August 30, Saturday

今日は、少し曇り気味。
湿度が上がっていて。
どうやら、キャニオン・トップ、奥のほうでは。
雨が降っていたみたいだ。

昨日、リカルドは帰ってこなかった。写真を撮り終えてから、家に一度帰ると言って。
そのまま泊まってくると言っていた。
電話口で、リトル・ベアと少し長く話していた。
珍しいことだった。

朝ごはん、師匠と兄弟子と久しぶりに3人で済ませた。
静かな朝食。
家の掃除を済ませて、昼もあっという間に過ぎて。

晩御飯。
リカルドが、中華を買って帰ってくると言っていた。
美味しいとリカルドが太鼓判を押した『翠園酒家』
店先から電話してきたのか、ざわざわとヒトのざわめきが響く中、メニュウを教えられて選んで、って言われた。
よく解らなかったから、兄弟子に代わってもらった。
チャイニーズのメニュウをあっさりと決めた兄弟子が電話を切って。
もうすぐだな、とオレに笑いかけてきた。

「…もうすぐ?」
「そうだ」
「…何に?」
「すぐに解るさ」
ポン、と頭を撫でられて、それ以上のことをリトル・ベアが告げてくれる様子はなかった。
だから、リカルドが帰るのを待った。
師匠が、久しぶりのチャイニーズだと、うきうきして待っていた。


1時間後。

Jade Garden Restaurantとプリントされたバッグを6袋も持って。リカルドがやってきた。
その他には、分厚い封筒。
玄関で、荷物を受け取りながら。
「ここの娘ごもなかなか良い」
そう師匠が笑っていた。
「賑やかでの」
「これ以上にないってくらいに」
師匠の言葉に、リカルドが深く頷いていた。

「嫁にどうだ」
からかわれて、リカルドが。目を大きく見開いていた。
「巣を作ってから飛ぶ鳥もいよう?」
ますますからかう師匠に、リカルドが、くくっと笑って応えていた。
「どうせだったら渡り鳥と対になりますよ」
と。
笑う師匠に、にかりとリカルドが笑みを浮かべて。
それから、晩御飯へと流れていった。

名前、オレには馴染みのない料理。
それを少しずつ、たくさんの種類をよそわれて、いろいろと食べた。

そういえば、と思い出す。随分と昔に思えること。
大学に戻ったら…ゾロのお家から、タイ人の料理人を紹介してくれる、って言ってたこと。
彼女だったら…こういうの、作り方わかるかなあ?

スーリヤさん。
…ああ、でも。
彼女、いまでも……オレのとこに来てくれるかなぁ…?
あんなことがあった後だし…それに。
それに、ゾロ。
まだ、連絡ないし。
……覚えてなかったら、しょうがないよね。

あ。
イタ、
胸がキュってなった。
やば……泣きそう。
なんで、うわ、ヤダよ、
うわ……っ。

「…サンジ?」
静かに食事を終えていたオレを、リカルドが覗き込んできた。
ぱちくり、と瞬くと。
師匠が視線をくれるのが解った。
リトル・ベアは、意識だけをこちらに向けて。
見なかったことに、してくれている。

「…リカルド」
漸く声を出すと、ふわ、とリカルドが笑って。
「辛かった?」
訊いてきた。
「あ、ううん。美味しかった、ゴチソウサマ」
頭を下げたら、リカルドがに、と笑った。
「小姐とむーちゃんに言っておくさ」
「しゃお?むー??」

首を傾げた。
ヘンな名前。
"シャオジェ"と"むーちゃん"???
リカルドがにこ、と笑った。
「あそこのかしましウェイトレスたち」
「…うん、オネガイします」
「オオケイ。じゃあ、デザート。な?」
にっこり笑ったリカルドに、笑いを返した。
「胡麻プリンと、杏仁豆腐とマンゴーアイス、分けような」


「…このゼリーは?」
真っ黒いゼリーを示せば。リカルドが笑った。
「ああ。グレート・サンダー・フィッシュが好きなんだよ。仙草ゼリー」
「ふぅん?」
「うむ」
と、師匠が頷いていた。
「よし。じゃあ食べるぞ」
「うん」

一口ずつ貰って。
それから、アンニンドウフという少し変わった匂いのあるデザートを貰うことにした。
リトル・ベアは胡麻プリンを。
そしてリカルドは、マンゴーアイスをそれぞれ食べて。
ゾロなら、絶対笑ってるだろうな、と。
そんなことを思って、また胸がきゅっと痛んだ。

食後に、写真を見せてもらう約束をしていたけれど。
どうしても胸が痛いのが取れなくて。
先に休ませてもらうことにした。

今頃になって、泣きながら寝たことは……ナイショにしておこう。




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