「ヒナ・エイケン、私の孫娘だ」
―――――ヒナかよ?!
まさか、と写真を見つめた。そこにいたのは。
あの、クソみたいにでかい池、見覚えのあるまさに同じ場所、後ろには「ダッキー」まで一緒に写っていやがる。

ヒナ、おまえなにしてやがるんだ。
片手にバケット、片手に網。
頼む、ヒナ。白鳥を捕獲するな。
咥えタバコも考え物だぞ、てめえ。

あえてこの「酷いありさまなのよう!」な写真を見せて寄越すこのじじいも癖モノだ、わかりきったことだが。
しょうがねえな。
わらった。
仕方が無い、あまりに「ヒナ」だ、この写真は。

黙ってりゃビジンの癖に、どうしようもねえな、おまえ。
そもそも、そんな小さい網でダッキ―が捕れるか。
ふ、と気が緩み。
笑い始めたならあの口調も勝手に耳に蘇ってきた。

「し、失礼」
だめだ、わらえる。
ペルが、後ろで愕然としてやがるのがわかってもどうしようもねえ。
ドナレッティの御大も、目が倍になってやがる。
ここまでかわいい孫娘の勇姿にわらったヤツはいないんだろう、知るかよ。

「楽しいことになりそうだ、」
紛れも無い本音だ。
ヒナとおれが??
なにがどうあっても笑うしかないだろうに。

「孫に異存はないそうだ」
――――おい、先にそっちを進めていたか。
「会えることを楽しみにしている、と言っていた。珍しいこともあるものだ」
「ええ、私も心待ちにしていますとお伝えください」
殴ってやるぞ、ヒナてめえ。なぜ先にそれをおれに言わない。

ここへくる直前のデンワを思い出した。
異様なタイミングでかかってきたものだ。むしろ、知ってやがったか?

『ダーリン!!遊びに来ないの??ベイビイパイもまだ戻らないのよヒナ寂しいわ?!』
うるさい、いまは忙しい、そう言ったなら。
フフ、と自慢気にわらっていたが。あの笑いは「これ」、この茶番を見越してか?

『また声聞かせてね?ダーリン』
デンワ越しのキスを寄越して切っていた。
声を聞かせる、どころじゃないだろうが。
トッ捕まえてやる。

「それは、了解と受けて良いのだな」
ドナレッティがわずかに口端を引き上げた。
ペルがまた僅かに意識をおれにむけるのがわかった。
「ええ、」
伸ばされた右手を取った。
「喜んで、」



9:10pm Monday, August 28
ドナレッティの爺さんの家で夕食を取らされ、「部屋」へと戻ってきたのは少し前だった。
あくまでも平静なペルと、爺さんとが勝手に段取りを決めていくのを眺めていた。

テーブルについた誰か一人くらい、サーブされる皿を片付ける必要があるだろう。
「婚約者」は明日にはNYCへ飛んでくるらしい。
ヒナのにやりと笑う顔が浮かんだ。

大学はもう始まっている、とか言っていたからサンジがまだ姿を見せていないことはとっくに承知だろう。
顔をあわせたら最後、聞き出したいことを耳にするまであのバカは帰ろうとしないな。
明日の午後、指定された場所に行く羽目になっていた。
『場所は追って知らせる』
年よりは用心深い。

帰りの車中は、ペルは沈黙を決め込んでいた。
僅かに寄せられた眉根が、内心の不機嫌度を推し量る唯一のバロメータだった。
測定結果は、おそらく最悪。
あれだけの騒ぎと面倒の「元凶」の「コドモ」をおれがあっさり手放すと思うほどペルはお目出度くない。
先が読めすぎるのも考え物だな?

ヒナとおれとが知り合い以上とは知らないはずだから、何の異もなく申し出を受けたことを訝しんでいる筈だ。
ヒナの顔立ちが、おれの好みなのは知っていることは抜きしても。

とにかく今日のところは最悪の進行シナリオを何パターンが想定して、対処法を嵌めこんでいくことにしたらしく。
ペルはあっさりとまたおれを『部屋』まで連れ戻すと、消えた。

エレベータ前でドルトンが眉を引き上げて見せたのは、アレなりの驚きの表現だ。
相当、ペルの眉に驚いたらしい。

『親父から何か言ってきたか?』
『いえ、静かなモノです。却って首の後ろが冷えますよ』
ドアを閉じる前に交わした会話の欠片を思い出す。あのイカレ親父のことはしばらく意識の外へ追いやってもいい、ならば。

ロックグラスにアイリッシュ・ウィスキーを充たし、ソファに沈んだ。
一口含み、窓の外へ目を遣ったときに。
放り投げた上着の内ポケットから呼び出し音がした。

アタマが勝手に時差を割り出した。
ロンドンは、午前2時過ぎだ。
―――なぜか確信した。コレはあのバカからに違いない。
大猫と会う、と妙に上機嫌だった声を
思い出した。――――ふざけろ、てめえ。

手を伸ばし取り上げ――――ビンゴ。
「なんだよ、」
微かにノイズが混ざる。
『コンバンワ、ビジンだな!』
言葉をしゃべれ、てめえは。

「大猫だろうが。それがどうした」
『や?なっかなかどうして。気が強いは口は悪いは、でおもしろいぜ?』
紛れも無く上機嫌な声が言って寄越した。
『躍ってるときの"王子様"と大違いだ』
「精々大人しくしといてくれよ、"親族代表"」
くくっと押し殺した笑い声が聞こえた。

『あー、意外なことに!楽しくやってるよ。ざまぁみろ』
「コーザ、」
『あァ?』
「おまえ、いつまでそっちにいる」
『あ、』
「なんだよ」
『伯父貴には会わねェぞ?』
こいつもバカの振りをしている「だけ」だ。クソウ。
『まだジュリエットのニーサンと遊び足りないしなァ?』
あるいは、振りが本当になったか。

「わかったよ、じゃあおれの次に殺られろ」
『うーわ、』
「それから」
付け足した。
『近々婚約披露があるからそれまでには帰って来い』
『はァ?』

誰の!と声が引っくり返りかけていた。
おれのだよ、と告げると。
デカイため息が聞こえた。
『相変わらず底意地が悪いね、おまえ』
「容だけさ」
『―――それでも、だよ。あーあ、』
ジュリエット大泣きじゃねぇの、と。

「おまえが大猫のポイント稼いでおけよ、おれが瀕死ですむ程度に」
『おまえなァ―――』
何かを言いかけて、ふ、と声を落としていた。
あぁ、と笑い声混じり。ひどくやわらかい口調が届いた。珍しいな、こいつにしては。
『セトが寝ちまったみたいだ。風邪引かせるとやばいからベッドルームまで連れてくわ。じゃナ、』
ぱつ、と。
イキナリ音が途絶えた。

ヒトが親しくなるのに、時間が意味を成さないことが稀にある。あのバカの人当たりの良さと誑かし具合は別格としても。
冗談ではなく。対大猫には、あのバカでも置いておくか。

一度デンワ越しに聞いた硬質な声を再生する。泣かせるな、と言っていた。
大事な弟なのだから、と。

泣かせるだろうな、それも酷く。
わかってるさ。
けれど、現時点で取れる最良のプランでもある。この機を逃そうとは思わない。
それに、アレには警告済みだ。
最初から。
生き方を変えるつもりは無い、と。

なぁ、サンジ。
―――怒るか?




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