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 Sunday, August 31
 
 西のバカは。
 機嫌の良いまま呼び戻されてきた。
 『そういえば、おまえが悲惨なことしたっておれ関係なかったしさ』
 としれ、と。
 『あーあ、心配してアホみてェナ』
 
 そう電話口で笑ったバカは、『しょーがないなあ、戻るよ』とは言ったが。
 JFKまで迎えにやらせた大猫ドモは、なぜか辟易した顔で従弟を部屋まで連れてきた。
 反比例して、バカはにこにこにこと笑顔の大盤振る舞いときた。
 
 去り際、ブッチが。ぼそりとおれの耳元で言って寄越した。
 「……ゾロ。惚気られますよ。」
 ――――はン?
 惚気……?そういやアイジンがどうとか―――
 
 「タダイマ!」
 「―――おかえり」
 にぃいいい、と笑み。あのな、それだけわらったらグラサンしてる意味ねぇぞおまえ。
 そう言うより先に、ヤラレタ。
 「すげええ、ビジンだったぞ!」
 
 あー、あの大猫、プリンシパル。確かにツラは―――
 きっちり15分。
 散々、「惚気け」られた。
 すっかり意気投合、ってやつらしい。あのガキ、ルフィ込みで。
 
 良いことだ、いざとなったらおまえらが人身御供ナ。しっかりやれよ、おれはあの大猫が苦手だからな、任せる。
 言葉にせずに宣言しておいた。
 
 16分後、すい、とバカが笑みのトーンを見事に変えてみせ、言った。
 「で?おまえダレと婚約したって?」
 「ドナレッティの孫娘」
 「うわは」
 ジュリエットはー、と言ってくる。目が笑ってるじゃねえかよ。
 「お互い同士、知り合いだよ」
 「うーわ!」
 本気で笑い出しやがった。
 
 「で、さ。どちらが形だけ、なわけ」
 聞く意味ないかもだけどな、と付け足していた。
 「じゃあ聞くなよ、時間の無駄だ」
 「まぁな?あれだけの愁嘆場みせられたらな」
 にぃ、と唇が引き伸ばされる。
 「ハ!」
 
 「おまえの婚約者はそれ承知なわけ、」
 「あぁ、可愛がるつもり満々らしい」
 「たぁしかに。"天使チャン"だもんな」
 ………一瞬、大猫の声がダブった。
 悪い前兆だ。
 
 コーザも何か感じたのか、ふ、と笑みを引っ込めていた。思わず目を見合わせ。
 口を開きかけたとき。
 ドアのノブが、外からガンで吹き飛ばされた。
 「うわた!」
 バカが額に手を当て。
 逃げようとするのをスーツの襟首を捕まえ。
 ―――イカレオヤジが立っていやがった。
 
 「実の甥と息子に謀られるとはな」
 あぁ、クソウ。地獄の蓋が開きやがった。
 「が、まずは」
 まだ性懲りも無く逃げようとじたばたする「甥」の頭を軽く拳で殴り。
 「祝着、」
 イカレオヤジが言いやがった。
 「よくぞドナレッテイの孫を誑かしおったな」
 
 「ヒナか。アレの生命線を握ってるからな」
 あー、やめとけよコーザ。また殴られ……
 がつ。と今度はかなりな音がし。
 「――――――てえええ」
 
 メキシコのカーテルの連中が「びくつく」オトコが。ガキよろしく頭を両手で押さえて蹲り。
 イカレオヤジの手にはガンが握られていた。なぁ、グリップで甥の頭殴るなよ、あんたも。
 
 コーザがグリップなら、さしずめおれは。あーくそう。奥歯噛み締めとくしかねぇな、とまで思えたのが奇跡に近い。
 コンマ5秒後。妙に近くにバカ従弟の肩が見えた。
 「明日が披露だろう。客に腹は見せまい」
 声を出そうにも、息も出来やしねェぞイカレオヤジ。
 右の脇腹に一発くらった。へヴィなストレートを一発。
 クソ、軌跡が全く見えなかった。
 
 そしてイキナリ。
 何のオペラが始まったかと思うような。
 ―――声でけぇぞ、あんた。
 従弟と床の側から目を見合わせる。
 
 要約すれば。
 よくも謀りおって、この手で殺してやろうかとも思ったが生きているからこそ殺せるのであればそれも出来ない、
 まったくなんというバカモノどもだ、
 犬の餌にもならんぞ、しかし肉親の情というのは如何ともしがたい顔をみてしまえば餌にはできない、
 手足の一本も落としてやろうかとも考えたがそれではなんの楽しみにもならない、中途半端すぎる。
 ならばおまえたちの子供でも殺して同じ思いを味わせるかと気が晴れたがこの馬鹿者どもには子供すらいない、
 この甲斐性なしどもめが。
 ならば生きている間は日に9回自分のことを思い出し懺悔しろこのばか者ども。
 さもばくば殺すぞ、とでも言ったところか。
 それを。
 流麗なイタリア語と、クイーンズイングリッシュと、スペイン語のむちゃくちゃな混ざり具合で延々と30分。
 
 それに追加して。
 スラングと卑語だけのヴァアジョンで20分。
 ちらりとコーザの眉が動いたから、きっといくつかはヤツにとって耳新しい単語だったんだろう。
 覚えてやがった。
 
 イカレオヤジがそれを見逃すはずもなく。
 西の従弟はまた頭を押さえて蹲る嵌めになっていやがった。学習しろ、てめえ。
 「おまえもだ」
 声がしたと思ったら。
 また避け損ねた。――――クソウ。
 
 51分目に。
 わけのわからねえ単語と一緒に抱きしめられ、いっそ死ぬかと思った。
 「よく生きておったな」
 ――――あぁ、まあな。
 「鶏はどうした」
 ――――しるかよ…。
 そこまで戻るか、このクソオヤジ。
 ワラパイの山の中の鶏小屋。最初にクルマの爆発があった場所。
 
 「冗談には笑え、愛想が無いなおまえは」
 溜息を吐きかけたなら、すう、と滑らかな声が聞こえてきた。
 「―――あぁ、まったく。このドアは古いものでしたのに」
 ―――助かった。ペルだ。
 
 イカレモノ同士、あとは仲良くやってくれ。
 逃げるぞ、とコーザに目配せし。
 イカレオヤジが声に振り向いた隙に部屋を走り出た。見覚えのないデカイ犬が廊下の向こうから走ってきやがった。
 勘弁しろ。
 
 「スーリヤ!犬がいるよ!」
 バカが悦んだ声を出し。
 走ってきたソレは。
 「――――――りゃ?」
 バカが抱え上げたなら。
 「―――犬じゃねぇな?」
 そう言っておれを見てきた。
 イカレオヤジは。本気でアラスカまでそれを買いに行ったか。
 
 新しいペットを飼う、といつだか言った。
 女じゃないのか、と返せば。
 島に鼠が増えたのでオオカミを飼う、と至極真面目に返されそのままデンワを切ったことがあった。
 「鼠退治用のオオカミだ」
 それ、と。また生後何ヶ月かのチビを指差す。
 
 「うわ、かァわいいじゃねえの」
 はは、とバカがまた悦び。
 うっかり廊下で捕まっていたおれたちは、結局は大バカだったんだろう。
 披露パーティ、とやらに出かけるまで軟禁された。
 
 
 
 
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