ゾロが、不慣れな手付きで掃除をしてくれていた。
ベッドの上から、オレは動く事ができず。
かといって、声をかけるのも、妙に躊躇われる状況で。
時折喚き声を枕に染み込ませながら、うつ伏せになったまま、見ていた。
ゾロの、長い手足が、勝手気侭に動く様を。
服の上からでも解ってしまう、造形を密かに楽しみながら。
遠い昔、どこかで聴いた覚えのある曲を、ゾロが口ずさむのを聴きながら。
痛み止めが効いてきたのか、意識が軽く飛び始める。
ゾロの姿が、次第にぼやけていく中。
すっかり馴染んだ黒髪のオトコが。
灰色の毛皮のレッドに話し掛けているのが見えた。
しあわせそーでラヴリじゃん?なんて声が。
最後に耳に残った。
朝食を運んでやって。リクエスト通りがどうかはしらないが、仕上がったものをぜんぶ口許に運ぶのを見届けてから、
バスルームにあったアスピリンの錠剤を飲ませた。
適当に寝ておけ、と言えば。む、と少しばかり不服そうではあったが。
大人しく錠剤を飲み込んでいた。
ドアを閉めて出て行こうとすれば。
開けておいて欲しい、というような事を言っていた、のだろう。
声が背中に追いついた。
ひら、とそのまま手を振って。居間へと戻った。
見回す。……おい、冗談じゃねえぞ。
窓をとりあえず開けてみた。それから、外へと続く扉。
砂を外へ出せばいいんだろ、クソ。アホくせえなぁ。
あと何日いなければいけないのか、考え。
「――――クソ。メイド雇うぞおれは。」
「箒」とかいうヤツを持った。
木の床目に添って、ソイツヲ動かして。ドアの外へ砂を掃き出す、のが。
「掃除」かよ。
気が紛れない。
アタマが、勝手に動き始めかける。単純な作業の所為だ。
リミット、限定期間、そういった単語と。
ホームグランドで起こっている事態から、隔離されたいまの状況と。
ふと、ベッドルームの扉を見遣れば、サンジが枕に顔を埋めていた。どうやら眠ったらしい。
繋がる扉を閉めた。
しばらくしてから手にしていたものを、元の場所に戻す頃には。床はそれほど、もう砂に塗れてはいなかった。
ただ、開け放った窓から風が吹き込んでいたから結果は一緒か?知るかよ。
タバコに火を点け、淹れ直したコーヒーもついでに手にしてポーチへと出た。身体を木の椅子に投げ出す。
遠慮なく熱を孕んだ風が、吹き抜けていっている。遠い地平。
見遣りながらライターを手で空に放り投げ、落ちてくるのをキャッチする。
無意識に繰り返すうち、自分の身辺、そういったものを考え。
ふい、と足元から苛立ちが戻ってきた。
目を稜線に流して、ソレを追い払い。
それでも、完全に消え去りはしなかった。
それでも生き方を変えるつもりはない、そう言ったのは自分だ。そして、手放せない、とも知っている。
オマケに。
両方が成り立つはずのないことも、薄々はわかっている。ならば、その先、
―――どうするっていうんだ?オマエは。
堂堂巡りだな、アホくせえ。
いまは。思考を切り上げた。
そのまま、砂の景色を見ていた。ざらざらと乾いた表層、模様を変えるソレ。
ああいった鎮静剤は、何時間効いているんだ?……サンジの眼が覚めたなら、フツウに笑うとしよう。
それまでは―――知るかよ。
おれは自分のツラニハ興味は無い。
日が暮れるまでには、足元にいる苛立ちも薄らいでいるかもしれねえし。性懲りもなく居着いているかもしれないが。
時間だけは、この砂漠にはジュウブンあるらしい。そして思いついた。
困ったときの、クマチャンじゃねえか。メイド探させよう。
ケイタイを取りに、部屋に戻った。
ふ、と意識が戻った。
気分としては、チョット意識を失ってたようなカンジ。
だけど、大分日が傾いているのを、窓から差し込む光の具合で知った。
「ん〜…」
そっか。オレってば。寝ちゃってたのか。
何時の間にか閉じられていたベッドルームのドア。
その外は、静寂。
…ゾロ?
「む…ぅ」
少し身体を起こしてみた。
腕立ての要領、腰に力を入れて。
「んんん」
あ、でも寝たのがよかったのかな?
