どういう事の流れなのか。
ゾロはもうしばらく、家でゆっくりしていけるらしい。
それがどれくらいの期間のことなのか、はっきりは言われなかったけれど。
それでも、嬉しくて。
すごく、嬉しくて。

思い切り飛びついて、キスしたかったけれど。
ゾロは、そうはさせてくれなかった。
往来だから、キスはともかく。ハグぐらいは、ダイジョウブだと思ったのに。
ゾロは…意地悪だ。
…でも、一緒にいれるのは、嬉しい。
どうしてなんだろう?

自問に自答する前に、ほら行くぞ、って呼ばれた。
帽子を被りなおして、気分を一新させた。
「ねぇ!買出しして行こうよ!せっかくここまで出てきたから。食べるもの、買い足さないと!」
ああ、って言って。
それから、なんだか考え込んでいるみたいだ。
どうしたんだろう?
近寄って、ゾロの眼を見上げた。
なにか問題、あるのかなぁ?

ふい、と目線が合わさった。口元には、ほんの少しの笑み。
…うわ。なんでだろう、ドキドキする。
「そうだな。美味い酒でも買い足すか?」
「酒?お酒も買うけど。先ずは食べるものも買わなくちゃ」
飲めるんだろう、って訊かれて。うん、と頷いた。
「おれ、酔ったこと、ないよ」
そうだ。今度ゾロを連れて、師匠の所に行かなくちゃ。
お酒。うん、アレを飲ませてあげなきゃなぁ!

ハハ、って笑ったゾロに、こっち、って言って、スーパーに向かった。
スーパーと言っても、小さいところで。どちらかというと、グローサリーストア。
肉や魚は、殆ど置いてないけど。この間買ったラムが冷凍庫に入ってるし。
冷蔵庫に入ってる野菜を、思い浮かべた。
…そういえば、オレ。セロリ、貰って帰ってきたよねぇ。
冷蔵庫…入ってる記憶が無いんだけど?
「…ゾロ。セロリ、オレどうしたか、知ってる?」
「さあ?おれはあンたからナベしか受け取らなかった」
…うん?…なんだか、すごく…ええと、こういうときはなんて表現するんだっけなぁ…白々しい?
「…うあ。折角、自家栽培のを、貰ってきたんだけどなぁ?…うーん、まぁ、いいや」
「クルマから降りるときにでも落としたんだろ、」
ゾロの眼が、きらりってした。
「…そうなのかな?うあ、勿体無いなぁ!…あーあ、楽しみにしてたのに」
今日、買って帰るかな?

…ふ、とジョーンを思い出した。
ウィリアムズのスーパーマーケットでのこと。
…こっそり籠に入れたら。
眉根を眉間に寄せて、文句言うかなぁ?
それとも、こっそり戻しに行くかな?
…うん。やってみよう。
色とりどりのパプリカやらレタスやらズッキーニやらマッシュルームやらと一緒に。
セロリを1本、入れてみた。

ゾロはさっさと酒の置いてある方に行ってしまった。
お酒飲むなら、チーズは欲しいよね。クラコットも入れないと。
パン。焼こうかなぁ?
今週は、どれくらい患蓄が出るのかな。
あ、ハラペーニョ。
辛いけど、美味しいんだよね。ピックルスはまだあるし…。
いろいろと籠に放り込みながら、ゾロがいる辺りを目指す。

あ。なんだか、イロイロ入れてるなぁ。テキーラ、ジン、ウォッカ。
メスカル…師匠が持ってるボトルのは、最高に美味しいよなぁ。
うん、やっぱり飲ませてあげたいなぁ。
ふ、と視線が合って。顎でクイって合図された。
「なぁに?」
「ワイン。適当に選んでくれないか?カリフォル二ア・ワインは管轄外なんだ、」
「うーん、どれもそこそこなんだけどなぁ…あ。エリックさんのとこに行けば、美味しいの、売ってるよ?」
「そうか?じゃあ、ひとまずこれで終了だな」
「そうだね」
…セロリ、気付くかな?あ、籠に眼が行った。
何か、言うかな???

