Friday, August 29
「婚約者」ができて1日目、これといって変化はなにも無い。
ドナレッティの「孫娘」とは、じいさんの別邸で会うようにと連絡が寄越されたのは今日の昼前だった。そしてご丁寧に、
迎えの車付き。
森の中にあったその屋敷の玄関に、あのバカが澄まして立っているのがロータリーから見え、笑いを噛み殺した。
煩いことに助手席にはじーさんの手下がきっちりと座っていやがったからしょうが無い。
アルマーニあたりのオフホワイト、麻のパンツスーツ、そこまでは分かるが。―――咥えタバコはどうにかしろ、そう思いながら
右手を差し出した。
「はじめまして、"ミス・パトリシア・エイケン"」
すい、と。タバコの穂口が上向いた。
「"ヒナ、で結構よ。ミスタ"」
にやり、とわらいやがった。
おそらく、お互い。考えていることは似たようなモンだ。「まったくふざけた世間の狭さ」とでも言ったところか。
「中でおじい様がお待ちかねだわ、どうぞ」
しばらくは演技続行、なるほどな。了解した。
「ミス・パトリシア、」
右手を伸ばす。
「ならば、コレはお止しなさい」
ヒナの唇からタバコを抜き取った。
お目付け役らしいダークスーツが、眉を動かした。―――フン、精々じじい孝行な「娘婿」の点数でも数えてやがれ。
にぃ、と。ヒナがまたわらって腕を絡めてきた。
こそり、と呟き。『ヒナはね、エンゲージリングはルビイがいいわ!』
―――アホか。
ドナレッティのじいさん曰く。
双方異存が無いのであれば、この屋敷で『身内』に披露をすると言う。期日は、31日。
「おじいさま、そんなに急に死んでしまわれるおつもり!」
孫娘は、じいさんに対して遠慮会釈が無いらしい。
ざらついた音が居間に響き。じいさんは笑って頷いていやがった。
「おまえの気が変わらぬうちにな」
「あら、」
ヒナが振り向いた。
「そんなことなくてよ?私、一目惚れだもの」
にぃ、とヒナの唇が吊り上る。―――勘弁しろ。
「ええ、出来れば白鳥の前でお会いしたかったものだ」
もうとっくに会ってるけどな。
昼食は妙に和やかに進み。じいさんはワインを舐めているだけだったが確かにただの「親」の顔を晒していた。
看護婦が迎えに来るまで、居間でじいさんとお付きも当然のようにいる中で化かし会いをしばらく続け。
「では、ミスタ・ドナレッティ、また明後日」
自室へと戻る姿に目礼すれば、ゆるりとしていけ、と返された。
ドアが閉ざされ。
きっちり6秒後。
「ダァリン!」
ヒナが叫んだ。
「結婚するの私たち?!」
目が大笑いだぞ、オマエ。
「するか、阿呆」
「そーよねぇ?」
くくく、とヒナがわらいながらタバコを咥え。
成り行きで火を点けてやる。
「おじい様から話を聞いて吃驚したわ。双子かと思って確かめに来たの」
「おまえの血縁関係の方が驚きだろうが」
「お得でしょう!!」
威張るところかよ、そこが。
「ヒナは、でもおじい様のお仕事とは関係ないのよ、別に」
ひらひら、と手を振っていた。
「オマエな、」
ぱし、とハニィブロンドを軽く叩いた。
「充分、踏絵にされてるぞ」
「なにそれ」
じいさんから「贈呈」された「婚約者」の「勇姿」を内ポケットから引き出した。
「ほら、コレだ」
じいい、とヒナが獲物をみつめる動物じみた目で写真を見つめ。ぽつり、と言った。
「――――――酸素のバルブ、閉めて来ようかしら」
「止しとけよ、まだな」
わらう。
ちょっとした写真の取り合いのあと。
奪回を諦めたヒナがすい、と頤を上向けた。
「それで?ベイビイ・パイは何処よ?」
「実家」
「デンヴァ?」
「まぁな」
「早く大学に戻してよ、ヒナつまんないわ」
「そのうちな、」
「独り占めしてた癖に!ベイビイはキャンパスの共有資産なんだから」
「ハ!」
「元気なの?」
「婚約が知れるまではな、元気だと思うぜ」
「―――あら」
にぃ、と。唇を吊り上げていた。
「ねぇ、ダーリン」
さらり、と長いブロンドが肩を滑り落ちていった。
「ドナレッティの家を丸ごと取り込んだメリットの返礼に、ヒナになにをくれるの?」
「変わらぬ友情、および愛情」
「ベッドはやっぱりダメかしらね?」
「泣くだろ」
「泣いちゃうわねえ」
くくっとヒナがわらい。
「ねえダァリン」
軽く口付けられる。
「エンゲージメントリングはヒナが二つしておいてあげるわよ?」
「それはどうも」
頬に返礼する。
「とりあえず、ディール?」
「Done(そうね)」
「じゃあ、ほら降りろ」
膝に勝手に乗りあがってきていたバカを下ろす。
「ドレスと、リング。買いに行くぞ」
「ドレス?持ってきたもの」
「却下、趣味が違うだろ。おれはアルマーニは嫌いだ」
その日一日で、大まかな取り決めをヒナがドレッシングルームにいる間に片付け。自分の身の振り方より、ドレスを
ライトゴールドにするか、ペールホワイトにするかを決める方に余程ヒナは余計に悩み。
「ダッキ―とお揃いにしろよ」とからかえば。えらく嬉しそうにしていやがった。
面白いオンナだ、相変わらず。結局ドレスは、ペールホワイトになった。
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