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 苛ついた。――――この、バカ。
 何かが噛合っていない、軋みが無理やりに押さえ込まれた声を無理をして引きだし、それだけならまだしも。
 気付いてはいないだろうが、声が微かに震えていた。
 
 あの陽気に跳ねるかと思えたネコが。
 蹲って震えている。
 このバカネコは、「ばか」なんだったと何度目かにして思い知らされた。
 不安に押しつぶされそうな声は、深く考えるまでもない。原因は、
 ―――おれ、だな。
 
 あぁ、だから。
 腕は伸ばすなとあれほど言ったのに、バカ猫。
 震えて死にかけていやがるくせに、考えるのは他人のことばかり、―――大バカだぞおまえ。
 
 すぐにでも抱き上げちまいたい、遠い。
 『早くオレを連れて行って』
 聞き取れないほどの声が訴えてくる。
 そして、少し強めて。
 『―――ガマンするけど、』
 
 ほらな。サンジ、バカネコ。
 出来ないことはするな、笑い声なンか作る必要はないんだよ、バカが。
 抱きしめることが叶わないから、言葉を引きとめた。おれがこれ以上何かをここで言っても意味など無い。
 全ては明日だ。
 
 「サンジ、おまえな」
 口調を意識して切り替える。
 『―――ん?』
 なんでもないんだ、とふにゃりと笑った顔を思い出した。
 ソレのホンモノをおれは知っているんだぜ?
 
 「いいから、無理はするな。文句なら明日聞いてやるから」
 その前に、多分。
 一度おれが突き落としちまうか?
 だが、――――拾うから問題ない。
 何かにしがみついていたなら引き剥がしちまえばいい。爪が掻くならおれにすればいい。
 
 『文句なんて―――言わないよ』
 掠れる語尾とらしくない口調。
 『ダイジョウブ―――ちゃんと、解って選んだんだから』
 「離す気もない、なにがあっても」
 おまえはそれを忘れるな、と告げて。
 「切るぞ、」
 返事を待たずに、回線を切った。
 
 なにかを予感して塞いだ、気鬱と。自分のなかから湧き起こった不安だか何か。
 そんなモノの真ん中で立ちすくんでいるコドモを思った。
 
 サンジ、おまえは。
 ほんとうに、バカだ。
 柔らかいばかりのタマシイ。
 そんなモノをおれに差し出しやがって。
 
 『同じだけのものは返せない、』
 サンジに言った言葉、それを思い出す。
 そして、あのバカは。
 羽根を切り落とす、とまで言った。
 それでもいい、と涙でぐしゃぐしゃの顔をして。気丈にそれでもわらって見せていたのに。
 
 ―――いまの、あの様子は。
 おれの不在の所為だ、と。自惚れでも無く知る。
 そして、おそらく。
 あの、どこまでも強情なバカネコは。
 ダイジョウブだ、と震えながら笑うんだ、涙をこぼしているくせに。
 「―――どこが、ダイジョウブなんだよ、バカが」
 
 すう、と。
 甘い香りと。
 背中に、とさり、と柔らかな重みが押し当てられた。
 「ベイビイ・パイ?」
 剥き出しの腕が、胸前に回された。
 背中越しに、笑みの気配が微かに伝わる。
 「ご心配?」
 そう言ってくる腕を捕まえ、前に身体を引き寄せた。
 
 にこり、とそれでも片方の眉を跳ね上げてヒナが片頬だけで笑みを作る。
 「わかっているなら聞くな」
 「愛してるものねえ」
 「あぁ、悪いか」
 「混ぜて?」
 「断る、」
 「ケチ、」
 
 いぃ、っと。ハナに皺を寄せてみせたヒナの頤を捕まえ。
 唇に軽く触れる。
 「ケチで悪いか」
 「エンゲージリングは3つね?」
 「―――…わかったよ」
 
 はやくお迎えに行かなきゃね、と。
 ヒナが歌うように言い。
 「ヒナ、」
 「なあに?」
 「おれの従弟に送らせよう、退屈しないぜ?」
 「ダァリンに似てる?」
 「さあな」
 「ヒナ、ナンパしてもいいかしら!」
 眼が、きらきらとし始めたのを確かめ、笑う。
 「ロンドンでアイジンが出来た、ってご満悦だったぜ?それもすげえビジン」
 「もおおおう、なんでアナタたちってそうなの!!」
 
 「まぁそういうな、紹介してやるよ」
 腕をとらせ、部屋まで戻った。
 意識を切り離す、サンジから。
 少なくとも、この場所にいる間の役割は。
 演じ通す必要がある、さもなければあの優しいコドモを。あそこまで悲しませるだけの理由はないだろう。
 
 「―――やぁ、ロミオ」
 バカ従弟も、妙に虫の居所が悪いらしい。とん、とやつにしては珍しく、連れのオンナの肩をおざなりに押し遣るようにして他所へ行かせていた。
 「よぉ、マキューシオ。紹介しよう、オフィリアだ」
 「ごきげんよう」
 動じないオンナだ、―――オモシロイ、そういった顔をコーザがして寄越した。
 そりゃあ、そうだろう。わざわざ茶番にわざわざ付き合おう、っていうヤツだ。
 
 「かわいいネコちゃん、泣かせて面白いか?ご両人」
 あーあ、とコーザが溜息をついてみせ。
 「とうに警告済み、」
 そう返事をしたなら。
 「―――おれ、ロンドン帰りてェ」
 バカ従弟が両手を組み合わせ、祈りだか懇願だかのポーズを大げさにし。
 
 ヒナが。
 「あら?デンヴァ・インターナショナルから飛べばいいのよ」
 その一言で、事情を察した頭の切れる男は。
 「あぁ、オフィリア…、恋するものに翼は生えるのだね…!」
 そうバカを言って笑い始めた。
 
 
 
 
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