タバコに火を点けたのとほとんど同時に。
道の真ん中でデンワがなり始めた。
ははは、ペルのヤツ。
どんな顔でいるのかねぇ?
口角の上がったままで、受話器を取り上げた。
受話器を耳から浮かしておいた。
『ゾロッッ!』
ああ、そんなでかい声だすなって。
「ああ、生きてるぜ?」
あなたは―――!に始って、ひとしきり電話口で大の男が説教だ。
合い間合い間に、簡単な状況説明をした。1.悪かった。2.ドルトンたちは無事か?
3.実は事故にあった。4.その所為で連絡が6日近く取れなかった。以上。
すう、と回線の向こうで。常の冷静さを取り戻し始めたペルが息をついたのが聞こえた。
『―――ご無事ですか。』
「ああ。報復なんぞ、まだしてないだろうな」
『ええ。ご安心を。ディールは無事です。あなたの同行者も皆こちらへ』
「で、ペル。……ダレがおれを殺そうとしたんだ?」
『あなたはまだご存知にならない方が良い。ゾロ、』
なんだ、と問えば。
『連中は、既にあなたが亡くなったものと見なしています。ならば、逆に。あなたはもう少し死んでいてくださった方が
我々も動きやすい』
なんだと?冗談じゃねえぞ。
『あなたはいまどこに?』
「インディアンネーションのド真ん中だよ、とっとと迎えを寄越せ」
フザケルな。
けれども、ヤツがいってのけたセリフは。
「あなたがいま現れたら我々でも守りきる自信が無い、」だった。
だから、ダレなんだよ、黒幕は。
返答は、ナシ。
『それは……好都合ですね、』
おれにとっては最大の逆境じゃネエか。
『ゾロ、あなたは一月ばかりそこにいらしてください』
はあああ?!おまえ、なんでおれがあのガキと!
電話口で怒鳴った。
『あなたを拾ってくれた恩人でしょうに。それに、個人の家ならばなおさら好都合です、あなたは悪目立ちなさいますからね、
田舎町では人目に立つ』
大きな御世話だ、クソ。
てめえにゃあ、いわれたくねえぞ。
『とにかく、その恩人の……ショウネンですか、我々がコンタクトを取る方法は?』
「ネットか携帯だな、」
そして、IDナンバーも伝えた。ついでだ。
「これが、そいつのIDナンヴァ―だ。なにもひっかかるとは思えないが」
『ええ、念のためこちらでトレースしておきましょう』
ああ、と返事したとたん。
意識が総て会話に向いていたので、気付くのが遅れた。
肩口。
するり、と頬が寄せられた。サンジ、だ。
だから、なんであンたは、おれがここにいるってだけで、そんなにうれしそうな顔をする?
『―――ゾロ?』
「……ネコが来た。」
『ハ?』
「みゃあ、」っていいやがったか?こいつは。
「ああ、じゃあ。おれは無事だから。わかった、そういう事情なら仕方ないな。ああ、頼んでみるよ」
強いて口調を変えた。くくくく、と。電話口でペルのヤツがわらってやがる。
―――覚えとけよ?