さっきほど痛くないや。
…ああ、薬が効いてるのか。
ふわふわと浮いてるような、ちょっと微妙なカンジ。
ころん、と横向きになって。
それからそろり、と起き上がる努力をする。
…あ、いけるかも。
「う…く…む…」
…スノーボードで、崖から落っこちた時以来だ、こんなに動けないの。
ああ、なんか腰重い〜。
しかも………なんか、慣れない感触がまだ…残ってるんですけど……ごにょごにょ。
やっとの思いでドアに到達。
ううん、足元覚束ないなあ。
それでもなんとかドアを引いて開ける。
リヴィング。
…あ、キレイになってる。
素足で歩いてるから、砂が残ってるのを感じるけど。
でもダイジョーブだ。
「…ゾォロ〜…」
居るのはバスルーム?
外?
…間違った方に行くには、体力が見合わないなあ。
どっちだろ?
「ゾォロ???」
さあ。反応しろ。
耳音、澄ませる。
…応答ナシ。
…じゃあ、外だね、これは。
重い身体を半ば引き摺るようにして、玄関に向かう。
ドアを開けると、そこには…。
「…ゾォロ?なんかいた…?」
険しい表情で、ゾロが地平線あたりを睨んでた。
…なんで警戒してるんだろ?
すっかりゾロのお気に入りらしい、ロッキング・チェア。
座ってるゾロに、手を伸ばそうとすると。
小さく驚きを浮べたゾロが振向いて。小さく笑った。
「―――起きたのか、」
「うん。…掃除、アリガトウ」
ゆっくりとゾロに向かう。
背もたれに、手をかけて。身体を休ませる。
ふう。この家がこんなに広いと知ったのは、今日が始めてだ!
息を吐いていると、ゾロが大きな手を伸ばして。
ゆっくりと頬に触れていった。
…にゃあ。
うっとりと、目が勝手に細まっていく。
「ウロウロ歩くな、まったく」
やさしい声が、そう告げた。
「うん、でも、オレ寂しかったし」
そりゃあ始終一緒にいられないのは知ってるけどサ。
でも寂しかったんだもん、ゾロが横にいないと。
そんなことを思っていたら、く、と柔らかく腕を引かれて。
あっという間に身体はゾロの膝の上、腕の中に抱きとめられた。
「…ねーねーゾォロ?」
返事の代わりに、髪に口付けが落とされた。
「オレ、アナタのこと、なんて呼べばいいと思う?」
「―――――は?」
「ダァリン?ハニィ?ベイビィ?シュガー?」
素直に驚いているゾロを見上げて
指を折りながら、訊ねる。
「エンジェル…はともかく。プラム、も違うでしょ?」
笑いを噛み殺してるゾロの、頬を撫でた。
「サンジ、」
「コラ。笑うな。真剣なんだから」
に、とゾロの口端が吊り上がった。
…ううん、見惚れちゃうぞう?
「あンたが。それのどれか一つでも言ったら。おれはあンたをここに棄てていくぞ……?」
「なぁんで〜???」
うぁ。ひっどいこと言うなあ!!!
あ、なんだソレ。…なんか企んでる顔。っていうか、意地悪企んでる顔だ、ソレ。
くそう、なんでそんな顔までかっこいいんだよう。
「いくらオマエの声が気に入っていても。全部、却下だ」
「…でも」
そういうのって、特別ってカンジがしてステキじゃん?
「おれの名前をあンたが呼ぶだけで、上等だよ」
ふい、と目許に口付けが落ちてきた。
「…ゾォロ」
するする、と髪を撫でられる。
んんん、違うよ、そうじゃない。
「キス、しよ?」
ちゃんと唇がいい。
柔らかく頬に口付け。
違うってば、ううん、それも嬉しいんだけど。
とか思ってたら、するりとそれが少しだけ滑って。
微かに口許を掠っていった。
そのままゾロの頬を手で撫でて。
開いた腕が、背中を抱いた。
力が込められたのを知る。
「I'm dying for your kiss on my lips」
…ゾロがなにか、考えてたの、解った。
だから、ワザと茶化して言ってみた。
アナタのキス、クチビルにしてほしくて、オレ、死んじゃいそう。
ゾロがふわ、と笑った。
「ダメ?」
じ、と目を覗きこまれた。
緑の瞳に、またちらりと笑みが過ぎたのを見て取った。
「Pretty please with a cherry on the top」
セイイッパイのオネガイだから。
ダメかな?ダメ?イジワルするの?
柔らかな唇が、啄んでいくだけのキスをしていった。
そのまま抱きしめられて。
「…にゃあ。ゾロ、大好きだよ」
ゾロを抱きしめ返して、そっと告げた。
アナタに愛されて、オレは幸せなんだからね?
そんな思いを込めて。
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