Friday, June 14
遠吠えが聴こえた。
…レッドの。次いで、ティンバー。次々と、森の中、群れの声が響いて。
気を付けろ。
侵入者に気を付けろ。
知らないヤツがいる。
そういう声だ、これは。
暗い森の中。夜の、コロラドの。
季節は、…秋だ。
…秋?今秋だったっけ?
とさり、と乾いた葉に、足を踏み入れた。
星明りすらなくて、まるで迷路のようだ。
…侵入者。誰のことだろう?
トットット、と足音が聴こえる。
誰かが近づいてきている。
…誰だろう?
間近で、ガサリと木が揺れた。
仄かに煌く双眸。
…レッド?
「…あンた、オレの知ってるサンジじゃないね」
…どうして言葉を喋るの?
「サンジ、どこに行っちまったンだろうなぁ?」
値踏みするように、周りをゆっくりと回る。
「…ああ、でも。あンた、前より食われたそうな顔してるな」
…食われたそう?…どういうこと?
「…フン。オレは、前のサンジの方がスキだけどな。あンた、それでどうするんだ?」
…どうするって?
「オレらが、もしあンたで腹を満たしてやってもいいって言ったら。その後、あンたの魂はどうするんだ?」
…魂?
「理解していないフリなんかするなよ。解ってンだろ?」
わかんないよ、レッド。
「まぁ…イイ。今のあンた、劇的に不味そうだから。悪いケド、他あたるぜ?」
わかんないよ、レッド。オレはどう変わってしまったの?
「…サァンジ。オレらじゃ、今のあンたは助けられないんだ。いいコだから、もう少し…美味くなってくれよ」
どうやって?
「わかってるだろ?…ああ、ほら。泣くな。涙、舐めてやるから。考えろ」
…だって、レッド。アナタまで行ってしまうの?
「…その答え、あンたはもう知ってるハズだ。サンジ…どうすればいいか、あンたは本当は解ってるんだろ?」
わかんない。わかんないよ、レッド。
「…ほら。お迎えが来たぜ?…行ってこい」
…迎え?
森。何時の間にか、遠のいて。
石の廃墟の中。爆ぜる薪の音がする。
緑の眼の、オトコ。
「…」
…ああ、だから。それはオレじゃないよ。
「…来い」
…行く、けど。
「いいコだ…」
ゾロ、に。
髪を口付けられた。…黒い、長い髪に。
「いい匂いだな、レディ」
眼を閉じた。
黒い髪のアニムスは、笑ったけれど。
「…ゾロ」
手を伸ばし、頬に触れた。
柔らかく、口付けられる。
甘く、優しい、口付け。
「…ほら、今日も…ね?いいでしょう?」
オンナのオレが微笑む。
「…ああ」
ゾロが笑う。
手が、身体を滑る。オンナの、身体。
肌が外気に曝される。冷たい空気、焚き火からの熱。
そして、ゾロの…手。
「ふふ…気持ちがイイわ」
とろりと蕩ける。
「もっと…していいのよ?」
誘う。
声で、吐息で。
笑顔で。
指が、身体の線を辿る。
擽るように。確かめるように。
遊ぶように。いとおしむように。
キス。
深くなる。
舌も、足も、腕も絡ませて。
「……」
ゾロが、オレのじゃない名前を呼ぶ。
けれど、身体が、心が、喜ぶ。
は…ァ・
身体が熱くなる。
甘くなる。
奥から蕩ける。
溢れる。
蜜。
「もっと…味わって?」
吐息に混ぜて、誘う言葉。
くすり、と笑ったゾロが、肌に噛み付いた。
うっとりと、意識が蕩けて。
ゾロの熱くなった身体を抱きしめる。
「…ねぇ」
誘う。
笑う、ゾロが。
指が、舌先が、応えて。
「…ん…は、ァ」
迎え入れて、熱く蕩けた。
オレの身体。
オレの身体じゃないけど。
「……」
ゾロが名前を呼んだ。
…オレのじゃないけど。
で、も。
いい、や。
"サンジ"じゃなくても、いい、や。
オレも、欲しい。
アナタの熱。
アナタの重み。
もっと、もっと。
オレを蕩けさせて?
キス、したい。
もっと、クラクラしちゃうヤツ。
やさしいのは………足りない。
満たされない。
もっと、触って欲しい。
もっと、オレに触って欲しい。
ぞ、ろ…。
オレじゃ…ダメ、か、な…?
ずくり、と身体が応えて。
眼が覚めた。
ベッドルーム。
ゾロは、…やっぱり隣にいない。
もう大分日が高くて。深く寝たことを知った。
頭が、少しクリアになった。
けれど、身体は相変わらず、熱い。
熱くなった中心。
オレは…何を考えた?
夢。悲しくて、嬉しかった。
レッド、何を言ってたっけ?
オレはもう、知っている。欲しいもの。
変わってしまったところ。
自分の…反応してる。
すぐに、和らいで熱が静まっていくけれど。
…そういえば、スースーしてる。
…んん?…何も、着ていない。
昨日…ああ、風呂…。…寝ちゃったのか…。
…風呂で寝ちゃうの、久し振りだ。
この間は…しこたま風邪を引いて、怒られたなぁ、マミィに。
「…あ」
…ってことは。
ゾロがオレを、ここまで運んでくれたってことだよね…?
ふ、と自分の身体を思った。
勝手に感度の上がってしまった身体。
…反応、しなかったよね、オレの身体?
…ああ、でも、どうだろう。…わかんない、どうなってたか。
…寝入りばなで、風呂が熱ければ…きっと静まったままだろうけど。
…あ、あ…悪いコトしちゃったなぁ。
オレの身体、見せることになって。
オレのアニムスのような、豊満な体だったら、…きっとゾロだって、愉しんだろうけど。
…オレの、だしなぁ。
どっぷりと落ち込んで。そうしている間に、熱は和らいで、奥底に沈んだ。
とりあえず、服をもそもそと着て、キッチンへの扉を開ける。
「…ゾロ?」
…あ、部屋、ヘンだ。
…そうか、ゾロ…配置換えしたって言ってたよね。
出てすぐ、ソファが壁に着いていた。畳まれたブランケット。
誰も、いない。
…ゾロ。
…帰ってきて、くれるのかなぁ?
テーブルの上、紙が乗っていた。「出てくる」とだけ、書かれていて。
ふぅ、と溜め息が洩れた。オレに、オハヨウを言う時間すら、惜しかったのかなぁ?
…ペルさん。
…連絡したほうがいいのかなぁ?
…ゾロは。オレの側には居られないです、って。
ほたり、と。
いい加減飽きた涙が、落ちていった。
そんなこと、言えるわけがない。
オレは…オレは、ゾロに…。
ゾロに…どうして、欲しいんだろう、オレは?
よくわからないけど…それでも。オレは、ゾロに側にいて欲しかった。
苦しくても。
辛くても。
ゾロに…せめて、ゾロが見える場所に、い続けたかった。
触れられないけど。
何も…できないけれど。それでも。
はぁ、と溜め息を吐いて、ソファに座り込んだ。
ゾロが使っているブランケットを、握り締めた。
この間までは知らなかった、ゾロの匂い。少しだけ、それに移っている。
…オレは、アナタに、触れられないけど。…これくらい、許してね?
今ぐらい。
朝食すら食べる気がしなくて、ソファで丸くなった。
きっとゾロは、遅くまで帰ってこないだろう。
…洗濯。
掃除。
やらなければいけないことは、いっぱいあるけど。
…いい。
全部、もういい。
動きたくない。考えたくない。
もう、いいよ。
もう、いい…。
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