑いした。
「うーわ!!」
……なんか、うん。リカルドと兄弟子のキョウダイっぽい会話って、初めて聞いた気がする。
「ああ。けど。旅立ちの日取りくらいはアドヴァイスくれよ」
「オマエのトーテムに訊け」
「うーわ、サンジ、今の訊いたか?きっびしぃの!!」
さらん、と。アルトゥロのまっすぐの黒髪が揺れた。
今日は縛ってなくて、流れている。
整えられた毛先。
「リカルド、髪の毛鬱陶しくない?」
「や、そうじゃなくてだな」
「うー……」
唸るオレに、
「あー……は!わかったわかった。ったく」
笑ってリカルドが立ち上がった。
鏡をひょいと手渡された。
「はい?」
「アルトゥロだけじゃないんだぜ?」
「…なにが?」
「構ってくれないアルトゥロに変わって!編込み、編んでやろう」
「…は?」
「ビーズ入れてやろうな。アルトゥロ、少し分けろよ」
笑ったリトル・ベアが、タークォイスの石のワッカがいくつも入った箱を手渡してきた。
「よっしゃ!サンジ、鏡で見てろよ〜〜!」
「はあ」
にか、と笑ったリカルドを鏡越しに見つめる。
「後で写真に収めて、ゾロに渡してやろう」
「………ゾロ、オレが髪切ったのに、絶対気付かないと思う」
オレの呟きを気にすることなく、にか、とリカルドが笑った。
「最初から編込み、つまらないか?なぁ、サンジ、もうちょっと遊んでいいかな?」
「…リカルド、髪切れる??」
「切らないってば!長い髪じゃないと結わけないだろう」
「う……」
いそいそ、とリカルドがポラロイド・カメラを取りに引き返していって。
鏡の中の"オレ"だけと一緒になる。
「………結局、この1時間ってなんだったわけ???」
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