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 理不尽だ、ということは解りきっていた。
 このコドモが「待つ」ことの意味を解ってやりながらも、腹立たしい。
 
 ―――腹立たしい?あぁ、気分が悪い。
 素直に「再会」を喜べない状況を自分が作り上げたからといって、それはなんら「サンジ」には関係のない事であったから、
 自分の中では。
 
 逃げ出した「理由」よりは、その「行為」自体にあっさりと、温度が冷えた。
 
 理由を聞いてやる気などない、どうせ聴いても忘れる。
 それは、入れないと誓い引かれた境界の内に起こったことで、そもそも切り離されている、おれの中では。
 
 愛情と近い位置にある、その薄皮を一枚剥いだ先に在るもの。
 ほんの少しのきっかけで、愛情に違いないものがその温度をなくしていき。冷えた刃金の味になる。
 
 不愉快だ。おれは。
 サンジの感情が縺れて、蒼が不安気に揺れているのを見つめることさえ不快で。
 その原因、すなわち―――おれ、自身に対しても酷く腹立たしい。
 宥めるように声を作って呼びかけてみた。
 
 お互いの感情が悪化した、語りかける声などいっそなければいい。
 
 触れてくる唇がわずかに震えるようだった。自身で言っていたように混乱して、戸惑い。
 その触れてくる存在、それを手の中で握りし潰してしまうかと。なにかがひやりと意識の底を滑っていく。
 
 不愉快だ。
 
 愛惜しみ、慈しむ、それが。するりと内で容を変えて行く。
 黙れ、と言った。
 それ以上何かを聞けば、引き裂く術ならいくらでも、言葉で、行為で。渡せるほどに、おれのなかにオマエへの愛情は
 あるのだから、黙れ。
 
 理不尽だ、我ながら。
 抱き上げた身体が、また一回り細くなっていることにさえおれは不愉快だ。
 自分の未熟の後始末、それの派生したモノゴトが多少なりとも自分の他に齎されることに苛立つ。
 ガキなんだろう、解っている。―――次は無い、自分にも吐き捨てる言葉。
 
 コレは、おれを引き止めるモノだ、判っている。
 ただ、いまは。
 だからこそ、愛情と縺れ合った負の感情まで絡みつき投げ捨てちまうかと衝動に似て神経を灼いていくものがあった。
 熱などない、寧ろ温度など無い。
 酷く、つるりと平坦なソレ。
 
 寝室まで連れて行き。バカバカしさに、抱いた腕を解いた。とさりとそのままフロアに落とす。リヴィング、入り口に近い場所で。足元に蹲り眼だけをそれでも光を矯め込んで見上げてきていた姿は、ひどくコレの居場所の境界を曖昧にしていたが。
 揺れてでもいるのか、自分の在ろうとした位置を。ヒトの側、森の民の側。
 ヒトの側にいる、と決めた筈だったよな、オマエ。そう、ちらりと意識の深くを掠めた思考。
 
 けれどいまは、腕を解かれたそのままに項垂れていた。
 その様に、また腹が立つ。
 泣けないほどまでに、なにかを強要しているわけだな、と。
 おれも、相当無茶苦茶だ。
 
 慈しむ言葉をかけてやりたい、涙を拭い去らせたい、それと同時に相反する。
 そこまで「これ」、―――おれにオマエを明け渡すな、と。
 
 小さく呪詛の言葉を吐く。
 どこかで、些細な行為もなにもかもすべて相殺するように道ができあがってでもいるのか、おれが知らずに自分を
 追い込む「愚か者」なのかは知らない、けれども。
 同じ場所、この家で?それとも後にしてきた穏やかな家、そこだったか?
 吐き捨てるようにサンジにいつだか言っていた言葉の通りか。あまり大差ないことをしようとしているのを自嘲する。
 
 「いま」のオマエをおれは否定する。
 酷く深いところ、もう判別のつかないほどオマエをイトオシイ。
 愛情と理不尽と不条理と、殺意にまで踏み込む何かが。おれのなかで蹲る。
 
 サンジが。心臓の上で拳を握っていた。その、掌が閉じていく様にさえ。
 愛情が仄暗い闇を纏う。オマエは良きもの、だ。おれの手は―――
 オマエの背に血糊を塗りつけるというのに。
 
 
 身体を繋ぐ営みと、ヒトの尊厳を根底から否定する行為が同じであることの意味は何だろう。
 そんなことを思った。
 オマエを傷つけ貶めることをおれは望まない、けれどその意味するものは同じなのはなぜだろう。
 見上げてくる顔。涙で潤んだ瞳。
 僅かにおれに向かって伸ばしてこようとした腕を捕まえ。
 床に手を突かせ、身体を拓かせ思っていた。
 
 ちいさな声の切れ端がサンジの唇から洩れ。
 引き上げさせた下肢が酷く強張っていた。
 撓む背に口付けることも無く。
 名前を呼びもせず。
 そして、呼ばれることも無く。
 けれどどこか冷たかった触れた肌は、やがてうっすらと熱を帯びてき始め。
 
 反りあがるように伸ばされた首、けれど涙で濡れ零れるようだった蒼が曇りはせずにあわされた。
 身体は当然のように拓くことを拒み。行為の意味をおれは思い知り。
 全てを許容しようとでもする、蒼を。狭いなかを身体を推し進め腕を伸ばし、閉ざさせる。
 
 視界が捕らえるのは、床の板目にそって指先が掻いていった痕と滲んだ赤。
 殺したいというのなら、おれは。まだ救いようがあったかもな。
 ダメだ、―――オマエがすきだよ。
 
 声もださずに、サンジが吐精し。その唇が音に乗せずに、辛うじて模ったのはおれの名だった。
 縺れ合った感情は縺れたままに。
 断ち切ることも出来ずに。
 自嘲と自戒とがない交ぜに、それでも身体は鼓動を刻み。
 穿ち、引き出す。
 
 ふつ、と。糸が断たれでもしたように、サンジの身体が意思をなくし。
 ぱつ、と。
 その背中になにかが零れ。
 自分のバカさ加減に笑い出したくなった。不意に。
 
 
 ――――涙。
 
 
 
 
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