4:30 pm Tuesday, August 28
「もー信じられないっ!!!」
ケラケラと笑うリカルドに蹴りを入れてから、バスルームにダッシュした。
「ああああああ!もおお!なんだよぉっ!!」
先に顔を洗おうとして、ぎょっとした。
「……、」
鏡に映る姿。
シャープな目つきの…誰?
そうっと鏡をなぞる。
赤い口紅、黒い目の淵、淡いピンクが瞼に斜めに乗せられていた。
前髪、全部後ろに緩やかに引っ張られてて、甘いカーヴを描いていた。
サイド、細かく三つ編み。
地肌が見えるくらいに編みこまれていて。
耳の後ろからやっと垂れる房には、重い明るい青の石。
「メイクっていうから、呪術かと思ったのに……」
鏡の中に移るヒト。
セトのトモダチみたいな………
カノジョ、なんて名前だっけ。
ハリウッドとかって街に住んでる……
っていうか。
こんなのちっともオレじゃない。
目が吊り上ってるし、睫が重いし。
口紅…うー、不味いよう。
顔をしかめると、鏡の中の他人が表情をゆがめた。
赤い唇。
赤、鮮血。
オレにはキョウダイの口の周りにこびりついた赤しか思い出せない。
ハントの後。
幸福の印。
お腹が満たされた証。
けど、コレは……
ヒナ、みたいだ…。
そういえば、カフェでゾロを見つけたとき、キス、してたっけ…?
指先で、そうっと唇を撫でる。
妙に粘着性があって、唇が歪む。
白い歯が、ちらりと覗いて……
キス。
ゾロとキス。
そういえば、ゾロがつけた紅い痕。
もうすっかり無くなってしまった。
シャツを脱いでみる。
顔、はムシして、首筋、上げてみる。
喉許、頤、耳の下、
うっすらと浮いた喉仏の下、
鎖骨…ああ、この窪み、ゾロ、舐めるのがスキだっけ…。
唇を開く。
覗くピンクの舌。赤い唇の間。
白い歯、牙、かりり、と齧るゾロの牙―――――
―――――うわ、
鏡の中のヒトが、頬に色を乗せた。
青い目、潤んだ視界の向こう、歪んだ青。
それでもまっすぐに光を弾く。
――――これは、誰だろう?
少なくとも、オレじゃない…。
指先で辿る、ゾロが触れていった痕。
甘いカフェオレみたいな肌、
鎖骨の下、
胸の間、
そうっと流れて……
「っ、」
ひく、と喉が鳴った。
ゾロが齧るのも、舐めるのもスキだった場所。
猫のものと同じくらいのサイズの、
淡いピンク…。
「………ふぁ、」
思わず零した声に、慌てて首を振る。
どくどく、と心臓が走っていた。
鏡を見れば、蕩けた視線の"他人"。
きり、と神経のどこかを引っかかれた気分だ。
「…リカルドの馬鹿っ」
鏡から視線を逸らして、デニムを脱ぐ。
淡い金が僅かにウッドのフロアに散った。
短い髪の毛、
「…っ、」
背中がちくっとする。
肌が過敏になっている。
皮膚に張り付く短い毛を感知する。
「…っ、」
ぷるぷる、と頭を振ってもう一度意識を明確にする。
耳の下で、ちゃ、ちゃ、と石の飾りが打ち合う音がした。
目を閉じてバスに飛び込む。
熱いシャワー、コックを捻って浴びる。
落ちてこない前髪。
髪に手を滑らせると、でこぼこと変わった手触りがした。
快楽だと知っている感覚が奥で渦巻いているのを無視して、
気だるい腕を上げて、たっぷりと石鹸を泡立てて顔を洗う。
皮膚に張り付いていた感覚が消える。
化粧、舞台メークのセトを思い出す。
踊った後、汗に濡れた顔。
ほわ、と火照った肌。
他人のようでいて、それでもよく見知ったセトの顔。
ふう、と満足げに息を吐く有様、
オレの知ってるどんな蕩けたオンナノコたちよりも、
……キモチイイ、って顔、してた…。
思い出す、記憶、引きずり出すイメージ。
ゾロは、写真で見たセトを"ビジン"だって言った。
オンナだったら好みだって。
オレは、していないオンナノコたちが好きだったけど、
メイクをしたセト…ゾロはスキかな…?
メイクをしても、オンナノコには見えないけど、
でもさっき、鏡の中のヒトは…?
ダッシュで身体を洗って。
髪の毛、なんだか束になっていて、洗った気には全然なれなかったけど、
けれどそれも洗い流して。
バスタオルで拭いて乾かして。
鏡を見る。
いつもよりちょっと吊り目のオレ。
髪の毛が全部引きあがっていて、他人みたいにまだ見える。
けれど。それでも、オトコのオレで。
新しいシャツと、洗ったデニムを着込む。
洗濯物を籠に放り込んで、それから急いでリカルドの許へと向う。
リカルドから写真を貰っておこう。
今の写真も撮って貰おう。
ゾロは、どんなオレがスキなのかな?
オンナノコみたいなオレ?
吊り目のオレ?
それとも…?
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