「ああ、いま代わるから」
へたん、と肩にすりついたままのサンジに向き直った。目で、なあに?って言ってやがるのか、これは。
「デンワのヤツに。あンたの口座番号を教えてやってくれ。」
「どうして?」
「―――食費を入れさせる。」
「…食費?」
「ああ、もしあンたさえよければ、なんだが。もうしばらくいさせてくれるか?」
一気に。顔が笑みで一杯になった。うれしい、と。全身が言っていた。
「…あ、でも。今ここで?公衆電話で???」
ふ、と蕩けていたカオが引き締められた。
「なんだったら、家からメールしようか?そのほうが確実でしょう?」
「そうだな、じゃあ。あンたの声だけでも聞かせてやってくれ。」
年よりは心配性でナ、と付け足した。
解った、とにこりとし。差し出した受話器を取っていた。
「ハロゥ?」
これで、こいつの声紋も記録される。
『お世話をおかけいたしますね、ミスター?』
すい、と電話口に顔を近づければ、慇懃無礼なペルの声がした。
「ゾロを、5日間も連絡なしにさせてしまって、ゴメンナサイ」
『私どもの方こそ。あなたには感謝の気持ちの表しようもございません。ありがとうございます』
「きっと、ご心配のことだったと思います。ホントウに、ゴメンナサイ」
『なにを仰られる。どうかご懸念なさらず。扱いにくいとは存じますが、もうしばらくお手元においていただければと』
ペルの野郎。
「食費とか。オレはゾロがいてくれるだけで嬉しいから。ホントウは、いらないんですけど。でも、それじゃダメなんですよね?」
『サンジ様、ゾロと代わっていただけますか?』
「はい。ゾロ、代わってって」
とん、と頭に何故だか手を置いた。なぜ、しょげた顔をしているんだ、と。
『大層素直な方とお見受けしましたが、』
「コドモだよ」
くつくつと。また押し殺した笑い声がした。
『その御言葉、お忘れなき様。ゾロ、』
一々癪に障るやつだな?おまえも。
「ア?」
『ご無事で、何よりでした。』
ああ、ありがとう。
ふい、と陽射しが遠のいた。
『私共は、あなたは生きてらっしゃると信じておりました。けれどどうか、お気をつけて』
ぱつり、と。通話が切れた。
1ヶ月のリミット。
その間に、相手を潰す気なのだろう。
受話器を置いた。
新しいタバコに火を点けようとして、ふとサンジと目があった。音がしたかと思った。
それくらいの勢いでおれの方をコイツは見ていたらしい。
どうした?こんどはなんだ?
口もとにマルボロを持っていく。
「ゾロ、ハグ、していい?」
「道の真ん中でか。」
「うん。いますぐ」
「向かいの建物の窓がぜんぶこっちに開いてるぞ」
「ダイジョウブ。病院の目の前だから」
「ああ、そうか丁度良い。オマエがちょいと頭の弱い子だと皆思うな?」
「なんでだよぅ!」
わらった。
真面目に膨れっ面を作っている。心底、コイツはガキならしい。
もういい、っと言い出したのを捕まえて。胸に引き込んだ。
ぽんぽん、と背中を叩き。
そうしたならば、胸元に湿った感触が拡がり。
サンジが泣き出していた。
「おい?」
髪に手を差し入れて、無理矢理に俯こうとするのを。顔を上げさせた。
「…えっく」
ほとほとと。涙が零れて、ながれた。
「―――サンジ?」
なにを泣くことがあるんだ?
「アナタは…行ってしまうって…思って。…でも、居られるって…嬉しくて…なのに…ッ」
ああ、なんだ、と。髪を撫でた。
目の端に。指の節が白くなるほどシャツの裾を握り締めているのが映った。
けれど、やがて。ぐい、と涙を拭いていた。
見つめながら、どこかでみたな、と思っていた。こいつのこういう泣いた顔。
つるつると頬を伝い落ちていった涙。
「なのに、なんだよ」
「ゾロ…意地悪するんだもん」
チュ、と。すこし泣いて赤くなっているハナサキに唇を落とした。
「…っ」
同じ事をしたなら、女にならどやされるが。
コイツは、・・・・・・ああ、やっぱりな。赤くなってる。
「泣くな。」
「…あぅ」
「一緒にいるから。だから、泣くな。」
頭を抱きこんで、顔を預けて言った。
「…ゾ、ロ…」
1ヶ月は。
こくん、と。頷いたのが抱いたままでもわかった。
「よろしくな、サンジ。」
背中が、深い呼吸で上下した。涙を止めようとしている。
ああ、だから。無理するなって言っただろうが、前に。
けれど、泣きっ面でも笑顔をどうにか作ったのを確認して。
アア、ヤッパリダイスキダナ。
勝手に思い出した。
何日か前に「おれ」の吐いたセリフだ。
だから、ごしごしと雑に手の甲を、サンジの頬に押し当てて涙の跡を拭った。
別のカオをさせるのに。
いまさらになって、すこし照れがでたのか。取り乱してゴメンナサイ、とサンジが言葉に乗せた。
「いや、気にするな」
頭を軽く叩いた。手触りの良い金の髪。
「ああいうのはな?錯乱、って言うんだ」
にやりと笑って見せれば。
また膨れた。
忙しいヤツだな、オマエ。
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