Monday, September 1. 6:05 p.m. Arizona
今日は、師匠とリトル・ベアは。
タウン・ミーティングがあるのだと言って、でかけていた。
ここ、ワラパイ・ネーションは、主に観光から成り立っている土地なので。
重要なミーティングは、週末を外して行われることが多い。
朝、起きれなかった。
明らかに、泣き過ぎ。
頭が痛くて、目が開けられなかった。
リトル・ベアに目の周りに塗る薬を貰って。
朝ごはんを少しだけ食べ、ベッドで寝ていた。
昼過ぎ、食欲がどうしても湧かなくて。
それでも食べないといけないから、スープだけを食べた。
今夜のミーティングをキャンセルする、と兄弟子が言い出したので。
オレは首を横に振った。
「オレはダイジョウブだから、行ってきてください」
リトル・ベアは溜息を吐いた。
「ダイジョウブだよ。ドアには出ないし。一日、寝ているだけだから」
「…一つ、電話がかかってくる。シャリィンという女性からだ。電話番を頼めるか?」
頷いた。
「リトル・ベア宛のメッセージを貰っておけばいいの?」
「ああ」
「それくらい、ダイジョウブ。この部屋で寝ているから」
「無理なら寝たままでいい。いなければまたかけてくる」
「平気だってば!お昼も食べたし。ダイジョウブ」
笑ったなら、とん、と頭を撫でられた。
「オマエの狼も、直ぐに帰るだろう」
「―――うん」
笑って頷けば、リトル・ベアがくしゃ、とオレの髪を掻き混ぜた。
「考えすぎるな、シンギン・キャット」
師匠たちは、4時ごろに家を出て行き。
晩御飯は向こうで食べてくると言っていた。
オレは昼にほとんど食べれなかったから、残りのスープで済ませるつもりでいた。
カチ、コチ、と時計が鳴る音だけが残る家に、独りになった。
ロッキング・チェアに体重を委ね、眠るでも無く目を閉じていた。
自分の内は、もう痛すぎて。
怖くて、覗く気になれなくて。
椅子と時計が鳴る音だけを聴いて、時間を過ごしていた。
晩御飯は、温めなおそうと蓋を開けただけで止めた。
喉が痛くて、とても食べる気になれなくて。
無理矢理食べて吐くよりは、と。
元の場所に戻した。
そうして、今。
シャリィンさんからの電話を待っている。
カノジョはなかなかかけてこない。
リカルドからは、昼過ぎに電話があった。
明日の夕方には、ニュー・オーリーンズに着くだろう、って。
泣くなよ、兄弟、と。
また言われて、少し泣いた。
ダメだ、オレ。
壊れ始めてる。
目を瞑って、時計の規則正しいリズムに合わせて、椅子を揺らす。
キィ、キィ。
木が静かに鳴って。
部屋の隅に侵入を果たした闇が、
もそ、と動いていた。
キョウダイなら、いいのに。
レッドも、リィも、見つけられない。
エマはもう…どれくらい見ていないだろうか。
他の、いらない存在は。
薄い影だって、見えるのに。
キィ、キィ、と椅子が鳴る。
それから。
ふつ、と。
意識が、飛んだ。
8:50pm, Manhattan
『なに、内輪の集まりだ、』
そうドナレッティの御大が人差し指を振った、割には。
表と裏、そしてグレイ・ゾーン、それぞれの主だった顔ぶれが並んでいた。そういった連中が次々と現れ流れるじーさんの
右側にヒナと並んで立たされ。
ヒナ曰く。
「ねぇ?"晒し首"」
言いえて妙、ってヤツだ。
『取引よね、いいわ。ヒナもうんざりしてたのよ、もう…!!』
妾腹の子供であり、ビジネスとは一切かかわりのない両親は早々に娘を結婚させようとし、かと思えば孫娘が事のほか
気に入ったじーさんは己の眼に叶った男を次々と言って寄越し。
『ダーリン、あなたを捕まえて本気でケッコンしちゃおうと思ってたのに、ベイビイ・パイはイジワルだし』
にやり、とわらっていやがった。
冗談です、とその眼が笑う。
『はン?アレに言わせればおまえが魔女だろうが』
『あら、"婚約者"よダァリン』
そう、唇を吊り上げて右手を差し出してきたのは昨夜だ。出来上がったディール。
いまは。
「晒し首?これはどちらかっていうと―――」
ヒナに返す。
「ドッグ・ショー」
くすくす、とわらうせいでハニィブロンドが揺れ。仄かに甘すぎない香りが立ち昇る。
運命だか、人生だか、といのは奇妙なモノで。
順番が違っていたなら、おれは。もしかしたらコレでも気に入ってたのかもな。
一瞬、考え。
却下した。
あぁ、だめだ。おそらく、遅かれ早かれアレを見つけたなら。さっさとなにもかも捨てちまうんだろうから。
望みと、約束の他は。
すう、とやわらかに腕が組まれ。見下ろせば。
ふわりと、ヒナが笑い。
「あいたいんでしょ、」
そう自慢気に言った。
「アタリマエだろ」
「フフ。そうよね、だって」
なにがそんなに自慢なんだと思えば。
「ヒナのベイビイ・パイだもの……!」
本気で満足気な様子のヒナに。
不覚にもわらっちまった。じーさんが、目線を投げてき、眉をわずかばかり引き上げて見せた。
「少し、失礼します」
幾つもの眼差しを切り捨てながら、ヒナを片腕に輪から抜け出す。
ライトアップされた庭へと続く回廊、そこでケイタイを取り出せば。
「お邪魔様、」
そう笑うとヒナがいつの間にかタバコを唇に挟み、頤を上向かせる。それを捕まえ、火を点けて。
遠く、違う場所へ意識を繋ぐ。
ふわ、と赤い焔が庭へと流れるのを視界に収めた。薄闇に浮かび上がる絹の白。
ディスプレイに並ぶ数字は意味もない、ただ。
それの意味するものは唯一で、おれが。望むものが在る。
コール音が耳の底で幾度か響き。2時間の違いを思う。
あの、空へと開いた乾いた土地。
切っちまおうか、そう思いかけたときに。
コール音が途絶えた。
一瞬の空白。
そして、声。
あぁ、繋がったか。
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