3: 35 am, Wednesday, September 3
緩く腕に収めていた身体が、ゆっくりと眠りに落ちていくのを感じていた。
眠っている間に飲ませたタブレットの所為で、それほど酷く熱が高いというわけでも無さそうだった。
滑らかな頬の線に手の甲で触れ。それでもその肌の僅かに火照っていることを確かめ。
呼びかけてみる。
瞼が微かに動き。
身体を返すようにして額を押し当ててくるのを眼差しを落として見つめ。
まだ、離れたならサンジがすぐにでも起き上がるだろうと予測する。
身体を少しばかりずらせて、暗がりでも薄っらと色を乗せる髪に唇で触れ。
ちっともやってこない眠りを捕まえることを放棄した。
ふ、と時間の感覚が曖昧になる。
夏の始まりと終わり。
引き伸ばされ、くにゃりと捻られ。奇妙な具合に繋がったそれ。
『どこにいても、ぼくは戻ってくるから』コドモの声が不意に蘇る。
オマエのままであったなら、ここまで泣かせることもなかったのかもしれないな?チビ。
さらり、と柔らかな感触を指の間に滑らせる。
ひどく安堵したような寝顔をまた見つめ。
ゆっくりと腕を解いた。
僅かにその表情がむずかるようなソレに変わり、知らず苦笑していた。
額と、眦に唇でゆっくりと触れ。
寝顔から余計な線が消えていくのを確かめる。
ちいさく笑みが代わりに浮かんでいき。あぁ、あれだ。何度も見ていた顔。
シアワセナコドモ。
眉あたりにも唇で触れ。起きるなよ、と念じてから。
ベッドを降りた。
眠れないのならば、時間を潰すかとクマちゃんからの伝言を思い出しことが一因。
リカルドの置き土産が、書斎代わりの小部屋のデスクにあると言われた。
灯かりが洩れないように、ドアを閉ざしてからスイッチを入れ。
デスクに、分厚い封筒が置かれているのを見つけた;
封筒の上にはメモが一枚、書かれている文字はどこか雑で。
思わずわらった。
さらり、と1センテンス、『迷えるときも、側に在る』。そして、その紙の上に置かれていた白い羽。
サインは無し。
どこまでもヤツらしいな、と。
空港で、風に乗る素振りを見せていた姿を思い出した。
メモは一応バックポケットに、羽はデスクにそのまま置いた。
適度に重みのある封筒を片手に、灯かりを消し。サンジが眠っている気配を確かめそのまま居間へと出た。
分厚いものと、若干薄手の同じおおきさの2つは。
ちらりと中をソファに座りながら覗き。写真と知れる。それならば、薄い方にはネガが入っているのだろう。
リカルドはそういうヤツだ。
ロウテーブルにネガの入った封筒を置き。羽をもう一度見つけ直したヤツがどこまで行く気なのか、半ば愉しみながら封から
大判のそれを取り出し。
切り取られた景色に目がいった。
感想。
付き合いで顔をだす出版記念会、そんなモノを開く連中の撮るものよりも余程良い。
独特の距離感で、砂漠が切り取られていた。
対象から離れているくせに、視線が―――あぁ、なるほど。
ヤツの眼差しででもあるのか?微妙な温度がある。
さらり、と次へ流し。
スナップ写真めいた気楽さに変わり。そこにいたのは、呼ばれて振り向いた、そんな顔をしたサンジで。
なんどか目にしたことのある表情を.していた。
気落ちした風な笑み。
本人は気付いていないソレ。
残していった間に、過ごしていた時間が切り出されていた。
輪郭が、かすかに削ぎ落とされ。コドモコドモしていた頬の線であるとか、口元にかけての線が別のものにやはり
なっているのは視覚の錯覚でも何でもないのだな、と実感した。
次、それには笑った。
バカネコが散々遊ばれている写真が幾つも続いた。
ジャマイカでヴァケーション中のコドモ。
まるっきりそんな具合で、金髪を幾つも編みこまれた笑い顔。目元に色を乗せられたモノ、この写真家はメイクも兼用か。
笑い顔、暮れかける景色のなかに佇むもの、レンズを見据える眼差しのもの、そういったものが続き。
離れていた時間をふと思った。
聖域めいておれが考える「この場所」にも同じように時間が流れ。
『待て』と言い残し置いていった者は、どれくらい不安であったかを。
終わりに近い一枚に目が留まる。
おそらく、眠っているときに撮ったものだろう。
枕に顔を埋めて、けれども頬には濡れた痕が残り。
この野生児が、寝顔を撮られること自体、常とは酷く違っていたのだと知れる。
―――リカルドとクマちゃんに。
礼を言わなけりゃナ、そう思った。
あのキョウダイと、じいさんに囲まれていてもこの様だ。
最後の一枚、それは。
朝なのか、色味の失せた光の中で。
わらっているものだった。
すう、と。
ロウテーブルに写真の束を戻し。
ソファに放り出されていたままのジャケットからタバコを取り出し。
深く煙を吸い込んだ。
おれはおれの時間を。オマエはオマエの時間を。
過ごし、おれはオマエを「忘れていた」。
推し止め、意識して。
その間にも、信じて待つと言っていたコドモを、おれは傷つけた。
後ろにあるベッドルームの閉ざしてきた扉の向こう、眠るサンジに語りかける。
あァ、オマエは。バカなコドモだな、と。
何度目かに思う。
だから、止せと言ったのに。
明け方近くまで居間で過ごし。
ハードパッケージの中身が無くなり。
「―――買いに行くか、」
明るみ始めた窓外を見た。
エリックのじーさん。
アレはまだ生きてるかね―――?
「怒るなよ、バカネコ」
ドアに向かって出て行き様語りかけた。そして、テーブル側に前は貼られていたスケッチがぽかりと無くなっていることを目にし。
チビの約束を思い出した。
『こんど、描いてあげるねサンジ』
チビ、おまえ。
良かったな、それは守れなくて。オマエの描いた肖像が無くなっていたなら一体何が起こっていたかしれねぇぞ。
「それともおれが描くか?」
ハ、と軽口を洩らし。まだひやりと冷たさの残る外気を吸い込んだ。
同じ空とは思えない。
冗談より青い蒼だ、蒼穹が広がる。
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