言い捨て。窓辺を離れた。
吐く息が、夜気に僅かに白い。丁度良い。冷えた外気に月明かりが冴えて、色味を僅かに変えていた。足元の砂。
離れた窓が、まだ開けられたままであるのを気配で感じ。放っておいた。
どうせ、何を言っても聞かない。
勝手にすれば良いさ。


ゲレンデまで歩いて行く。キィはまだポケットにある。
この場所から少し離れるか、とも思う。とっ散らかったままの自分の内側をどうにかできるとも思わないが。
冴えた夜の底に。アラームの電子音が耳についた。

あの家の中にいるのと、この密室のなかにいるのとどちらがマシか考えた。
やり直そう、とは言ったものの。
それは半ば希望的観測、とでも言うところだ。おれが、あのコドモにしたことは理由は何であれ正当化などできる訳も無く。
ただの、―――あぁ、憂さ晴らし?…それとも違う、もっと幾つもの感情が絡み合っていた。

エンジン音が低く冴え。
どこへ行くか一瞬考える。
少なくとも、この場所ではない。
どこか。

思い浮かぶ場所はといえば、目印代わりにしている岩場か精々その辺りか。
余り感心しないが、しょうがない。
ヒトの顔をみるよりはマシだ。
鬱陶しい連中も居るかもしれねぇが。アイツラは黙っているだけまだ良い。

それか、もう少し進み、州道まで出て。
目に付いた丘なり陸稜地帯なり入って行ってもいいが。逆に明け方までには戻って来れなくなりそうだ。


ざ、とタイヤが砂を食んで音を立てる。
どこが間違ったか、と考えることは無駄だ。間違いなら、それこそ最初から。
手に入れると決めた事から「違う」んだろう。確認するまでも無い。
出だしからして、間違いではある。聞き間違い、時間のミス、おれの生きていたこと。
あのバカなコドモが伸ばしてきた腕を取ったこと。
全てを解消するかと問われれば、それでも返答はノーで。いっそ単純すぎると思う。

ふ、と耳の底に蘇る。ガルフのタラップの下でペルの言って寄越した言葉の切れ端。
『あなたほどカレに似つかわしくない者はいないでしょうに』
何重にも重ねられた意味が折り重なり。ペルが僅かに口端を歪めていた。
『一人を愛すると仰いますか。万人を屠って……?』
ひらり、と振られた長い指。そして、そのまま遠ざかっていた。
返答など興味もなければ聞く必要も無い、そう目が語り。

おれは、笑ってみせたのだった。
あぁ、ワラッテイタ。アレの齎す言葉の意味を分かっていると思っていた。
それが、実に愚かだったと今になって判る。おれも、とんだバカだった、ってわけだ。

自分の中に潜む感情。愛おしいと思えばこそ、いとも簡単にするりとその表を剥ごうとする。
慰撫し、柔らかな言葉を惜しみなく与え。慈しみたいと願うのと同じほど。おれは牙を持っている。
自己嫌悪など死に掛けた連中がすればいいと思っていた。最後の瞬間に精々、悔えばいいのだと。
おれは、まだ終わらせるつもりもないが。それに浸かっているわけだ。

月明かりに岩場が見えてき、スピードを緩める。
照り返すような砂に、影も落とさず蹲る暗色がある。

あぁ、と思い当たる。
あの影と。
おれの従兄は違ったな、と。燐のようだった光。真っ直ぐな負の感情。

それを受け止めて流し、屠った。
ならば、その同じ手で。
向けられる正の感情を。
血の出るほど引き裂いたとしても、何ら可笑しくはないか。

いっそ、自分のバカさ加減がしれる。
そして、その同じ手で。また血を流すタマシイを慰撫したいと願ったとしても何の不思議がある?
おれの愛情なんざ、そんなものだ、と。自分でも言っていたことをあの柔らかなイノチに絆されて忘れてでもいたか、あるいは。
違うのだとどこかで信じたかったか。

―――バカバカしい。
エンジンを切った。周りが静寂に包まれる。
自分が『違うもの』だと思ったからこその、自己嫌悪だか、憐憫だか。
―――やっと、見えてきた。おれがあれだけ苛立った訳も、漸く。否定されて苛立ったのではない、寧ろ。

あぁ、自己中心的な考えだろうと知ったことじゃあない。寧ろ、おれは。
あのバカが。
自身を否定しようとしたことにガキめいて腹を立てた、それだけのことだ。
おれが愛おしいと思っているものを、その当人が嫌だと喚いて。
苛立っていただけのことだ。

ならば、簡単だ。事は単純に戻る。
あのバカが否定したとしても、そもそも関係ない。
―――愛すればいいだけだ、勝手に。
単純な指標。バカバカしいほど明確だ。

―――クソウ、おれは何をしてたんだ。気付くのが遅すぎる。
あのバカネコが、どうせ。
暗がりで泣くか、膝を抱えるかしているかもしれないのに砂漠の真ん中で亡者共が砂を食むのを見ている。

おれはおれでしか成り得ない、傲慢なガキで結構。揺らいだ所為で取り返しのつかないことを仕出かす所だった。
ここまでヒトを揺さぶるバカネコは。
やはりおれの生命線か?


キイを回し、アクセルを踏みつけた。
―――隠匿だな、ダレが何を言おうと。




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