『リカルド・クァスラ!!』
笑ってるオトコのヒトの深い声。
ちら、と見上げれば、リカルドがぽん、って片目を瞑った。
…聴いててもいいのかなあ?

「オマエ、今どこにいる?」
『サバナ』
「サバナ?―――ニュー・オーリーンズか!」
……誰だろう?
あ、背後で。少し甘い声の…男性だね、コレ。…サヴィーナ、サヴェーナ、サヴァーナ、って歌うように言ってた。
ふわ、と響くような、甘い声。

「この間までオマエ、ハバナにいるって言ってなかったか?」
『それは先月の話だろうが』
多分まだ若い男性の…でもとても落ち着いた声が笑っていた。

『で、なんだ?オマエとうとう決めたのか?』
決めた?なにを??
「決めた。オマエが今、サバナにいるってのなら」
『―――はン?』
カチ、とライタの音。……咥え煙草だ、少し声がくぐもってる。
それでもって、キシ、と……
ああ、ソファかな?ベッドかな?スプリングが鳴っていた。…もう一人のヒトが近くに来たのかな?
カツカツ、って音。受話器を爪で叩いてるのかな。仲、いいみたいだね。

「新しい車が手に入った」
『―――ふゥん?で、なんだ?自慢に来るのか?』
「そう」
リカルドがくくっと笑っていた。
"Death drive to Savana"って後ろで甘い声がまた歌っていた。
リカルドが更に笑う。
「オマエが誰かといるなんて珍しいな」

ハヤクきてくれないと死んじゃうヨ、って。すっごい小さな声が……甘えていた。
『あンたな、少しくらいは――――』
電話、声。遠のく。
ちゅ、と。濡れた音。
キシ、とスプリングが軋む音。
くく、っと甘い声が小さく笑ってた。
耳にぺたりと張り付くような声。
"少しいいコで待ってろ、シ……ス、"
そう囁き声が僅かに向こうから聴こえて。
リカルドが、行くの止めようかな、と呟いていた。

『―――悪い、リカルド』
「ベン、それ恋人か?」
『ああ』
あっさりと返す声に、リカルドが笑った。
「オレは邪魔か?」
『いや。遠慮しないで来い』
さらりとした声の後に、あそぼ、ってまた甘い声が言っていた。…これはリカルドに、だ。
「なぁ、オマエのソレは。オレが手を出していいものなのか?」
リカルドが、低く笑ってた。
初めて聴く……ああ。
ゾロが時々するような声だ。
からかうような、オトナの声。

"ベン"さんが、向こうで笑ってた。
『なあ、オイ―――』
電話向こうの"恋人"に訊く声。
"オレの親友がオマエを撮りたいって言ってる。あンたどうしたい?"と。
ああ…このヒト。リカルドの友達なのか。
…って察しろよ、オレ。

返事は、"ふゥん?レンズ越しにおれを抱く気あるならイイよ"って。…これはふんわりとろとろ、っていうより、蜜が滴ってるような声だ。
リカルドが、笑っていた。
「まぁたすごいコを見つけたもんだな、ベン」
『冗談にするかしないかは、会ってから考えろ。ひとまずオマエは、敷居を跨いでもいいらしいぞ』
さぱっと言い切る口調で、ベンさんが言ってた。
"恋人"の自信に満ちた、とろりと纏わりつくような声とは対照的に、切れる刃物みたいな声。
不意にキョウダイを思い出した。
……強い個、だ。

「いつまでそっちにいるんだ?」
『コレの気が変わる前に来い』
ちゅ、って少し遠くで濡れた音。
肩にでもキスをしてるのかな?
「了解。今日出たら…ああ、休み休みでも明後日には着く。それで平気か?」
…今日?……今日行くの、リカルド??

電話越しで、男性が。 "明後日に来る"ってさらっと告げていた。
"来るまでは外出控えるか"って…笑うように甘い声で。
返答は、"ベッド一つだよ"だって。ケラケラ笑っている声。
「おーい、コラ。睦言はオレが電話切ってからにしてくれ。ベッドはオレは遠慮するから」
リカルドが苦笑していた。……なんか、すっごいリトル・ベアにそっくりの声で。
やっぱり兄弟だなあ…。

「じゃあそういうことで。明後日にまた近づいたら電話するから、その時にはコール音が聴こえる状態で待っててくれ」
返事を待たないでリカルドが言ってた。
『ああ、待ってる』
楽しみだな、って。ベンさんが言っていた。
「土産、持っていく。きっと気に入るヤツ」
リカルドが、またからかうオトコの声で言ってた。
…なんだろう??

『―――了解。またな』
笑うように声が響いて。
"あんたもおれ、撮りたくなるさ。バイバイ"って自信たっぷりだった声が、少しずつくぐもって掠れていってた。
プツ、と電話がデッドになる前に聴こえたのは。
"最高の状態に仕上げとかなきゃな、シャ…"で。
チン、とやけに爽やかな音を立てて受話器を置いたリカルドが。
困ったような顔でオレを見ていた。

「サンジ、いま暇?」
「あ、うん。一応」
頷いて応える。
「どうやらオレの親友、恋人が男みたいだ」
………うん、そうだねえ。だから???
「アルトゥロにレシピ教わったんだろ?」
「……ああ!!」
「よろしく」
「承りました」
「きっと無くても平気だろうけど。まあ、楽しいことは好きそうだったしな」

……電話でそれだけ解るリカルドは。
やっぱりリトル・ベアの弟、ってだけあるとオレは思う。
「昔から、クセのあるビジンが好きだったからな、アイツは…一緒に住んでるくらいだから相当イイ性格してるんだろう」
リカルドが溜息と共に言っていた。

笑って見上げる。
「でもさ、リカルド?」
うん?と目を見詰められる。
「すごく"甘かった"よ。裏表無く」
「うーん…そこなんだよなァ。アイツも、あ、ベンな。オレの高校の頃の同級生…アイツも、"イイ性格"してるからなァ」
「でも"好き"なんでしょ、彼も、恋人さんも。リカルドはさ」
オレが笑いかければ、リカルドもに、と笑った。
「もちろんだ。だから会いに行く」

「…寂しくなるけど。いってらっしゃい、リカルド」
今日行く、と言ったリカルドの声を思い出した。
笑いかければ、ぎゅう、と抱きしめられた。
「―――ありがとう、サンジ」
お礼を言われて、びっくりした。
「オレのほうこそ、ずっとありがとう。リカルドがいてくれて、すっごく楽しかった」

ずっと支えていてくれて、ありがとう。
そういえば、リカルドが笑って。
コツって額を押し当てられた。
「支え合って生きてるんだよな、"兄弟"」

インディアンの教義の原点。
人も自然も何もかもが。
"支え合って生きている"。
人と人とは、だから誰でも"兄弟"だ。

「…偉大なる霊の導きが、アナタにありますように"兄弟"」
「オマエにもな、"シンギン・キャット"」
あんまり泣くなよ、と言われて笑った。
「…ダイジョウブ。"生きて"いるから」

リカルドが、旅立っていく。
それは、とても喜ばしいこと。
寂しくても。
寂しいのは、でも。また、会える日には喜びになるということだから。

「「また会おう」」
笑って約束を交わした。
"サヨナラ"は、言わない。
"別れ"だと諦めるより、次に"会える"事を願うから。




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