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 すい、と腕が伸びてきて、トン、と額を押してきた。
 「寝ておけ、起きるな」
 そう言って、ゾロが立ち上がろうとしていた。
 捕まえる、ゾロの腕を。
 ちょっとばかり、憮然としたゾロの表情。
 「……呆れられても、オレ、アナタを諦めないよ」
 アナタが、もし。オレを置いていくというのであっても。
 手を離す。
 
 ゾロが、すう、と立ち上がっていた。
 見上げる。
 すい、と翠の双眸が合さった。
 唐突に、キレイな色合いだと思う。
 ……うん。
 だって、好きだもん。
 
 平坦な声が告げてきた。
 「ヒトの話を聞かないバカだな、相変わらず」
 だってオレ。捨て置かれてもショウガナイくらいのことをしたもん、アナタに。
 そう告げる前に、ゾロが。
 「寝ろ、もういい」
 そう言って、ドアまで行っていた。
 
 見詰め続ける。
 不意に視界がぼやける。
 嗚咽は噛み殺して、深い息だけに留めた。
 
 …ごめんね、ゾロ。
 こんなバカなコドモで。
 
 「謝るのは、寧ろおれの方だ」
 フラットな声、ゾロの。
 首を横に振る。
 「ゾロは悪くない」
 
 ゾロは当然のことをした。
 噛み付かれたら、噛み付き返すのは当たり前のこと。
 それだけ…オレはアナタを傷付けた。
 
 許して、なんて言えない。
 いえるわけがない。
 そんな虫のいいコト。
 
 「悪いな、オマエを逃がしてやれなくて」
 言い残して、ゾロが少しだけ苦笑して、ドアを閉めていった。
 ぱたん、と渇いた音。
 
 電気は落とされ、オレは暗闇に残される。
 「…っく、」
 …やっぱり。
 ダメだね、オレ。
 バカなコドモだ。
 呆れられて当然。
 
 逃げるのは、アナタからじゃなくて。
 「オレは…こんなオレから逃げたかったんだよ…、」
 ちゃんと、アナタに笑ってオカエリナサイ、って言いたかったのに。
 「…まだ、ちゃんと。言えてもいない…っ、」
 ちゃんと向き合って、抱きしめて。
 「っふ、」
 
 布団に潜り込む。
 声が漏れないように、嗚咽を噛み殺す。
 ダメだよ、泣いてたら。
 泣いたってどうしようもないんだから。
 そう頭ではわかるのに、止まらない。
 
 どうして"愛してる"だけじゃダメなんだろう?
 なんでそれだけじゃ、満足できないんだろう?
 オレ、望みすぎたのかなぁ…?
 
 「…っ、く、ぅ」
 布団の中で目を覆う。
 頭、空っぽにして。
 ひとまず強制的に涙を止めた。
 
 こつこつ、とガラスが間近で叩かれる音を、不意に耳が拾い上げる。
 布団を退かした。
 闇の中、赤い焔。
 カーテンの向こう。
 …ゾロ。
 
 ぐい、と涙を拭いた。
 こつこつ、とまた音がして、慌てて窓を開ける。
 「ぞろ、」
 
 宵闇に佇む影、ゾロの。
 すい、と首を少し傾け、タバコを挟んだ指を。
 ひら、っとさせていた。
 「やり直そう、」
 声がする。
 
 「おれが、ドアをノックするから。オマエ、迎えろよ?」
 く、と目許を細め、ゾロが少し笑った。
 …和らいだ笑み。
 「おれが凍死するまえに、」
 「うん、」
 頷いた。
 ゾロが、チャンスをくれる。
 嬉しい。
 「うん、ゾロ」
 ありがとう。
 
 「直ぐに行くから、」
 直ぐに行くから、素直なオレで。
 「開けて待ってるんじゃねェぞ」
 「ウン」
 すぅ、と。少しだけまたゾロが笑った。
 オレも少しだけ笑う。
 「ありがとう、」
 「待つな。直ぐには戻れない」
 
 ―――待ってるよ。
 今度は……希望を持って。
 
 
 
 
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