「あンた、ソレ。」
うはは!眉根寄ったよ!
「うん」
にっこり、してみた。
「食うのか。」
「美味しいよね」
「いや、全然。」
うあ!素直だなぁ!!
「薬っぽいって思う?」
「虫の食い物だな。戻して来いよ」
「…オレだけが食べてもダメ?」
うにゃあ!眉がヘの字だぁ!うはは、なんか…かわいいかもしれないぞう?
「ニオイがする。まあ、食いたければどうぞ、」
すっごい嫌そう。

うーん…食べたら、キス、できないかなぁ、やっぱり?
「ただし、おれの手の届く範囲に来るな。夜は一人で寝ろ、」
うあ!なんてことを!!
「冗談じゃネエ。」
にゃあ!
…あう。
一人で寝るのは…寂しい。寒いし。
「で、サンジ。どうする?」
ハグすらできないのは、もっと寂しい。みゅー…。ゾロのケチ。
「むー」
うわ。すっごい優しい笑み。眼が笑ってないトコがもっとすごい!!
「じゃあ、戻してくるから。そのかわり、一緒に寝てください!」
「それでも、あなたはケミカルグリーンを買うんだね。」
どうだ。精一杯の譲歩だぞ?
「買わないってば」
籠の中から、セロリを抜き出した。
ゾロを見上げると、眼が笑ってた。
…なんだ。ジョーンと一緒じゃないか。

「ああ。御互い努力が必要だな」
「うん。努力は必要だよね」
「あンたが7でおれが3だな」
でも。アナタは食べる努力はしないよね?…トラウマでもあるのかなぁ?
「何が?」
「さぁ?」
さらり、と頬を撫でられた。
…努力するなら、フィフティ・フィフティがフェアじゃないのかなぁ?
セロリの無くなった籠を持って。ゾロがさっさとレジスターに向かっていった。
通りがかりのミセス・シャリックに、セロリをごめんなさい、と言って渡して。
ゾロの後を追った。

レジで、クレジットカードで払って。包んでもらった荷物を、抱えた。
そしたら、手が伸びてきて。貸せ、って言った。
「アリガトウ」
うん、やさしいね、ゾロ。
「ドウイタシマシテ」
にゃあ。笑顔になっちゃうよ。
「医者は手が大事だろう、」
「…うん!」

どこへ行くんだ、って訊かれて。リカーストアって応えた。
そういえば、さっき。ゾロからタバコの匂いがした。
…もしかして、もう寄ったのかなぁ?
そんなことを思っていたら。ぐ、とも、う、ともつかない声が、ゾロの喉奥でしていた。
「エリックさん、かっこいいんだ!オレ、大好きなんだよ」
「……ネイティブのじーさんのところか?」
「うん。そう!すっごい…自立したヒト!」
「―――ああ、だろうな。」

焼けたアスファルトの上を歩いて、リカーストアを目指した。
ドアを開ける。
「エリックさん、こんにちわ!まだ雨降らないですねぇ!」
声をかけて、挨拶。
レジの前で立っていた店主に、ハグをした。
ゾロは、ドアの外のポーチのところで、タバコを吸っている。
あちゃあ、一緒に来てくれたほうが、チーズが温まらなくていいのに。

「健やかか、シンギン・キャット」
「うん。ありがとう」
ワラパイ語で訊かれて。
拙い言葉で返したら、うむ、って頷かれた。
「美味しいカルフォルニア・ワインを教えてください、エリックさん」
「あの棚のものはどれも美味だ」
「ありがとう」
教わった棚に向かう。骨ばった指が、示してくれた方向。
ゾロは何本くらい飲むかなぁ?
うーん、3本づつ、赤白かっていけばいいかな?ゾロはロゼってカンジでもないし。
棚からカンでボトルを選んでいった。計6本。

