2:05am Monday, August 27
音もなく開いたエレヴェータの扉、その前に広がったのはもうすでに見慣れた潜伏先の景色だった。

下にいた奴と同じように、子守りに留守を委ねられていたこの男も多少の戸惑いを表情に乗せた。
一人で先におれが帰るとは思ってもいなかったのだろう。

「ご無事で、」
静かな声に通り過ぎざま、ひらりと手を振った。
「おまえもよくぞ無事で」
ドルトンに冗談めかして返した。上っ面を滑って流れ出す言葉の羅列。

二人ばかり、廊下に残してごく自然な歩みで4階のフロアを奥の部屋に向かって進むおれのほんの肩先より後ろを付いて来た。
「ゾロ、」
呼びかける声に、何色もの色が塗り重ねられていた。諧謔、笑い、そして微かなプラスの感情の源になるもの。
「父上からご連絡がありましたよ」
―――最悪だぞ、おい。
勝手に脚が止まった。

「頃合とみて……リークしたのはおまえらか?」
「まさか、」
おれの肩を軽く押して奥の部屋のドアへと促しながらドルトンが薄くわらった。
「さすが、というべきか悩ましいところですが」

かち、とドアノブを回しながらドルトンが言っていた。ドナレッティの御大から連絡があったそうですよ、と。
―――あの、じーさんか。

「モンスタァは健在、という訳ですね。彼がこちらサイドについていたのは幸運だ」
くう、とドルトンの口端が吊り上っていた。思ってもいないことを言うときのコイツの、公的な作り顔だ。
「幸運などじゃない、」
ドアをドルトンの鼻先で閉じる前に言って返した。
「おれが味方に引き摺りこんでたんだよ」

すう、と閉じられる扉の向こうから、聞こえた。
「良い夜を、」
――――あのなぁ、過ごせるかよ。相変わらず性質の悪ィ連中だ。
「これ以上は無いな」
く、と笑い声と。静かな気配が立ち消えた。

ガンを抜き出し、テーブルに置き。ゆらり、と戻りかける意識を追い出した。
目を閉じていてもできるルーティーン、一通りの流れ。ソレを分解し、また組み立てる。
年寄り連中が散歩に出かけて考え事をするのと似たようなモノか。手が勝手に動き、頭のなかは忙しなく別のことへ向かう。

ふ、と思い出し。放り出してあったケイタイの着信をみれば。
―――――あぁ、やっぱりな。
西のバカから10分に1度の割に、午後7時から午前零時まで。ずらずらと同じ文字が並ぶ。

零時を過ぎてからぴたりと音信不通なのは、イカレ親父にトッ掴まったか、オンナと出かけたかのいずれかだ。
ドルトンが生きているからには、確率は後者が8割。

ウェスで最後に組み立て終わった銃身を拭い、またテーブルに置いた。
何かが意識の端に残り、日常にも戻りきれずかといってあの「島」でのことにこれ以上占められたくも無かった。

汚れた白の羽根飾り、イメージ。
あの羽根と銀とが、夏の夜に死にそびれてから今日までの流れの象徴であるとすれば。
おれはあの従兄を、いまも掴み取れるほど傍らに感じる暗い裂け目の中に沈めてやろう。
そして、その先は―――――

『あぁ、ほら。夜があそこから明けていく』
そう言って、東の稜線を指したのは。
現在を照らす光り、過去を包む日差し、……どちらのものだろう。耳の底に蘇る。

先を掴むと決めた。
無理だと承知で、両方を選ぶと決めたのはおれだ。アイジョウと、約束と。

あぁ、まあいい。
立ち上がり、寝室代わりの続き部屋に入った。

この部屋にある『寝台』には『腕』はないが、それでイイ。眠りたいだけだから。シャツの襟元を寛げそのまま横になった。
銃器と、暴力沙汰の名残などどうでもいい、いまさら気にしていられるかよ。

肝心なのは、次に目覚めてアタマが確かに働くことだ。
おれは――――戻らなければいけないのだから。
あの、バカを迎えに。




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