ジョーンをお風呂場に連れて行ってから。
そういえば、シーツとか、洗わなきゃなぁと思い出し。ベッドルームに取って返した。
今日は風も強くないし。これなら3時間あれば、乾いてしまうだろう。
洗濯機に放り込んで。勝手に回り始めた洗濯機から離れる。
家に入ると、丁度声がした。
ジョーンの。呼んでいた。
なんだろう?ヘビでもいたのかな?
初めてこの家に来た日。
どこから忍び込んできたのか、まだ若いヘビがお風呂場でとぐろを巻いていて、びっくりしたものだった。
お風呂場を覗いたら。
そこには、解きかけた包帯でぐるぐるになったジョーンがいた。
端っこから始めないで、きっとまとめて全部取ろうとしたのかなぁ?
そういえばさっき。お皿洗うのもやたら真剣な顔をして、やっていたっけ。
タスケテクダサイ。
とても真剣な顔で頼まれて。
なんだか楽しくなった。
ああ、とても端整な顔の人なのに。
どうしてだろう、とても可愛く感じるんだ。
けれど。
包帯が巻き取られていく先に現れたのは。
見事に変色した肌の色。痣の痕。
とても、痛そうで。
心配な顔をすると、ジョーンがとても悲しい顔をしたので。
頑張って、笑ってみた。けれど。やっぱり…痛いよねぇ。
アナタはそうやって笑っていてくれるけど。
けれど。ジョーンは。
長く逞しい腕を伸ばして、抱いてくれた。
やさしく、力強く。
アナタが大丈夫だというのなら、きっとそうなのだろう。
本当は、病院に連れて行ってあげなければいけないのだろうけど。
どうしよう、アナタがいなくなったら。
とても寂しくなるに決まってる。
ずっと抱きしめていて欲しいけれど。
思い出した、カレがまだお風呂の途中だということを。
だから、そうっと身体を離して。気を付けて、入ってね、と言った。
どうもありがとう、とジョーンが笑った。柔らかな、笑み。
どうしてこんなに惹かれるのだろう?
お風呂場を出て。
ベッドに新しいシーツを敷いた。
そういえば、彼が着るもの。どこかに買いに行かないと。
自分の服じゃ、サイズが小さいだろうし。
いつまでもTシャツとスェットパンツじゃ嫌だろうし。
せめてスニーカーがあれば、買出しにそのままいけるんだけど。
白の麻のスーツに合わせてたものだから、ちっとも似合わない。
寸法を測って、買ってきたほうがいいのかなぁ?
とりあえず、ジーンズ。あとは、Tシャツ。ネルのシャツ…なんか、合わないしなぁ。
いつも何を着ていたのだろう、彼は?
困った。
自分自身は、テキトウに丈夫なものを選んで着ているだけだから。
スーツとか、合わせられないし。
着てみないと、ラインとかわからないし。なにより。
既製品のスーツなんか、彼には似合わないだろうし。
そうすると。ピーチスプリングスか、ツーソンまで出たほうがいいのかなぁ?
レジデンス内のショップじゃ、彼に見合うものはないしなぁ。
とりあえず、今度レジデンスのショップに行った時、ジーンズと靴を買っておくか。
あとはTシャツだな、やっぱり。あとシャツを何枚か。
半袖でこの太陽の下にいたら。ひどいやけどになっちゃうし。
あ、下着も必要だよね?
…でも、何日居られるのかなぁ?
…やっぱりどこかで、連絡とるべきなのかなぁ。
彼の家族も心配しているよねぇ?
ベッドルームをきちんと直して。
そろそろ出来上がっている洗濯を見に行った。
丁度脱水が始まったところで。ドラムのなかを、ぐるんぐるん回っていた。
ジョーン。どこの人なのだろう?とりあえず、アクセントは東っぽかった。
なにしにキャニオンまで来てたのかなぁ?
観光だったら、今ごろ。
大騒ぎになって、連絡がきている頃だし。
ということは、砂漠を突っ切ってレジデンスに入ってきたのかなぁ?
誰かの知り合い?…だったら、やっぱり。
行方不明になった、って連絡が来ていると思うのになぁ。
けど。メルの出産から、電話は一度も鳴っていない。
メール、チェックしないとなぁ。
ガヴァメントは、砂漠の家一軒一軒に電話線とか引くの、未だに承諾してないってヘンリー酋長が言ってた。
だから、師匠の息子さんたちは、この家を出て行ったんだけど。サテライトは遠い地球の反対側まで覗けるっていうのに。
どうして携帯電話の受信はそこそこ悪いんだろう???
