Sunday, August 30.

ぽつん、と。
山奥の、湖に居た。
正確には、何万年もの雪解け水が流れ込んだ、湖のど真ん中に。

慣れ親しんだ山が、周りを囲っていた。
雪を被って、白い峰。
その裾野、湖の周りにも、深い深い緑の木々。
オレが愛したコロラドの森。

空は、冬の色をしていた。
陽が通らない、灰色。

足元、水面は揺れ動いて。
けれどそれはオレが動いてるのではなく。
空を早足で駆け抜ける雲の影が動いているだけだった。

遠い水際。その向こうでは。
キョウダイたちが声をあげ。
森の中へと入っていってた。
それをオレは声をあげるでもなく、ずっと見詰めていた。

水面はまだ凍りついてなく。
けれど鉄色に光を弾くその場所は、酷く冷たいはずなのに。
オレはなにも感じずに。
なにも感じとれずに。

ただ佇んでいた。
大気が動くのを待って。
取り残されて。

――――――嵐の予感。


寒いと思って起きたのに。
実際には熱かった。
8月の終わりのアリゾナ。

今年は異常気象で、めったに雨も降らない。ここ、キャニオンの麓は特に。
疲れているのか、夢見が悪かったのか。
妙に、ざら、と喉が渇いている気がした。

寝ている間も、どうやら泣いていたみたいで。
溜息の嵐―――"独りでダイジョウブ"、どころの話じゃない。

きっとこの家に居なかったのであれば、オレは。
毎日ベッドから起き上がることも億劫になっていたに違いない。
「サイアク。」
鏡に映った自分を哂った。

どうにか温い水で顔を洗って気分を入れ替え。
朝食を終え、一通り片付けや掃除が終わってから、リカルドに呼ばれた。
ハイ、と手渡された分厚い封筒。
「なぁに?」
訊けば、
「写真」
に、と返された。
つき、と心臓に理由も解らずに痛みが走って。
見たくない、と言いそうになったけれど、ありがとう、と受け取った。

「…サンジ、疲れてる」
くしゃ、と頭を撫でられた。
「…そうかもしれない、」
呟けば、頭の天辺にそうっと押し当てられる唇の感触。
「止めようか」
「…なにを?」
呟きに訊き返せば、リカルドがくぅ、と笑った。
「でもそんなことはオマエは望まないもんな」

よくわからないよ、と告げればリカルドが笑って。
「それ、結構いい出来だと思う。オニイサンの友達ほどじゃないと思うけど」
そう言って、返事はもらえなかった。

テーブルの上で、中身を取り出した。
たくさんの写真。
オレと、リトル・ベアと、師匠と…アリゾナの風景。
この家の中を切り取ったものもある。
リカルドが言うところの、"Bird-Eye View(鳥瞰図)"。
実質ではなく、対象との距離の話。

一枚いちまい、手にとって見ていく。
化粧をしたオレ。
化粧を取ったオレ。
祈るメディスン・マン。
グランド・キャニオン。

確かに見慣れた風景なのに。
オレの知らない景色がそこにあった。
リカルドから見たリトル・ベア。
リカルドから見た師匠。
いまオレが座っているこの場所は。
古くて、暖かくて、そして…願いに満ちた空間。

「サンジはさ、」
リカルドの声に見上げる。
手許、すいと一枚の写真、引き出されて。見下ろした。
「自然の中にいると、溶け込む」

夕日が沈みかけたグランド・キャニオンを背景に逆行に佇むオレ。
両手を伸ばし、消え行く光に別れを告げ。
夜に抱かれるように立っていた。
"オレ"であって"オレ"でない、メディスン・マンの"シンギン・キャット"。

「化粧してるサンジは、すっごいキレイだけど。でもやっぱりサンジは、そのままがキレイだ」
落とされた言葉に、首を振りたい気分だ。
オレはこんなにちっぽけで。
迷わない、と決めたはずなのに、迷って揺れ動いてる、不安な"コドモ"。

リカルドが、にこ、と笑った。
「サンジを連れ出せるのは、オレじゃない」
もう少しだろ、と。静かな声が響いた。

静かに写真を捲ってみた。
何枚もあるもの。
オレの目線じゃないもので切り取られた風景。

いつの間にか、胸の痛みは治まっていた。
だから、リカルドがいつの間に電話に出たのか、気付かなかった。
「―――あ、やっと捕まった」
リカルドの声に耳を澄ます。

誰だろう?って聞き耳立てたら悪いよね?
出て行こうとしたら、リカルドがずるずると電話線を引っ張ってきながら、オレの隣に座り込んで。
オレのことをぎゅう、って抱きしめてきた。
―――リカルド???




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