州道からさらに外れて。
真ッ平らな中をただ伸びていく荒れた道を進んだ。タイヤが砂を食む音が僅かに聞こえる他はアタマの中はクリアだった。
そして、道のかなたに見えたきたもの。
小さな影が熱波に揺らぐ。

あぁ、あそこだ、と。
意識をあわせる。
すう、と澄んだ気配が届くかと錯覚する。

親指の先ほどだった影が徐々に大きさを増し。
家の形となり。そして、
外に立つ姿が、二人分。
クマちゃんと―――バカネコ。

色味の差が見えてくるまでに近付き。
僅かにクルマのスピードを緩めた。
そして、砂音が止み。
キィを差したまま、エンジンを切る。

フロントガラス越しに、向けられる視線を感じ目を上げ。
サンジが感情の凪いだ表情で目ばかり大きくして見てきているのに苦笑する。
隣のクマちゃんは、相変わらずの読めないカオをやはり苦笑で少し歪めて見せた。

冷気のなかから、砂の上に足を下ろし。
照りつける午後遅い陽射しに、色の着いた視界越しでも目を僅かに細める。
肩と背中、忘れていた太陽の熱さが直にあたり。
一歩、踏み出した。

じっと動かなかったサンジが、ふ、と身体を前へと押し出されるように進み出てくるのを視界が捕らえ。
転ぶなよ、とアタマのどこかが茶化した。
ポーチの段差が3段分、そこを転がる様を一瞬想像し。
く、と勝手に唇が片側引き上がる。

距離を狭め、そのまま進み。
足下でさらさらと砂の崩れてく感覚に、自分が「ここ」にいるのだと妙に自覚させられた。
野生児が、すい、と首を傾け。
その様子がまるっきり、獣のコドモじみていて苦笑する。
おい、まさか忘れたか、と軽口のひとつでも言いたくなる。

3歩、それを一気に進み。
「ゾロ、」
消え入りそうな声を耳が捕らえる。
腕を伸ばそうとし。
その、光に溶け入るかと思う肩を抱き寄せる、そのために。
「―――サ、」

ピ、と電子音。
外界がイキナリ時間を切り裂いて繋がり。
ぴく、とサンジの肩が揺れ。
すう、と警戒してでもいる気配を纏う。
蒼が、その底に僅かに意識の張り詰めたことを語り。

穏やかな、それでも電子音に変わりないものが流れ始める。
待て、と左手で制する仕種。
ディスプレイに目を落とし。
……コーザ、てめえか。
諦めて、応える。

「―――イエス?」
ところが。
おれは忘れていた。
バカ従弟とイカレ婚約者が。瞬間的に意気投合し、パーティが終わった後もスィートでヒナ曰く『パジャマ・パーティ?
ジュニアハイ以来よ!遊びにいらっしゃいってば!』と
大騒ぎしていやがったことを。
『ダァリン!!』
―――ヒナだった。まだ一緒にいやがったか。
後ろで、ひゃらひゃらわらっている声がする。これはバカ従弟が。

視界に、サンジがまた肩を強張らせるのが映る。
なんだ、と返せば。
『ベイビイ・パイには会えた?』
そう声を機械が伝えてき。
「―――なんで、ヒナ?」
耳が良い野生児が、いまにも死にそうな声を出した。

「いま、まさに目の前にいる、おれは忙しい、切るぞ」
『ダァリン、ヒナにも代わって!』
コレが性質の悪いのは、悪意がゼロで、むしろサンジへの好意しかないことだろう。
「断る、」
と返せば。
『ケチ!』
とお決まりの抗議で。

そうしている間にも、サンジの眉根が寄せられて行き。
「オマエが『ベイビイ』を泣かせるなよ、じゃあな」
そう言って切ろうとしたならば。
『もう話した?』
と声がこれが最大のアトラクション、とでもいわんばかりに喜色を刷いた。
「―――まだだよ、ほら、切るぞ」
サンジが、困惑しきったカオで見上げてくる。