…ああ。なんだか。納得のいかないことばっかりだよねぇ?
…もしかしたら。
メールが入ってるかなぁ?行方不明者について。
それがもし、ジョーンだったら。
彼は帰っていってしまうよね。
…ああ、オレが彼を轢いてしまったのに。
彼の記憶まで、混乱させてしまったのに。
どうして、もっと側にいて欲しいなんて言えるだろう。
ソレはオレのワガママ。
解っているよ。
寂しいけど、カレは帰る人なんだから。
胸がなぜか一杯になって。溜め息が零れる。
『一つ溜め息を零すたびに、不幸になるんだってよ、サンジ?』
アニキの声が、聴こえた。
『だから、笑ってろよ、できるだけさ?それだけで幸せが寄ってくるなら、安いモンだと思わないか?』
セト。アニキ。元気でいるかなぁ?
会いたいよ、セト。そしてオレの今の気持ちが何なのか、教えて?
どうしてジョーンが帰ってしまうって考えるだけで、涙が出そうになるんだろう?
ああ、だめだ。溜め息が出る。
空。今日もクリア。
澄んだ青が、宙いっぱいに広がる。
洗濯物、すぐに乾くね。
ありがとう、今日も太陽を。
オレの気持ちは、まだ晴れないけど。
せめて、歌を捧げます。
口をついて出たのは、アヴェ・マリア。
セトが好きだった歌。
音がこの気持ちを、どこか遠くへと運んでくれたらいいのに。
不意に呼ばれた。
ジョーン。
どうしたんだろう、びしょぬれだ。すぐに乾くから、それでもいいけど。
…今度こそ、ヘビでもいたのかなぁ?
ジョーンに訊いたら。ブンブンと音がするくらいに首を振った。
…ああ。なんてかわいいんだろう。
勝手に笑みが零れていく。
洗濯を干す手を休めて、近寄ると。
ジョーンが走ってきた。大きな犬みたいだ。
拡げた腕の中、抱きすくめられた。
すこし冷たい布の下。熱い身体。
精一杯生きているね。
ぎゅうう、と抱きしめられて。
どうしたのかな?
心配な気持ちになったら。
「あのね、ダイスキなんだ!それで、どうもありがとう!」
耳に心地よい低い声が。なんだか急いだ風に言った。
ああ、どっからこの気持ちが湧いてくるんだろう?
さっきまで寂しかったココロ、暖かくなる。
ああ、どうしよう。
「だいすきなんだ、わすれないうちに言わないと」
首に当てられる顔。
伝わる熱すら、いとおしいなんて。
名前、呼ばれた。
ダイスキだよ、って言われた。
ああ、どうしよう。
どうしよう。
オレもジョーンが、好きなんだ。
こんなに好きになって、どうしよう。
ずっと側に居て欲しいなんて。本気で思ってしまっている。
適わないことなのに。その願いが叶うわけはないのに。
けれど。
ぎゅう、と抱きすくめられて、囁かれたのは。
「いる。」
とても真摯な一言。
嬉しいよ。
例え、それが叶わなくなってしまっても。
アナタの気持ち。本当に、嬉しいんだ。
ぎゅう、と抱きしめる腕に、チカラを込めた。
そうしたら、不意に、地面から足が離れた。
満面の笑顔のジョーン。
できた、ってとても嬉しそうに笑ってくれたから。
なんだか、嬉しくなって。一緒になって笑った。
「ダイスキだよ、ジョーン」
アナタに出会えて、オレは嬉しい。
不意に、近づく翠の瞳。
なんてキレイなんだろう。
見惚れていたら、口付けられた。くちびる。
なんだか嬉しくて。笑みが零れた。
ダイスキ、の証拠。くれたのはジョーン。
どうしてこんなに嬉しいんだろう?
