Wednesday Morning, September 3

『なんで苦しいのに恋をするの?』
『しようと思ってするわけじゃないよ、サンジ』
『ふぅん』
『気付いたら、あっという間。ががん、ってフリーフォール』
『フリーフォール?』
『セイフティを考えずに、飛び込むこと』

『……セト』
『うん?』
『でも、今も痛いんでしょう?』
『―――痛いよ、すっごい』
『彼女に会いたい?』
『会いたいけどね、もう同じスタンスではいられないからネ……癒えるまで大人しくしてるよ』

『まだ"愛してる"の?』
『うーわ、ベイビ。痛いこと訊くね』
『あ、ごめんね、セト』
『いいよ。ほら。ニーチャンにキスしな』
『"イタイノイタイノトンデケ"』
『んー。良くなった』
『…ウン』
『………オマエもいつかは、こんな気分を味わうんだろうなァ』

『…オレ。振り向いてもらえなかったよ』
『ふぅん?ダレ?ここら辺りのコ?もしかして、時々モールで顔合わせてるコとか?』
『違うよ。ブラウニィ』
『…だ!オマエそれ、狼か!?』
『ウン。オンナノコ。オレよりハントが上手いんだ』
『んー……オマエさ』
『なに?』
『……んー……まあいっか』
『わ、セト、くすぐったいって……わ、』

『いつでも振り返れば居るんだからナ』
『ウン―――おにいちゃん』
『なんだよ弟』
『…いまはオレがセトのこと、一番大好きだよ』
『かぁわいいこと言うなあ、ベイビ!!ああクソウ、オレはオマエの恋人をうらやむぞ!!』
『―――――』

……オレはきっと。好きなヒトはできないよ…?


ぱか、と目が開いた。
眩しい場所。
さらん、と頭の中がクリアになっていて。
一瞬、時間を忘れた。

"好きな人はできない"。
…そんなことも言ったなあ、オレ。
夢の中のオレのセリフを思い出して、少し笑った。

すい、と隣を見て……空っぽだった。
「…あれ?」
部屋の中、整頓されている場所。
クリアすぎる頭。

「……ゾロ?」
声を出してみる。
返事は無い。
しーん、としていて、この家に他人がいる気配が無かった。
……もしかして。
もしかして。
オレは全部、夢を見ていただけ……?

「――――んなわけないじゃんね」
バンドエイドが貼られた指先を見下ろし、笑った。
シン、と静まりかえった部屋に、きゅう、と胸が痛む。
「―――ゾロの馬鹿」
"側にいて"と願ったのに。

………あ。
なんか、メラメラしてきた。
なんだよう!ゾロの馬鹿!
目覚めて一番、目に入り次第、愛してるよ、って言おうと思ってたのに!!
そう思って寝たのに!!
「いないんじゃ、しょうがないよう!」
ジタバタ、と手足をばたつかせる。

「うーみゃーああああああ」
きっちりと閉じられたベッドルームのドア。
どうせダレもいない、砂漠の一軒家。
思いっきり喚く。
「ゾォロのばかーっ!!!なにも今いなくなってることもないじゃないかーっ!!!」
じたばた、じたばた。
「……う〜〜〜〜」

あーダメだ、体力落ちてるー。
騒いだら、息が上がってるよー。
ぱたり、と勝手に両手両足がリネンに落ちていった。

「ちぇーっ、」
ころん、とリネンの上で転がる。
―――ふわ、とニオイが鼻につく。
ゾロのニオイ。

「……あー……、」
リネンに鼻を埋める。
ゾロのトワレのニオイ。
そして、タバコの香り。
「……にゃあ」
すりすり、とリネンに頬を摺り寄せる。
暫くは一緒に居てくれたのだとわかるニオイの深さ。

この家の中にあった、ゾロの形跡は。
全部、無くなってしまっているから。
「……にゃー…、」
切なくなる。
嬉しくなる。
同時に飛来する感情。

リネンにうずまったまま、ここでゾロと過ごした時を思い出す。
ジョーンと眠ったこと。
ゾロと眠ったこと。
語ったこと。
愛し合ったこと。

「……にゃは、」
ああ、なんだよう、オレってば怒ってたのに。
もう嬉しくなってるよう?

するする、とリネンに懐く。
ゾロのニオイはいいニオイ。
じたじた、とまた手足を動かす。
早くゾロにぎゅう、っとされて、あむっとされて。
それから、それから―――、

「……シャワーでも浴びよう、」
むく、と起き上がる。
なんだか、さっきからゾロのニオイに浸れない理由。
なんかオレ……汗臭いし。
よし!!ゾロがいない間に、シャワー浴びちゃおうっと。

するりと立ち上がった瞬間、ぎゅるるるる、とお腹が盛大に音を立てて。
「……うーわ、」
思わず押さえて呟いた。
「……そういえば、オレ。マトモに食べてないっけ」
睡眠はばっちり。
体力も回復しとかなきゃね。




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