頬を撫でて。ようやく焦点のあってきた視線を捕まえた。
ぼう、とあまく紗の掛かったようだった表情が、ゆっくりと。
ひどくもの問いた気なそれに変わっていった。
腕の中で、緩やかに。
それでも確かに熱を孕み蕩けていった身体。
ちらりと掠める困惑や、戸惑い。
そういったものすべてに。コレを欲する感情が追い上げられていった。
離したくなど無かった。腕を解きたくなどなかった。
コレの熱を阻む布地に手を滑り込ませたくて仕様がなかった。
けれど、たしかに。
時と場所、それくらいはおれも弁えている、一応は。
何度か、サンジが涙を零しかけるのではないかと思った。
高めれた熱に、躊躇うように。ふるり、と震えていた。
ふ、と。
浮かびあがったのは、「罪悪感」。
おれの手は。
おまえに触れて良いはずがないだろう、と。
口付けを解き、ゆっくりと上下する背を撫でながら。
そんなことをふと思った。
戻ってきた「リトル・ベア」が。
あきれたやつだ、とでもいう苦笑を浮かべておれの頭に拳を落としてきた。
軽口で応えはしても、おれの頭の隅に。
きかり、と冷めた場所が出来あがった。
リミット。
離しなさい、とリトル・ベアがからかい混じりの目許で言ってきた。
うるせえな、これが多分最後だ。
きつく抱きしめてみた。
腕を緩めるのが、惜しくなった。
自然と、溜め息が長く零れていき、我ながら苦笑した。
髪にハナサキを埋めた。
ゴメンな?吃驚させたか。そう言葉にし、口付けてから、解放した。
「なあ、小熊チャン。昼飯はなんだ?」
に、と口端を吊り上げた。
「仔犬。今日はチリコンカーンだ」
に、と笑い返された。
あァ、おれ、あんたは嫌いじゃねえなァ。
でかい手が、ぐしゃりと頭を 撫でていった。
―――ハ?!
エース、ペル、そしてこのリトル・ベア。
同じような動作の同じような意味はおそらく、「考えすぎるな」。
―――そうもいかねェだろうが。アホウ。
ランチ。
チリコンカーン。トウモロコシのパンに付けて食べた。
味は、多分美味しかったと思う。
だけど。オレはランチどころじゃなかった。
グルグル、思考が回ってた。
細胞の反乱。
そんなものに遭った気分。
折角の、リトル・ベアが作ったチリ。
あんまり食べれなかった。
オナカがいっぱいで。というか、胸がいっぱいで。
早く帰りなさい、とリトル・ベアに笑って送り出されて。
師匠と兄弟子に別れを告げてから、ゾロが運転する車にゆられて帰った。
あんなにぴっとりとくっ付いていたのに。
オレとゾロとの間には、いつのまにか距離が出来ていた。
…オレが、おかしくなっちゃったから、ゾロは責任を感じたのかなぁ?
すごくヘンな感じだったし。
脳味噌、ちっとも働かなかったけど。
それでも、ゾロにそうさせられているというだけで、イヤな気分にはならなかったよ?
おかしいと思ったし、なんで身体が反応するのか、わかんなかったけど。
ゾロに触れられるのは、イヤな気分じゃなかったよ?
…もう、ゾロはオレに触ってくれないかなぁ?
はぁ。
溜め息。
ゾロも、何かを考え込んでいるようで。
帰りの車の中は、とても静かだった。
ダイヤルを合わせっぱなしだったラジオからは、陽気にエルヴィスの新曲が流れていた。
『おしゃべりを減らして、もっと行動を』
…天国のエルヴィス。オレは行動の裏を知りたいのです。
ゾロ、訊いたら教えてくれるかなぁ?
オレに魔法をかけた理由。
何度も繰り返していた溜め息。
ゾロはそれを耳にして、ぽすん、と髪に片手を置いてくれた。
『元気出せ』?
『考えるな』?
それとも、『もうしない』?
ゾロ。
ゾロって、どんな人なのだろう?
…ねぇ、ジョーン。ゾロって…どんな人なの?
ジョーンが答えをくれるわけはもちろん無く。
変わりに、エースがオレにウィンクをくれた。
…わからないよ。
ああ、オレは自分のことすら、わかんないよ。
…ゾロのことを知る前に、オレは自分のことを知るべきかなぁ?
家に帰り着いても、気持ちは晴れなかった。
「…ゾロ、ゴメン、オレ、ちょっと寝てきてイイ?」
家に着いて早々、そう切り出した。
ゾロは、ああ、って応えて。冷蔵庫を覗いていた。
何かを、探しているようだ。
「適当な時間に起こしてやるよ」
「うん。お願いします」
頭を下げて。それからベッドルームに引き篭もった。
ひらん、ってゾロが手を振ってくれたのを見た。
ベッド。
布団を被るには、午後の気温は高すぎて。
ジーンズを脱いで、布団の上に身体を放り出した。
頭がグルグルしてる。
はぁ。
オレの身体。
指先を眺めた。陽に焼けて、茶色い肌。
爪はピンクで…ああ、そろそろ切らなきゃ。
うっすらと毛が生えている腕。
お日様に当たると、キラキラする産毛。
…セトみたいな筋肉は付いていない。だけど、ちゃんと筋肉は付いている。
肉。その下には骨。筋で繋がってるハズ。
身体の中。沢山の細胞。
人の身体を繋げているのは、体内の物質。
容を決めたのは、DNA,。
頭の中に、人体模型の図が浮かぶ。
とてもコンプレックスな構造で成り立つ生命体。
考えるのは脳味噌。
思考は電子信号で、細胞に指令を出す。
意識、無意識。
"考える"ことなく、脳味噌が指令を出して、殆どの行動は賄われている。
考える脳味噌。シナプス。ホルモン。
心は、心臓には無いのに。
何か辛いことがあると、痛むのは頭じゃなくて、胸だ。
それを考えると、魂っていうのはなんなんだろう?