ぎゅう、と抱きしめられた。
そして、地面に足が着いた。
すこし緊張した顔のジョーン。
包帯のこと、言っていた。
もちろん、助けるよ。他の事でも、オレにできることなら。
だってオレはアナタが好きなんだし。
助けてあげられるのなら、なんだってするよ。
アナタがしてほしいこと。
だってアナタが笑ってくれると。
オレが幸せな気持ちになるし。
洗濯物を干すの、手伝ってくれた。大きなシーツを拡げるのに、苦労していて。
それでも、アツイね、って言いながら、笑っていた。とても幸せな気分。
家の中に戻って、日陰のありがたさを噛み締める。
「ジョーン」
「はい?」
「包帯巻き終わったら、何か冷たいものを飲もうね」
「はい!」
にこにこの笑顔。
オレまで嬉しくなるよ。
昨日作っておいた、ハーブオイル。そして、新しい包帯を1ロール。
クリップと一緒に取り出した。
「シャツ、脱いでくれるかなぁ?」
言い出すよりも早く。ジョーンがTシャツを脱ぎだした。
なんだか気持ちが通じているみたいで嬉しい。
「サンジ?あのさあ、」
「うん?なぁに?」
「おとなのおなかってみんな硬いの?」
Tシャツの下。綺麗に割れた腹筋。ジョーンが指で押していた。
そういえば。カレはとてもキレイな身体をしている。
「そうでもないよ?色んな人がいるし」
「ふうん?」
近寄って、自分のシャツを捲った。
「オレの、そんなにすごく硬くないよ?触ってみる?」
「いいの?」
大きな手が、そろ、と伸ばされた。熱い大きな手。
ぺた、と触れる。
「ね?」
「ほんとだ、」
「もっと柔らかいひともいるし。それくらい硬い人もいるよ」
にこぉって笑ったジョーンに、説明した。
「ふうん?でもさ、するするしてる。」
「ぼくのとちがう、ほら」
おなかを触っていた反対側の手が伸ばされて。ジョーンのお腹の上、手が触れた。
「…うーん。するするじゃないねぇ」
「ちがうよね!」
「違うねぇ」
なんだか笑えてきた。
割れた筋肉。ゴツゴツとしている。それでも硬すぎるんじゃなくて。
とても強かな感じがした。
「よし!それじゃあ、薬塗るからね?じっとしててね」
「はいっ」
息を止めたジョーン。
なんだかとてもかわいい。
ああ、やっぱり。オトウトがいたら、こんなカンジなのかなぁ?
オイルを掌に垂らして。ゆっくりと痣の上、滑らせていった。
「ぷはっ!」
「このハーブはねぇ…こういう痣に、よく効くんだよ」
噴出したジョーンに笑いかけて。ゆっくりゆっくりと掌で撫ぜていく。
「く、くすぐったいっ」
「暖かくすると、早く肌に馴染むんだ。だから、ガマンして?」
くすぐったいって、身体を捩るジョーン。
ああ、かわいいなぁ。
「もうちょっと、ガマンしてね?」
「ひゃ、」
摩擦熱で暖める。
押し付けすぎないように、すこし浮かせて触れる。
大きな声で笑うジョーン。痛くないみたいでよかった。
大型犬の仔犬みたいに、元気に跳ねるジョーン。
ほんとうに、痣と記憶ぐらいしか、車に撥ねられた影響がないなんて。
…すごいなぁ!!
「はい、もう終り」
肌に馴染んだのを確かめて。
頭上で、ジョーンが息を吐いた。そうとう笑ったのか、眼をごしごしと擦っていた。
「じゃ、ガーゼしてから包帯巻いちゃうからね」
「あ、ありがとうご、ざいました」
「どういたしまして。あと少しだからね」
まだ笑っているジョーンに、わらいかけて。
「も、くすぐったくない?」
ガーゼを当てて、包帯の先を押さえた。
「うん、もうくすぐったくないと思うよ?」
太いウェストの周りを、手を伸ばして包帯を巻いていく。ジョーンはとても、逞しい体躯をしていた。
「ひゃはっ、」
「ガマンだよう」
「かみ、サンジかみ、あたってくすぐったいって!!」
また笑って、すこし飛び上がったジョーンに、笑い返す。
「ああ、そうか、ゴメン。でもすぐ済むから。ガマンしてね?」
「が、がんばってみる」
できるだけ髪が触れないように距離を置いて。
包帯をしっかりと巻いた。最後をクリップで留めて。
「早く良くなりますように」
包帯の上から、傷におまじないをかけた。
「包帯、タイヘンなんだねえ、」
しみじみと呟いたジョーンに微笑んだ。
「早く痛くなくなるといいね?」
「もう、いたくないよ?どうもありがとう」
「そうか。よかった」
「うん。ほんとに、平気だよ」
にこぉと笑ったジョーン。うん。もう痛くないのか。
「それじゃ。何か冷たいもの、淹れてあげる」
「ミルクシェーク、ないんだよねぇ?」
オイルの蓋を閉めた。
「シェークはないねぇ」
「こんど!ぼくがつくってあげるよ」
「…ほんと?」
「うん。」
シェークなんて。そういえば、殆ど飲んだこと、ないなぁ。
