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 シャツの最後のボタンを外し終える頃には、震えが止まった。
 噛み付くみたいにゾロにキスしたまま、ゾロのシャツのボタンに手をかける。
 
 ゾロはまだ、怒ってるみたいだ。
 ゾロが怒っていると哀しい。
 だけど―――欲しければ欲しいと言え、とゾロが言った。
 オレはオレでいいんだ、って。
 "マリア"でも"天使"でもない、って。
 だから。
 オレは。
 手を伸ばす。
 
 ざ、とゾロのシャツのボタンも全部外した。
 ボトムスから引き抜いて、左右に開いた。
 ゾロの眉が、すい、って上がってた。
 構うもんか。
 口付けを解いて、喉元に強く唇を押し当てる。
 
 「オレは、」
 ゾロの胸の厚みに口づける。
 「ヒナに、嫉妬したよ」
 心臓の上。
 「オレより先にゾロに会ってるなんて、ずるい、って」
 脇腹にも口づける。
 「オレよりも先に、ゾロが無事でいるトコロを見てるなんて、ずるい、って思った」
 すう、指先がオレの頬を撫でていった。
 見上げて告げる。
 「オレがずっと待ってたのに、ずるい」
 
 スラックスのボタンにも手をかける。
 ゾロの目を見上げたまま、ジッパも下ろした。
 ゾロがすう、と目を細めていた。
 物騒な眼差し。
 
 「オレはいま大変なんだ」
 寛げた腰のところにも口付けた。
 「さっきまで哀しかったけど。今は拗ねてるし。怒ってる。コドモみたいな理由で」
 「フン…?」
 かぷ、と軽く歯を立てて噛み付く。
 ゾロの声は軽いままだった。
 「願っても適わないことは知ってる。不可能だってことも、ゾロにはそうする気がないってことも。判ってて、オレは腹を立ててる」
 項を掌で撫で上げられた。
 
 「ヒナには随分と拘るな?」
 「だってオレはヒナを知ってるもの」
 軽い口調のゾロのスラックスを落とした。
 「どんな人か知ってるだけに、イメージできちゃうから、素直に悔しくなるんだもん」
 
 自分が着ていたシャツを脱いで、フロアに叩き付けた。
 「知らない相手だったらよかったとか、そういう問題じゃない。ただ、」
 「髪色は似てるな」
 ってゾロがオレの髪を掬って言った。
 「……そんなの、きっと関係ない」
 自分でズボンを脱ぎ落とす。
 下着も一緒に。
 
 「オレは、オンナノコだったらよかったとか、そんなことはちっとも思ってない。ヒナがオンナノコだったから悔しいわけじゃない」
 醒めて集中した翠を睨み上げる。
 「ゾロの隣にオレじゃないゾロの大切な誰かがいるのが、ただ嫌で、オレは駄々をこねてるだけなんだ」
 怒ってる素っ裸のオレがいる。ゾロの目の中に。
 
 「オレがヒナに拘るのは」
 ゾロの手を取る。
 「ゾロには繋がっていないと思ってた線が、オレの知らないところで繋がってたのが嫌だったから。その上、」
 する、とゾロの手に頬を摺り寄せる。
 「ヒナは、オレに。憎ませてなんかくれない」
 
 ああ、悔しいさ。
 悔しいよ。
 だってオレはゾロの"特別"なんでしょ?
 
 耳元を、ゾロの指先がゆっくりと撫でていく。
 オレはまた勝手に盛り上がっていく涙を掌で拭った。
 「オレはゾロがキスしてるとこも見た。どれくらいの好意を、アナタタチが持っているのかを知ってる」
 "コイビト"じゃない。そうは成りえない。
 そんなことは知ってる。
 だけど。
 だからこそ。
 
 「だからオレは!嫉妬してる自分がガキなのが解るし。むちゃくちゃ自分勝手な理論で嫉妬してるのも解るし、」
 だん、とフロアを蹴った。
 「嫉妬すること自体が馬鹿みたいだって解るから。素直に怒ることすらできないんだ」
 
 「エースの"姪"だった。気も会う筈だ」
 ゾロの目線が和らいでいた。
 僅かに。
 ―――クソウ。
 
 「オレだってヒナが好きだけど!今度会ったら噛み付きたくなるじゃないかっ!!」
 「怒ればいいだろう?感情なんて理不尽なモノだ」
 やさしくなったゾロの声に首を振る。
 「だって筋違いなんでしょ?オレは八つ当たりしてるだけじゃない、」
 だし、と。またフロアを蹴る。
 「だからオレは悔しいんだっ」
 
 ぐい、とゾロのシャツに手を伸ばす。
 「オレしか見ないで、って―――無理な注文だってわかってるのに、願わずにはいられないんだから」
 ああ、クソウ。
 なんで怒ってるのに、オレは泣いてるの。
 
 「言えよ。その通りにしてやるから、」
 ゾロの声が届く。
 願い。
 この家で過ごしたように。
 あの滝の傍で過ごしたように。
 ―――オレだけしか、みないでほしい。
 ……なんていえるわけがないじゃないかっ。
 
 「おれに出来る範囲で、」
 振ってくる声に笑った―――泣きながら。
 どうしろ、っていうのさ。
 ああ、クソウ。
 頭がグルグルで支離滅裂。
 わけわかんないよ、もう。
 
 「―――オレは、もう。壊れてぐちゃぐちゃなんだっ、」
 涙を腕で拭った。
 「感情が湧きすぎてて、溢れっぱなしで大変なんだよっ、」
 すい、と額を指が辿っていた。
 一つ息を吸い込んだ。
 
 「ひでぇツラ、」
 からかうようなゾロの声。
 「―――知ってるッ。散々鏡見てオレも思ったもんっ」
 癇癪を起こしてるコドモみたいだ、オレ―――でも、止まらない。
 
 「こんな顔で会うのは嫌だって、散々思ったのに、ちっとも元に戻せないんだっ、」
 睨み上げる。
 す、と翠の目が細まった。
 「大丈夫だって思った次の瞬間には、足元には大きな穴があったしっ、」
 ぐい、と涙を拭った。
 「知らない間に知らない顔が鏡の中に出来上がってたしっ、」
 ぐ、と喉を鳴らした。
 「背は伸びるし、腕は細くなるし。ブサイクだってわかってるようっ」
 
 「サンジ、」
 「でもしょうがないじゃないか、これしか持ち合わせてないんだから」
 呆れた、って顔をしているゾロから視線を落とした。
 「――――ああもう。ほんとに、支離滅裂だよ、オレ」
 声が勝手に落ちる。
 
 「何がしたいんだ、オマエ」
 さら、とまた頬を撫でられた。
 「……オレは不安なんだ、」
 シャツを拾い上げて、オレにかけてきたゾロの足元に座り込む。
 「ねえ、ゾロ」
 
 すい、と持ち上げられて、耳が拾った。
 ゾロの怒った声。
 「黙れよ、オマエの言葉は腹が立つ」
 
 ―――うん。
 オレでもそう思うもん。
 ごめんね、ゾロ。
 
 ああ、でも。
 ひとつだけ、ほんとうに一つだけ。
 ゾロしかオレにできない願い事がある。
 語りかける。
 
 「オレを空っぽにして、全部アナタで埋めてよ、」
 翠を見上げる。
 「オレは、アナタを感じたいんだ」
 オレなんかのことより、ただアナタを。
 
 
 
 
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