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 だから、アナタは、思い出してね。
 窓の外、サンジの声がしていた。聞こえた。
 
 記憶が、2重になっていた。感覚が、残っていた。いまは。無くしていた3日分の記憶が。リアルに残る。
 おれであるはずのない、物柔らかな頼りないほどの。それでも、まっすぐと続く意思。
 いまなら、わかるよ。おれが、どれほどアナタを愛していたのか。
 
 交わした言葉も。
 あわせた唇の穏やかさも。
 守れなかった、約束も。すべて。
 朝の挨拶代わりの、キスとあまい言葉。
 おれは、なんてことはない。アナタを見た途端に惹かれていただけなんだ。
 コドモ特有の、なにもかもを取っ払った正直さで。あンたの、存在に恋したんだろう。
 
 思い出す、重ねた言葉。
 あなただから、すきなんだよ?
 どこにいても、きっと戻ってくるから。
 一緒にいるから。
 ダイスキダヨ、
 愛してます。
 
 夜中、総てを思い出した。冷え切った砂漠の真ん中で。サイアクのタイミングで。
 なあ、「ジョーン」。おまえ、戻ってくるのが遅せぇんだよ。おら、ちび。
 
 受け取った言葉と、抱擁と、サンジの声と。すべてが耳につく。
 「オレは、ずっと、永遠に。アナタを想うよ。」
 消えていく子供に告げた言葉、それは真実に違いない。
 あンたは。
 ほんとうに、世の中のキレイなものをぜんぶあつめたより、キレイなもので。
 おれは喉がひりつく。
 
 帰ってくるまで、おれがここにいると本当に思っているのなら。あンたはおれのことを判っていないな……?
 窓から差し込む陽射しがきつくなる始める前に、ここを出て行くべきだ。
 それは、とうに決めたことだ。
 触れてしまったのは、間違いだった。鮮やかに残りすぎた記憶が為したこと。
 あンたを見ていると触れたくなるしな、といつか言った通りだ。
 しかしおれも死ぬ気はないからな。水くらいは持っていかせてもらう。
 車で50分程度の距離ならば。まあ、死にかけはするかもしれないがあの世行きにはならないだろう、どうせ。
 
 ああ、けど。生き延びたとしても雷魚のじじいに毒でも洩られるか?
 やりかねえねぇな、あのじーさんは。
 デハ、サヨウナラ。
 
 適当に水と。例のちびの手紙と、銃とナイフと。そんなモンか、おれが持っていくべきものは?
 最後に、つらりと扉から室内を見回した。
 イチバンツレテイッチマイタイノハ、アンタダケドナ。
 扉を閉めた。
 悪いな?カギかけてやれなくて。
 
 
 天使が、4人ほどおれを捕まえに来た、途中で。
 まず、岩の辺り。
 次いでカクタスの生える分岐路。
 レジデンスの蜃気楼だか幻、とにかく何かが熱波で揺らいだ場所。
 最後に、傾いだ道路標識が逆方向を指していた場所。
 「ここはね?誰も直さないんだよ?へんだよねぇ」
 通り過ぎ様、サンジが笑っていたな、そんなことをリアルに思い出したなら。
 おれの右肩の後ろ側、立っていやがった。わけのわからねえもの。
 「フザケルな、お生憎サマ」
 呟いて、矢印とは反対側に進んで。レジデンスの入り口が見えてきた。かすんだ茶色の集落。
 じーさんの、小屋は。どこにあったか思い出そうと―――。
 
 確か、外れだ。
 ならば、近いな。中心部はたしか、あのいけすかねえ酒屋のじーさんがいたはずだから……、ああ、違うか。
 おれはいつか方向違いで命を落とす、と大猫どもが以前に笑った声が頭の中でした。
 雷魚のじじい共は、ピーチスプリングスにいたんだったか?じゃあ、あの。ヘンリーだかテリーだかいうじじいだけだな、
 このレジデンスにいるのは。
 それじゃあ望みどおりに、じーさんから電話でも借りてやるか。
 
 リカーストアの中は相変わらず薄暗く。ヘンリーだかテリ―だかのじーさんは。おれが「エリック」と正しく呼ぶまでデンワの
 前で居座り続けた。変わったじじいだ。
 おれが死にかけてるのがわからねえのかよ、と言ったら。
 自分は死者とも話せるのでな、とわらってやがった。
 ……勝手にしろ。じじい。
 
 雷魚のじーさんが携帯をもっているはずがなく。兎に角リトルベアに連絡を取った。
 あンたたちの大事な物は返してやるから、おれを逃がせ、と。
 すぐに行く、それが返事だった。
 クマチャンが迎えにくるまでおれは、エリックのじーさんに。いかに悪霊と語らうかの方法を伝授された。
 大きな御世話だ、放っておけと一応は断ったが、案の定ムダだった。聞く耳なんぞ持っちゃあいねえ、このじーさん共は。
 揃いも揃って頑固モノだ。
 おい、じじい。いい加減にしやがれ。おれの回りはそいつらでイッパイなんだよ、ふざけろ。話なんか聞いてやったらおれの
 身が持たねぇだろうが。勝手に閉じそうになる瞼を開けてなにやら唱えているじーさんを睨みつけてるのも限度がある、
 ―――クソ、いまばかりはクマチャンの迎えが待ち遠しいぞ。
 
