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 がさ、と。
 枝を掻き分けてくるのは、灰色の獣。
 びっくりするくらい大きくて、じぃっとその姿を見つめていた。
 
 森の中で独りになってから、どれくらい経ったのかわからない。
 すりむいた膝小僧も、空き過ぎて鳴らなくなっていたお腹も。
 痛みがどこかへ消えうせていた。
 
 不思議と怖くはなかった。
 夜の闇も。
 森の音も。
 そして、静かに見詰めてくる獣も。
 ただ…ただ。
 オレは座り込んでいた。
 目線を外すこともできずに。
 
 やがて、それは森に引き返そうとしていた。
 静かにきびすを返していた。
 オレはどうしようか迷い、木の幹に凭れたままでいたら―――なにをしている早く来い、と言われんばかりの目で振り返られた。
 『……いいの?』
 声を出さずに訊いたら。
 『オマエの自由だ』
 と返された気がした。
 
 獣が数歩進んで、またオレを振り向いていた。
 だから、オレは。
 しずかに立ち上がって、その獣の後についていった。
 
 5歳の夏の終わりに、コロラドの山の中で。
 
 
 ぱし、と。
 意識が繋がった。
 
 身体が重かった。
 あちこちが痛かった。
 喉がイガイガとしていた。
 だけど―――胸は痛くなかった。
 
 目を見開く。
 目の前、すぐに大きな手。
 ――――ゾ、ロ?
 首を横に向けた。
 ベッド・サイド。
 椅子に腰をかけたゾロがいた。
 髪の辺り、体温。
 ゾロの匂いがイッパイ。
 
 「――――ぞろだ、」
 かすれた呟きが落ちた。
 手を伸ばす。
 指先……りゃ?
 バンドエイド???
 ゾロがオレの手をすう、っと避けていた。
 …なんで?
 
 「ゾロ、」
 ―――あ。
 傷ついた目をしてる。
 ………あ。
 「ゾ、ロ」
 ごほ、と間で咳が勝手に落ちた。
 呼びなおす。
 「ゾロ、」
 
 す、とゾロが人差し指を唇の前に持ってきていた―――"黙っとけ"。
 見詰めたまま、身体を起こす―――イタタ、
 ああ、でも。
 それはいいんだ、
 だってゾロが目の前にいるのに。
 …それとも。
 ゾロはもう、オレに抱きしめさせてはくれないかな?
 
 だって、オレ。
 ゾロに酷いことしたし。
 でも、オレ。
 ゾロの傍にいたいよ。
 この距離って、なに??
 動かない身体を無理矢理引き起こす。
 
 「ゾロ、」
 あ。
 呼んじゃだめなんだっけ?
 でもオレ、呼びたいんだけどなぁ。
 ダメかな?
 許してもらえないかな?
 でもオレ―――ゾロの腕が欲しい。
 
 ゾロが、すい、とオレの肩を押した。
 起き上がるな、ってことかな。
 肩に触れたゾロの腕に、そうっと触れた。
 暖かい、生身のゾロ。
 
 ゾロが、一瞬眉をゆっくりと引き上げて。
 けど、さら、と引いていった。
 ……うん。そうだよね。
 
 「…アナタが…戻ってきてくれるだけで、十分な筈だったのにね、」
 こつ、と立てた膝に頬を乗せてゾロを見上げる。
 「それだけで、本当、よかったのに……オレ、馬鹿だ」
 一番大切なことを見失ってたなんて。
 
 ゾロの翠目が、じい、とオレを見つめていた。
 表情を読ませない、ガードした目。
 
 見上げて、姿勢を直した。
 頭を下げる。
 「ゴメンナサイ。オレ、酷いことをした」
 アナタを傷付けた。
 
 
 
 
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