Sunday, August 31

壁にかかっていたカレンダを見た。
ゾロと最後に会ったのかはできるだけ思い出さないようにして。
ふい、と思い出す、大学のこと。
…あー…そういえば、オリエンテーションがあったんだった…。
授業。

まあどうせ。
もう獣医師科に進む気はなくなってたから……切り替えしなきゃいけないんだけど。

不意に思い出す、クラスメイトたちの顔。
サンドラやタカフミたち…オレが居ないこと、なんて思ってるだろう。

夏休み。
大学に行った時。
覚悟できてる、って思ってた。
全部捨てて、ゾロを選ぶ覚悟。

"総て"の重みを、オレは―――見誤ってたのかもしれない。
後悔しているわけじゃない。
いま、それを知った後でも、オレは―――ゾロを選ぶ。
だけど。
"取り残される"恐怖。

人の世界なんて大嫌いだった。
絶対にオレは馴染めないと思ってた。
オレは森に帰るつもりで。
いずれ森で死ぬつもりで。
小さい頃から、生きてきたから……だから。
周りなんて、気にしたことがなかった。
他人の評価を、判断を、価値観を。

ほんとに近しい人たちの、オレに直接向けられたコトバ以外、どうでもいいと思ってた。
なんて傲慢なコドモだったんだろうね。
こんなにもたくさんの人に、愛されてきたのに。
オレが好きになった人たち以外にも。
きっとオレは支えられてきたのに。

"好きだよ"って言葉だけで、オレは…十分だと思ってた。
笑ってあげて、傍にいてあげて。
でもいつかは、置いていくつもりでいた。

兄弟たちに、いつかは。
弱くなった日に、食ってもらえるように。
さもなければ―――リィのように。
森に還るつもりで。

だけど―――オレは、人で。
いまはそれがどんなに無謀な願いだったかが解る。
―――ゾロに愛されたから、じゃなくて。

オレは人に生まれて。
……結局は、人以外のものにはなれない。
森に還るという願いを、ゾロの傍にいたいという願いに変えて。
そうしてオレは、どこからも取り残されていくのを知る。

ポーニーのメディスンマンにも。
コロラド大学の学生にも。
森の狼の兄弟にもならずに。
なれずに。

オレは独りになるんだ。

ゾロにはゾロのしなくちゃいけないことがある。
いつもオレのために、オレの傍にはいてくれない。
ゾロのビジネス。
オレがゾロの心臓。
心臓は身体の最も隠された場所にあって……オレも、隠されるんだろう。
ゾロのものになるとは、そういうこと。

ゾロが言ってた、それがどんなに重いことかわかるか、って。
恋は盲目、って言うって。誰かが言ってたけど……
相手のこと以上にきっと。
自分のことが見えなくなるものなんだね。

ゾロがこのまま帰って来なかったら……帰らせてもらえなかったら。
オレはずっと、このまま。
宙ぶらりんのまま、残されるんだろうか。
オレはずっと、約束したみたいに―――待っていられるんだろうか。

独りで?

リカルドが行ったみたいに、リトル・ベアにも、師匠にも。
それぞれの人生がある。
エディも。
シャーリィも。
誰もかも。

オレはゾロを選んだから、…寂しいから傍にいてだなんて、口が裂けても言えない。

冬の湖面に立ってたオレ。
過ぎる雲の影をみていた、夢のなかのオレ。
総てから遠い場所で。ああいう風に、オレは独りで生きていけるんだろうか。

……眠ってしまえればいいのに。
夢の無い眠りの中。
ゾロが来るまで。
ゾロがいるときだけ、起きていられるように。

オレは世界とゾロのどちらかを選ぶ瀬戸際で、ゾロを選ぶと言った。
その決断を。
その痛みと重みを理解した今でも、変えようとは思わない。
もう一度選べと言われたら、今でもゾロを選ぶ。
だけど………寂しさを、とても楽しむことなんかできない。

ゾロのいない時間を。
オレは独りで使う方法を考えなくちゃいけない。
オレが切り捨てると決めた人たちを巻き込まずに。
寂しいのはオレで。
傍にいて欲しいと願うのは、オレの我が侭以外のなにものでもないから。

……会いたいよ、ゾロ。
アナタにあいたいよ。
心臓が痛くて、どうしたらいいのか解らない。

でも。
きっと。
そんなことを言われても、ゾロだって困るよね。

コドモじみた我が侭。
"アナタに会えなくて、寂しくて死にそうです。"
死ぬわけにはいかないし。
死にたくもないけれど。
―――死んでしまいそうだよ。

誰かを愛することって。
こんなにも…弱くするんだね。

………あーあ。
こんなに弱くっちゃだめだよ。
強くならなきゃ。
強くならなきゃ、生き残れない。
でも。
どうやったら…強くなれるんだろう?

………強くなりたいなぁ…。




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