「シンギン・キャット。日中に出ているあのオオカミはおまえの知り合いか」
「オオカミ?…うん。そうなのです。ここに来ました?」
あ、やっぱり来てたんだ。
笑顔を浮べて、エリックさんを見上げた。
「愚かな生き方をしているようだが。酔狂な者だな。」
「うん。厳しい道を選んでるヒトみたい」
「ふむ、」

マルボロの赤い箱。カートンでカウンターに置かれた。
うわ。エリックさんも、ゾロのこと、気に入ったのかなぁ?
「オオカミに?」
頷かれた。目元の皺、僅かに深くなった。
「ありがとうごさいます、エリックさん」
キャッシュで払った。

「サンダーフィッシュには会ったか」
「先週は。今週はまだです」
師匠?どうしてだろう?会いに行け、ということなのかな?
「そうか。良い一日を、シンギン・キャット」
「うん。エリックさんも!」
一方的に、ハグをして。
それから、荷物を手に、外に出た。
「お待たせ!」
「急ぐな、危なっかしい」
「うん!」
すごいなぁ、ゾロ。エリックさんにまで、気に入られてるぞ?
家に帰ったら、サプライズだな!

ゾロの視線がちらりと店内に投げかけられたけれど。
それはすぐに外に戻された。
「それじゃあ、帰ろう。一緒に」
にこり、とゾロに笑いかけてみた。
「まいったじじい連中だぜ、」
じじい…連中?ほかにゾロは誰に会ったのかな?
ゾロの呟きを耳に留めた。けれど。今訊き出すことでもないしなぁ。

「フン。あンた、こんどは舌噛むなよ?」
ゾロがにかり、って笑った。
あ、そういえば。舌噛んでたんだった。
どうして今まで痛くなかったんだろう?
「がんばる!」
テンガロンの鍔、ぐい、って押し下げられた。
「でも、これじゃあ前が見えないよ」
上に少しだけ戻した。

「やっぱりゾロが運転するの?」
「なにか不満でも?」
「ええと。ガラガラヘビには気をつけてね?」
「―――アア。善処する。またじじいが飛び出てきた日にはシャレにならねえ、」
「砂漠の真ん中には、おじいさんはいないけどなぁ…幽霊?」
呟いている間に、ゾロはスタスタと歩き出して。
慌てて後を追った。
「ヒトのこと殴り飛ばすかよ、ゴーストが」
「フツウ、生身のヒトは、砂漠の真ん中にはいないよう」
うん?ゾロは、キャニオンの方から来たのかな?ということは。
「山ン中だよ、クソふざけた鶏小屋の―――」
「鶏小屋…?」
どこだろう?
けれど、ゾロはふい、と口を噤んだ。
…うーん?

車に着いて。鍵を開けて。
荷物を座席に積んでから、ゾロに鍵を渡した。
「一緒に帰れて、嬉しい」
にゃあ。ほんとうだよ?
笑ってみた。
すい、と首を傾けた、ゾロ。
「ゾロは、やっぱり、早く帰りたかった…?」
じぃ、と目を、覗きこまれた。とてもキレイなグリーン。滝壷の水みたいだ。
ほんの少し。ゾロが困惑したみたいに、瞳を揺らした。
「―――わからないな、」
んん?それって…少しは、オレと一緒にいることは、楽しいってことなのかなぁ?
期待して、いいのかなぁ?でも。うん。オレは嬉しいし。
それでヨシとするかな?

「早く帰ろう」
「悪いな?答えてやれなくて」
「ううん。即答で、ウン、って言われなかったから」
ゾロはさっさと運転席に回って、座り込んだ。
座り込む前に、ちらりと視線を空に投げかけると。
澄んだ青が、頭上いっぱいに広がっていた。
今日もいい天気。
それだけでも、嬉しいね。




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