にこぉ、ってまた満面の笑みをジョーンが浮べて。
「ありがとう」
自然に口角があがる。
「あのね、ヴァニラアイスと、エスプレッソでつくるんだよ?」
「ふーん?もうエスプレッソ、飲めるんだ?」
「あのね、シェークにしないと、飲めないんだけど」
ヴァニラアイスとコーヒーで作るシェーク。とても美味しそうだ。
「そうなんだ?…それじゃあ、アイスコーヒー。チャレンジしてみる?」
「うん!」
エスプレッソが飲めるなら、アイスコーヒーだって大丈夫かもしれない。
「にがい?」
…ジョーンはイタリア系なのかな?だったら、名前。ジョーンじゃなくて、ジャン、かもしれない。
「…甘くしようか」
「うん。ミルクも入れてね?ラッテだね」
お砂糖と、ミルクをタップリ。
「カフェ・ラッテだね」
「うんっ」
にぱあ、って笑って。
ああ、すごくステキだね、ジョーン。
ぴょん、って抱きついてきて。
同じ様に抱き返した。
とてもとても幸せ。
「だいすき。」
「ありがとう」
「ほんとうに、だいすき」
「オレもジョーンが好きだよ。だから。世界一美味しいコーヒー淹れてあげる」
肩に額を押し付けられた。ぐるぐる、って。
「うん。たのしみ」
本当にすきだよ、ジョーン。アナタに会えて、とても嬉しい。
「おっけい。じゃあ、サイフォンのしたくをしようか」
「はいっ」
にこ、って笑いかけた。にこって、笑い返された。
そのまま、すたんと離れて。
それでも手は握られたまま、キッチンに引いていかれる。
とても力強い腕。とても、心地よい。
アイス・カフェラッテは。びっくりするぐらい、美味しかった。
トニイのいれてくれたのより、ずっと美味しいや、ってサンジに言って。
でも、すぐに「トニイ」って誰だろう、って思って。
目の奥がつんつんして。
わからなかった。
そうしたら、テーブルを挟んで向かい側のオッドマンに座っていたサンジがすぐに隣にきてくれて。
ぎゅうって抱きしめてくれた。だいじょうぶだよ、って。言ってくれて。
ぼくはしばらく、サンジの胸のところにおでこを当ててた。
とくんとくん、って心臓の音が響いてきて。
泣いちゃいけないんだけど。悲しくないのに涙がでてきた。
頭をずっと。髪の毛をずっとサンジが撫でてくれていて。
ときどき、キスしてくれてた。
まえ、だれかに。おなじようにしてもらった、って思った。
おかあさん、なのかな?
サンジ、って名前よんで。せなか、ぎゅうっとした。いい匂いがして。
やさしい声が。心配しなくていいよ、って。そっと聞こえてきた。
また、目の奥が痛くなった。
それでも、ずっと頭を撫でてもらっていて。
キスもしてもらって。
ゆっくり、息をしてみた。すこしずつ、痛くなくなって。
ごめんなさい、ってやっと言えた。サンジのかおをきちんと見て。
喉がかわいちゃったな。
謝ることなんか、何も無いよ、って。わらってくれた。
やさしくって、また涙がでてきそうだったから、急いで瞬きした。それから急いで
カフェラッテを飲んで。とても美味しいです、って言った。
ぼくは、男だから。強くなって、いっしょに「でかいこと」しようって、約束したんだから。
大事な約束なんだ。
よかった、って。サンジが微笑みかけてくれて。うれしかった。
ああ、でも。ぼくは、この大事な約束、誰としたのかもいまはわからない。
声が、きこえそうなのに。
サンジのかおが、また少ししんぱいそうになっちゃったから。
わらってみた。
アイスクリームはどこで買えるの、ってきいた。
それから、サンジはいろんな話をしてくれた。ここの、「レジデンス」のこと、ネイティブのひとたちのこと、
サンジはまだ大学生でここには夏休みの間だけ暮らしているんだってこと。
とてもたのしそうに。いろんな動物の話もしてくれた。生まれたばかりの子馬のこと。サンジのいままで
世話してきた動物のこと、コロラドのこと。
サンジは、アリゾナで生まれたんじゃないんだ。
もっと、涼しい所のひとなんだな。だから、サンジの周りも涼しいのかな。
それから、とても仲の良いお兄さんのことも。プリンシパルをしてる、って。
ああ、しってる。バレエダンサーのことだネ、っていったら。
よくしってるね、ってちょっと驚いた風にしてた。
おとうさまとね、よく観にいくんだ、って。また、ぼくが知らない間に言っていて。
それでも、劇場のあかりとか。オーケストラボックスとかはみえるのに。
「おとうさま」の顔だけがまっしろだった。
すこしこわくなった。
そうしたら、また。
サンジがゆっくり髪を撫でてくれて。
息ができるようになった。
急がないでいいよ、って。言ってくれた。
でも、サンジ?