 
 「バテた狼を回収しにきた」
 「む、あそこで伸びておる」
 
 低い声が届いた。フリーザーから漏れる冷気の前にいたおれに。
 「伸びてねぇぞ、じじい」
 立ち上がった。
 「悪いな、助かる」
 リトルベアの方へ進みかけ。視界が歪んだ。
 「無理をする」
 参ったな、熱中症か?
 イキナリ、脚が浮いた、と思えば。肩に担がれてた、おい、おれは荷物じゃねえぞ?
 
 「プリンセスなら、考えもかわるがな」
 ああ、クマチャン・ジョークかよ。
 アタマの中で毒づいたつもりが。口に出していたらしい。
 「エリックさん、これは貰っていく。ついでに氷もあるかな?」
 「もっていけ」
 「ありがとう」
 
 「よく生きておるな」
 「まだその時ではないということなのだろう」
 
 ちゃり、と小銭がキャッシャーに飲み込まれていく音がしていた。
 
 時?なんのことだよ、と言いかけて。
 ますます視界が撓んだ。
 
 「良い一日を、エリックさん」
 アー、参ったな。ブラックアウトかよ・・・・・・
 きいい、と木の扉が音をたて。きいきいいつまでもうるせえな、と。
 思った。
 
 
 
 口付け。
 舌先を舐めていった。
 苦いくらいに、タバコの味。きついフレーヴァ。
 寝て…ないのかな?
 …どうして?アナタは、どうして悩んでるの?
 …何に悩んでるの?
 
 ゾロは、オレをスキだって言った。
 キス。
 唇は、特別。
 舌先を絡ませるヤツ。
 ディープ・キス。
 あれは、もっと特別。
 どうして、気付かなかったんだろう?
 ゾロ、オレに触れてた。
 嫌じゃないって、言ってた。…嫌じゃない、のに?
 
 …ええと。
 ヒトのメィティング・パターン。
 1.口説く。
 2.親しくなる。
 3.デートに申し込む。
 4.ささやかなキスと、恥じらいながらの触れ合い。
 5.もっと時間をかけてデート。
 6.反応を見ながら、身体に触れ合う。
 7.関係を持つ…これは、リレイションシップではなく、メイク・ラヴ。
 8.時間をかけて、プロポーズ。
 9.結婚という契約を結んで。
 10.時と場合と状況が許せば、子作り。
 セト先生の教えは、そういう内容だった。
 
 「だけどね、サンジ。ヒトはね、他の動物とは違うことがある」
 にんまりと笑ったセト。
 「惹かれてなくても、肉体の要求を満たすだけのセックスができるんだよ」
 ドウブツは、繁殖を目的としたセックスしかしないけど。ヒトは愉しむためだけにセックスすることができる。
 「この場合、ビジネスの方に向けば、簡単に満たすことができるんだけどね?」
 タウンには、そういう場所があるんだよ、と軽く説明を付け加えながら、オレを見下ろした。
 「それじゃつまんないから、って。メイトを探してるフリをして、そういう関係を持とうとするヤツも多いんだよ」
 オトコだけのこと?
 そう訊いたなら、セトはにやり、と笑って。
 「オンナノコもがんばるぜ?肉体の欲求プラス、プレゼントが目的だったりもするけどな」
 …うわー…。ニンゲンって、難しいねぇ?
 
 「オマエは気をつけろよ、サンジ。そういうヤツに捕まったら、オマエ、ほんと泣きそうだから」
 そういうパターンは、こうだ。
 
 1・口説く。
 2.あまり時間をかけずに、触れ合う。
 3.ちょっと強引でも構わず、肉体的欲求を満たす。
 4.バイバイ。
 「ビジネスだと、口説くかわりに、お金を払うんだよ」
 それで生計を立てているヒトもいるけど、リスクが多く、犯罪に巻き込まれやすいな。
 そうセトが眉根を寄せて言った。
 「オマエは多分、お世話になることはないだろうけどな」
 どうして?
 「んん?…それは教えてあげない」
 
 アニキ。
 今、オレ、どのパターンにも当て嵌まらない関係にあるんだけど。
 キスはした。
 多分…触れる、っていうのも、少しした気がする。
 でも、多分、オレ、口説かれてない。オレも口説いてない気がする。
 スキだって言ったけど。
 
 でも、言った時は、セトや、エマや、レッドや、ジャックおじさんや、ダディやマミィを好きだっていうのと、同じ意味だった。
 ジョーン、にも。
 
 …求愛。
 オレ、ゾロのコドモ、一生産めないけど。
 求愛したいと思う。
 ヒトの求愛って、どんなんだろう?
 口説き文句の伝授、そのイチ。
 「アナタのやさしさを好きになりました」
 …違うでショ。
 
