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 「アナタが欲しくて…でも、アナタにこういう気持ちを持っちゃいけないと思ってたから…夢でも、嬉しかった。だけど…」
 こくり、と息を呑んだ。
 「オレは…もっとして欲しい…そう思ってた。夢じゃなくて」
 現実で。
 
 する、と脚の内側に、ゾロの手が伸ばされた。
 密かに反応を示し始めた部分には、微妙に触れていない。
 だけれど。
 ずくり、と。それが熱を持った。
 ぞくり、と鳩尾のあたりに、震えが走る。
 「おれの日常の足元は。ヒトの尊厳だとか命だとか、名誉だとか。そういったものを費えすことで成り立っている」
 ぞくぞくと、快楽が渦巻く。
 「あンたの嫌いなドラッグビジネスだよ」
 ゾロの声、真剣な。
 
 「…だから?」
 熱くなる身体から、意識を切り離す。
 瞬き。
 「それくらいのことで、オレがアナタを諦めると思った…?」
 ドラッグ。
 確かに、オレはキライだ。
 「コドモだろうが、妊婦だろうが。おれの下でソレは関係なく流れていっているんだろう」
 「…そうだね」
 それは避けられない現実。
 需要と供給。
 
 「おれの手は汚れているだろうし、いったい何人死んでいるかもわからないな、」
 ふ、と溜め息を吐いて、熱を逃がした。
 「それでも、ビジネスだ。組み込まれている」
 「…知ってる」
 歯車のひとつ。世界を回す。
 「切り離せない、」
 「…そう」
 「おれは神を信じないが。運命は信じる、だから」
 目を閉じた。
 「だから…?」
 「いつか。報復は受けるだろうと思っている」
 笑った。
 穏やかな気持ちで。
 
 「そうだね。それは運命だね」
 「現に、いまが。おれの人生最大の危機かもしれない」
 目を開けた。
 「オマエは、おれの心臓を手で掴み上げている」
 「…オレは、アナタの重荷にしかなれないの?」
 ふい、とからかうような笑みが、ゾロの顔に浮かんだ。
 ねぇ、答えて。
 「アナタは何を恐れているの…?」
 
 「オマエだよ、」
 「…オレは、アナタと、愛し合いたいだけなんだ」
 「おれの生にオマエを巻き込む事を畏れている」
 「オレはね、ゾロ」
 ゾロの方に、手を伸ばした。す、と避けるようにされた。
 笑った。
 
 「オレは、それでも…アナタと愛し合いたいよ」
 たとえ、いつかゾロの仕事のせいで、オレの身に何かが起こったとしても。
 「オレは、アナタと愛し合わなかったこと、後悔したくない」
 何もない人生の最後で。
 
 「オレはもしかしたら、アナタのビジネスのせいで、なんらかの不幸を味合わされるかもしれない。だけど」
 サンジ、って。名前呼ばれた。
 カラカラに渇いて、余裕のない声。
 「それはもしかしたら、で。何も無いかもしれないじゃないか」
 ねぇ。
 「オレは、アナタが欲しい。世界中のなによりも」
 「―――煽るな、」
 ほんとだよ?
 「オレはアナタが欲しくて。そして、アナタに愛してください、って言わなかったこと、後悔したくないよ」
 
 オレは、アナタに愛されたい。
 
 「一度でも抱いたなら。喰い尽しちまうぞ、おれは」
 誰よりも。
 「…喰い尽くしてよ」
 笑う。
 
 「帰りたいと泣いたとしても、なにもかもを取り上げるかもしれない」
 「いいよ」
 だって。アナタが欲しいんだもの。それくらい。
 
 「羽根を切るぞ」
 「アナタがする前に、オレが切るよ」
 だって、ソレはオレが選ぶこと。
 やりかねない、と呟いたゾロに、微笑みかける。
 「オレが、アナタの側に、自分自身を繋ぐんだ」
 オレの意志で。
 
 「ちびが。アレが願っていたようにはいかないんだよ。おれは、オマエがたまに降りてくるだけなど耐えられない」
 「オレは、アナタに愛されるんだったら、なんだって差し出すよ」
 オレが愛したもの、全部。切ってしまえる。
 それでも、後悔しない。
 「それで、アナタが手に入るのなら」
 クソ、とゾロが噛み締めるように言った。
 「アナタが愛してくれるのなら。アナタが愛させてくれるのなら。オレは後悔しない」
 