夏休みって、終わっちゃうよ?
言えなかったけど。言っちゃいけないってわかったから。
「ありがとう」
また、お礼を言って。
それから飲み物をもって居間に移って。
ソファに寝転んで、もっと話をしたんだ。
サンジの声は、すこし低いんだけど。やわらかくて、気持ちいい。
くっついていると、声がでるときに胸のあたりを伝わるちっさな響いてくる感じとか。
耳をくっつけてると、とてもいい気分だ。
眠くなって。
ぎゅう、ってしたまま。
おやすみっていったら。
くすくす、ってわらう感じも伝わってきて。
オヤスミナサイ、って言ってくれて、キスしてくれた。
おでこのずいぶんうえのあたり。
お昼寝なんてするのひさしぶりだった。
でも、すぐに目が覚めたと思ったら。
もう暗くて、とてもよい香りがキッチンからしてた。
サンジはいなくって。代わりに薄いブランケットがぼくの上にかぶさってた。
キッチンに走っていって。すぐ隣だけど。
サンジがシンクのヨコにいたんだ。
背中にくっついて。
オハヨウ、だいすきです。って言ったら。
とてもたくさんわらわれた。よく眠ったね、って。
またおはようの挨拶をしてもらって。うれしくってわらった。
おなかがすいた、って。普通に言えた。
ポテトの入った大きなオムレツと、ソテーしたズッキーニと、湯がいたキャベツとグリーンピース。
全部美味しかった。
とても美味しいです、って言ったら。それはスパニッシュオムレツっていうんだよ、って教えてくれた。
ぱくぱく食べて。おしゃべりするのも余裕無くて。
うん、とか、はい、とかしか言えなかったけど。サンジはずっとにこにこしてて。
ぼくも目があうとにっこりした。
もっと食べる?ってわらって、ぼくのお皿に自分の分も入れてくれた。
いいの?ってきいたら。
「…好きなだけ、食べてね。オレ、嬉しくて。いっぱい作っちゃったから」
なんでうれしいのかな?って思ったけど。
「いただきます、」って言って。美味しいからたくさん食べた。
ほんとうにおなか一杯になって。動けないくらいです、って言った。
サンジが楽しそうにわらって。
「いっぱい食べたもんねぇ。すこしのんびりしていていいよ。オレ、片付けちゃうから」
だめだよ、お手伝いするんだ。アタマ撫でてくれた手を掴まえて言った。
「いいって。すこしのんびりしなよ」
「お手伝いさせてください」
ふわんふわんにわらってくれてるけど。御手伝いしいんだ。
「…じゃあ。今日はジョーンがお皿を拭いてください」
「了解、」
勝手に、唇が片側だけ吊り上がった。
―――あれ??
にこお、ってしてたサンジの顔が。ちょっとびっくりしたみたいになった。
ぼくも、すごくびっくりした。両手で、口のあたりを擦った。
「へん??」
「ううん?ちょっとびっくりしたけど。なんだか今のはかっこいいねぇ。ドキドキしちゃったよ」
にっこり、ってしてた。
おとなのかおなのかな。
でも、サンジがにっこりしてくれたならいいや。
「じゃあ、お手伝いするね。お皿、拭きます」
イスから立った。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いいたします」
ぼくもお辞儀した。
なんだか。
また片側だけで笑いそうになるのを押さえ込んだ。
だって、サンジびっくりするの、いやだし。
お手伝いの間に、サンジが昼間歌っていたうたを教えてくれた。
『アヴェ・マリア』っていうんだって。なんだか、知ってる気がする。
教会でうたってた?
日曜日、みんなと出かけて。
たくさん車があって。まっしろの花と。
泣いているヒト??
なんで、みんな―――
だめだ。忘れないと。
お皿に集中して、サンジの声に耳をあわせて。
一緒に声を揃えてみる。
上手くいったみたいだ。音が重なったのかな?
顔をみあわせてわらったんだ。
泡泡の手で、サンジが。ぼくのあごのとこ、とんとん、ってした。
わらった。
お手伝いって、たのしいなあ。サンジとだからかな?
きっとそうだね。
やっぱり、ありがとうと、だいすきだ。
だから。
隣にあったサンジのかたに泡のついたあごのっけて。
けらけらわらって。
言ったんだ。思ったまま。
そうしたら、泡泡の手で、ぎゅうううってされた。
お手伝いの途中だったけど、お礼のキスかな?
唇にもらった。
やっぱり、あまいと思うんだけど?
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