そうっと、自分で自分の腕を撫でてみる。
フツウにくすぐったい。
ぞわぞわ…するけど、今日昼感じたのとは、種類が違う。
アレは、身体の奥の奥が、目覚めるみたいなゾワゾワだった。
そこから、身体が熱くなって。
ぺたぺたと自分の身体を触る。
頬、肩、胸、腹、膝。
べつにどうってことない。
不意にゾロがそろりと触れていった場所を思い出して。
カァッて一瞬で身体が熱くなった。
あ、そうそう。これ、この感じ。
…キーワードはゾロ?
ゾロ。
ゾロがオレに触れる。
大きな手、長い指。
そろり、と。
ひくり、と肌が粟立った。ぞわぞわが戻ってきた。
う、わ。
鳥肌。
心臓がトクトク言ってる。血が身体中を巡る。
キス。
ゾロが、触れた、唇。
そうっと指で撫でた。ジン、とそこが痺れた。
…う、わ。
…なんでなんで?
比較対照。
セトとキス。
ちゅ、とやわらかなキス。
…嬉しくて、幸せになるけど。ゾワゾワしないし、ジンともしない。
マミィ。ダディ。
…うーん、やっぱり違う。
…ジョーン。
あ…………ちかい、かも。
でも、ここまですごい感覚にはならなかった。
…そういえば、ジョーンに舌で舐められたことあったなぁ。
…あれは、一瞬だけぞわ、としたけど。すぐに落ち着いた。
ベロ。
フェリシア。スージー。キャロライン。
オレと遊んでくれたオンナノコたち。
いいことしよう、気持ちよくなろう。そんな誘い文句で、抱き合った。
キス。
『サンジ、もっと熱くなろうよ』
誘われて、キスしたね。舌先で触れ合って。
あの時も、確かに熱くなったけど。
ゾワゾワ、はしなかった。あの時は、ドキドキだった。
『もっとキスして。指で触れて』
遠慮することないのよ、もっと触って。
ぺたぺた、さわさわ。
カノジョたちが触れてくるのを真似て、彼女たちの肌に触れた。
柔らかな身体。柔らかな乳房。
うん、気持ちよかったし。
くすくす笑いながら、迎え入れられるのは、とても幸せだった。
うーん…あれに、近い…かな?
けど。
ゾロに触れられて感じたのは、もっと強烈。
イく瞬間から、始めたみたいな。
もっと濃くて、深くて、強烈。
…なんで、だろう?
そりゃあ、オレはゾロがスキだけど。
ゾロはオトコだし…。
うーん?
エマやレッドやティンバーと交わしたのは、アレは挨拶だ。
ぺろりと長い舌が、唇を舐めていった。顔中舐められたこともあったっけ?
嬉しかったけど、くすぐったいだけで、それ以上に感じたことはなかった。
感じる…。
感じる…?
…あ。…ああ。
オレ、もしかして…すっごいゾロに、感じてたのか?
…うわ。
ええ、マジ?
うわぁ!
ヤバい!ヤバいぞ!
うわ!オレってば、ゾロに…!!!
うわ〜。
熱い。顔熱ってきた。
…うわぁ。
感じる…ああ、だから。
はー…だから、オレの…反応しちゃったんだ。
うわー…ナルホド。
いや、納得してる場合じゃない?
ええ?だってサ。だってだよ?
…すごい、自然の摂理に反しませんか?
両生類だったら、問題の無いことだよね?性転換できるもの。
カタツムリとか、ミミズとか。ある種の魚も、そうやって種の保存に努めるっけ。
だけど、オレは哺乳類で。
…性転換は、できないぞ?
手術したら、外見はどうにかなるけど。…ううーん?
セト、なんか言ってたっけ?
知らない男性に着いて行ったらダメだよ。危険だから。そう、確かそんなこと。
…ええと。…ゾロは、知らない人じゃないし。
確かに、ちょっと…ハラハラすることもあるけど。
でも、それって、レッドやティンパーやラティに感じてたのと、同じ感じ。
すぅって身体が冷えるような。
攻撃に入るから、近寄るなっていうサイン。
ケンカの前とか、ハントの前のシグナル。
…それとは、意味が違う気がするんだけど。
ええと、問題点はなんだっけ?
ゾクゾクぞわぞわ。
それをゾロに感じるってこと。
ゾロが触れた時にだけ、感じるってこと。
…もしかしたら、ゾロには迷惑なのかなぁ?
…抱く。
ゾロはオレを抱くって、言ってた。
…確かに、毎回ハグされる度に、ぞくぞくゾワゾワ、感覚が鋭敏になってたら、適わないよなぁ。
うーん。
ゾロに…感じないようになれば、一件落着なのかなぁ?
でも…なんで…ゾロにだけ、感じるんだ…ろう?
next
back
|