 「オレのこと、スキ?だったら…もっとステキなこと、しようよ」
 …これは、どっちかっていうと。
 オレが言われてたなぁ。オンナノコたちに。
 「アナタが欲しくて、夜も眠れないのです」
 …夢見悪かったけど、ちゃんと寝てた。
 
 「アナタを、夢にまで見るんです」
 …そう。
 オレ、夢の中で。
 ゾロに抱かれてた。
 思い出しただけでも、ゾクゾクする。
 それくらい…リアルに餓えてた。
 オレの想像力って、そんなにすごかったっけ?疑似体験が出来てしまうほど?
 うーん…。
 そもそも、オレ男だから。どうやって、抱かれてたんだろう???
 触れ合うだけ、だよねぇ?ええと…ペッティング。
 いや、問題は、言葉じゃなくて。
 
 …オレ、ゾロをスキになるって、ジョーンに言った。
 ジョーンが一部なんだから、ゾロのこと、きっとスキになるよ、って。
 オレ、もしかしたら、ジョーンを裏切ったのかなぁ?
 こういう意味で、スキになって欲しいってわけじゃないよねぇ?
 
 でも。
 オレはゾロがスキ。
 どうしようもなくスキ。
 泣いても、傷付いても。
 ゾロの側にいたい。
 ゾロが嫌じゃないって言うのなら。
 試させてもらおう。
 触ったり。キスしたり。
 抱きついたり。噛み付いたり。
 そういう、スキという気持ちの発露。
 うん、やっぱり。ゾロと話すべきだ。
 
 バランスの問題。
 オレはゾロと、どういうバランスで好き合えるかなぁ?
 …オレは、ゾロに。オレと同じ意味で、オレを好きになって欲しいと思う。
 だから、やっぱり。オレはちゃんと、ゾロに求愛するべきなんだと思う。
 身体がただ単に発情期に入ったってことじゃない。
 オレは…ゾロを想うようになって。それで漸く、スキの意味を知ったんだ。
 特別な、スキ。
 今は、世界の誰よりも、スキ。
 ゾロは…どうするかなぁ?
 
 動物病院で、ドクターは。
 「今日はマシな顔してるね、サンジ」
 にこりともせずに言った。
 「いつものキミに戻ったようだね」
 「違うんです、先生。オレは、決断したんです」
 そういったら、ドクターは苦笑して。
 「まぁ、若いから。やってみるのもいいことだね」
 ぽんぽん、と頭を撫でてくれた。
 
 ナースたち。今日の当番は、シャーロット一人だったけど。
 「…あら、サンジってば。オトコの顔してる」
 ハグが飛んできた。
 「この間の、泣き濡れた顔は可愛かったけど。そっちのほうが、魅力的よ」
 ぽんぽん、と背中を叩かれた。
 「頑張りなさいね」
 そうして、声援を貰って。一日の仕事をこなした。
 コヨーテは、まだまだ自然には戻れなくて。酷く退屈しているみたいだった。
 コイツにも、家族とか、いるのかなぁ?檻の中で寝そべるケモノ。
 寝て治すのが、先決なのだろうけど。多分、…会いたい仲間が、居るハズだ。
 …唐突に、ゾロに会いたくなった。
 
 身体の熱がゾロを欲してるだけじゃなくて。
 ゾロの声とか。
 笑い顔とか。
 纏っている空気だとか。
 そういうものに、触れたかった。
 
 「サンジくん。今日はもう帰ンなさい」
 昼過ぎ、まだ3時頃。そわそわしていたのだろうオレに、ドクターが言った。
 「キミがそこでソワソワしてたら。コヨーテくんだって、落ち着いて寝られないだろう」
 声を聞きとがめたのか、コヨーテの耳がぴくり、と動いた。
 「別に、キミは優秀だから。必要な処置は、一通り見てきたし。あとは、ドクターズに入ってから、実践あるのみ、だから」
 「…ドクター」
 「もう、急患でもないかぎり、何もないから。いいから帰んなさい」
 しっし、と笑って追い払う仕種。
 
 「そんでもって。次は…ああ、ここ、少しお休みするから。夏休みね?なんだったら、4日間、お休みしていいから」
 「ハイ。何かあったら、連絡ください」
 「うん。サンジくん、良いお休みを」
 「ワタシはここにいるから、ヒマだったらステキな笑顔、見せてね、サンジくん」
 シャーロットが笑って手を振ってくれた。
 「うん。みんなも、よい休みを!」
 
 二人にハグをして、飛び出した。
 一刻も早く、ゾロに会いたい。だって、イヤな予感する。
 なんだか、急げ急げって、追い立てられてるような…。
 …エース、さん?
 …それとも、レッド?
 車に飛び乗って、アクセルを踏んだ。
 ゾロ…家に、いてくれるよね…?
 
 
 
 
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