『Love ya twos,(ふたりとも愛してるわ)』
砂糖漬けのバラの花びら。
そんな声を寄越してくるヒナは、相当な演技派なんだろう、それは認める。
「"Cherio,"(”じゃあナ”)」
ヒナの空港でして寄越した挨拶をそのまま嫌味まじりで返し。
けらけらと二人分の笑い声をエコーさせて、ぷつり、と。
ケイタイが静まり返った。

とす、とそれを内ポケットに落とし。
サンジに目を戻せば、片手を心臓の前に引き上げ。
くう、と胸元を握り締めていた。陽射しに、シャツの白が眩しい、そんなことを場違いに思い。
「タダイマ、」
言葉に乗せた。

「――――ヒナ、が、どうして…?」
あぁ、そんな声を出すなよ。
「婚約したから」
まずは、真実を。
「―――ヒ、ナと…?」
ぽろ、と涙の粒が。そこまでも陽射しを吸い込んで光りながら頬を転がり。
「じゃあ、きの、の、パ、ティは…?」
きれぎれに息に乗せて続ける。

あぁ、おまえ。電話越しでも気配でわかっていたのか。
「身内に、披露した」
それで、あんなに奇妙な具合に緊張した声で。
おれに話していたのか。
「―――サンジ、」

「そう、」
サンジが、不意に下を向き。
腕を伸ばしかけたが。
すう、と見上げてきた笑みに、カチ、と意識が警告を寄越す。
「―――――ごめんね、ゾロ」
この、バカ。死にそうな顔してなにを笑う?
バカのまっすぐな思考が、何と結びついたか瞬時に思い当たり。

呼びかける前に、ひゅ、と。
脇を何かがすり抜けていく。
オオカミの子?
フザケロ。
あれは、どうみても大猫じゃねぇかよ。

バネが、跳ねるようで。
野生の生き物が美しいのと同じに、走る様も流麗な線を描いていき。
眼差しを、ずっと佇んでいたクマちゃんに投げて返した。
「なぁ、」
苦笑したまま、クマちゃんが目線をあわせてきた。

「世話になったな、あのバカネコ」
わらって、息を一区切りした。
「あぁ」
「捕まえてくるから。しばらく戻らなくても心配ご無用」
笑ったリトル・ベアが何かを放って寄越し。受け取れば、瓶だった。
ちかり、と光に溶け入る色味。
「ハ、」
苦笑する。

「信頼しているさ。アレも行き詰まっている―――成長痛だな」
低い声が静かに言葉を綴り。
次いで放って寄越された鍵も受け止めた。
「不精だな、クマちゃん。ぽんぽんモノを投げるなよ」
「不用意に近づくと噛まれそうだからな」
砂漠の家の鍵。それもポケットに落とし。返される言葉にわらった。

「あぁ、オオカミは恩知らずだからな」
「だが"兄弟"だからな。気にするな」
「リカルドは、」
そういえば、と見当たらないのを尋ねた。
「昨日の朝早く、飛び立った」
ちらり、とまだ平らな地にサンジの姿を確かめ。
あぁ、そうか。「みつけた」のか、あいつも。
「そうか」

クマちゃんが、伝言を寄越してきた。置き土産をあちらの家の机に置いてある、と。
肩を竦めながら、それでも「兄キ」は嬉しそうではあった。
ふゥン?

そして、どうせティピにでもいるだろう雷魚のじーさんにも。
また後で構ってやるから待っておけ、と言い残し。
エンジンをまたかけ直した。


バカネコ、どこまで走って逃げるつもりだよ?
こんな、真ッ平らな地平のどこへ隠れるつもりだ?
かなりなスピードで小さくなっている姿に向かって呼びかける。
「フェアじゃないよな、このハントは」
ペルが聴いたなら、腹を抱えて笑い転げそうな台詞だ、我ながら。

きゅる、と砂を巻き上げタイヤが鳴った。
ただ、まあ。
おれが果たしていつ公平だったか、といえば。
エースもお手上げかもな。なぁ、どう思うよ?あンた?

「手に入れなきゃ、意味がねぇしな」
アクセルを踏みつけた。
「さっさと止まれ、撃つぞ、バカネコ」




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