 「ゾロ」
 ねぇ。
 「オレはもしかしたら、明日死んでしまうかもしれない。毒蛇に噛まれて」
 笑う。
 「オレはもしかしたら、明後日死んでしまうかもしれない。御風呂場で転んで」
 ねぇ。
 「運命なんて、その先どうなってるか、わかんない。予防できるものは、全力を尽くしてやって。それでも、ダメかもしれない」
 ぐ、と右手を握り締めたゾロ。血がぽたり、と伝った。
 「少なくとも、」
 
 「それはそれで、オレの運命だったと、受け入れる。だけれど…」
 トライしないで、諦めるのはイヤだ。
 「運命を恐れるのは無意味だよ」
 目を閉じる。
 「どんなに堅実な人生を送ったって。雷に打たれて死ぬかもしれない」
 解るかな。
 「どんなにあくどいことをしてきたって、140歳まで生きるかもしれない」
 目を開けた。
 
 「オレは、アナタを愛したい。そのチャンスを、オレにください」
 アナタの人生の中、何分の一でも、構わないから。
 
 「夏の終りに、やっぱりダメだって言っても、いいから」
 それでも、オレはアナタを諦めないけどね。
 
 「オレは、ずっと、アナタを想うよ。きっと死ぬまで、アナタに焦がれるよ。だって、アナタしか、欲しくないんだもん」
 「―――オマエが勝手に死んでくれたら、いっそ助かるな」
 「…どうせ死ぬんだったら、オレを愛してよ」
 
 「どの道、いつかは死ぬんだから、アナタを愛させてよ」
 ゆっくりと、髪を撫でられた。
 「オレは死ぬ時に、後悔したくない」
 アナタを愛さなかったこと。
 アナタに愛されなかったこと。
 
 「今だけの幸せしか、追求してないって言われたら、それまでだけど」
 でもね?
 「今しか、本当に確かな時っていうのは、ないんだから。それの何が悪いの?」
 明日が確かなものなんて、何もないよ。
 「今この瞬間を大切にして、何が悪いの?」
 
 「オマエの持っている99の可能性を捨てさせることが辛い、バカみたいだけどな」
 明日隕石が落ちて、地球上の総てが無くなるかもしれない。
 「イチバン危なっかしいの選びやがって」
 「オレは、アナタが欲しい」
 それだけが、真実。
 「何かを得たら、何かを棄てなきゃいけないのは、生きる上でのルールでしょ」
 
 「おれは全部が欲しいんだよ、アホウ。」
 選択する、ということは、そういうこと。
 「全部、手に入れる努力をすればいいじゃない」
 「だから、足掻いてるんだうが。バカバカしい、クソ」
 ゾロが怒り出した。
 オレは笑った。
 ゾロはイライラしている。
 まるで、選びきれないコドモみたいだ。
 
 「オレが一番欲しいのは、ゾロ」
 オレは歌うように求愛する。
 「ストップ、」
 「どうして?」
 ぴた、と唇の上に、指が当てられた。
 ゾロがに、って笑った。わざと。
 
 「おれに先に言わせろ」
 あむ、と指を噛んだ。
 
 オーケイ。
 聞かせて、アナタの歌。
 オレに愛を囁いて?
 早くしないと、アナタの指、食べちゃうよ。
 オレは餓えてるんだからね?
 ゾロが薄く笑った。
 あむあむ、と指を齧った。痛くない程度に。
 
 「帰ろう。オマエのことを愛させてくれ」
 ふ、ってキスされた。
 先に指を引き抜かれた。
 
 「うん。いっぱい愛してください」
 オレも頑張るから。
 「おれにだけ歌ってくれよ、」
 「うん。もちろん」
 夢の中でも、焦がれたのは、アナタにだけ。
 「あのなあ、子守唄じゃねえぞ?」
 くくくく、ってゾロが喉で笑った。
 「アナタがオレを、歌わせて」
 
 腕を伸ばした。
 オレを連れて行って。
 ゾロの腕、伸ばされた。
 抱き上げられる、コドモみたいに。
 オレはゾロの首にかじりついた。
 首筋、鼻先を埋める。
 焦がれたゾロの熱。欲しかったゾロの匂い。
 嬉しい。
 全部、オレのだ。
 肩口に、噛み付かれた。
 
 「…んァ」
 身体が撥ねた。
 ぞくぞくぞく、と電気が走った。
 これは、もう解る。
 「なかなかよろしい、」
 もっと欲しいって、身体の合図。
 ゾロのからかう声。
 にゃあ。
 すり、と頬を摺り寄せた。
 
 
 
 
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