クルマの音が遠ざかっていってもしばらくは、耳に残っていた。
タバコのパッケージを放って、ソファに座ってしばらくしてからも。中空を過ぎて陽が床に差し込み始めてからも。
音のない家の中で考える。
「見送り。」それを自分が厭う訳と。
ガキの思い込みだったのが、癖になって残ったらしい。
名残惜しいと思い、小型機が滑走路を滑っていき消えてからもずっと機影を目で追っていたこと。
確か、それより以前には。ファミリーの「誰か」が車で出て行くのをずっと見送っていた。そして、そのクルマとドライヴァーは
帰ってこなかった。ちびの記憶と一緒になって戻ってきたその影は、大人の姿をしていたが、顔が何故かブランクだった。
他にも、何人か戻らなかった人間がいた。些細な偶然が重なっただけだとは思うが、癖になっちまったモノは仕方がない。
タバコの先の火を灰皿代わりの小皿に押しつぶした。
音が無い中では、思考が空回りを始めかける。
壁の絵が目に入った。サンジは時間を潰すのに絵を描いたらどうだ、と言ってきた。
絵。
ずっと昔に描くことなど止めている。色だけじゃない、描線も選ぶ題材も何もかもが心象だなどといわれたらおれじゃなくても
誰だって描く気は失せるモンじゃないのか?
おエライ子守りはどこかの精神科医と組んでどうやらおれの心理上の健康状態を気遣っていたらしいが、アホくせえ。
ふ、と考えが流れた。ああ、そうだ。
ペルに連絡を取ってケータイでも寄越させよう。
明日、ビジンを覗きにいくついでにでも。
パッケージを半ば空にして立ち上がった。どうやらやっと昼過ぎにはなったらしかった。
時間を殺すのに、この場所でできることは制限されている。
火の入れられていない暖炉の上、使い古されたカードがあった。この家の元の住人の物らしい。
それを眼の端に捉えてからキッチンまで行き、フリーザーから白ワインを取り出した。
コルクを抜きながら、肩を竦めた。バカバカしいことに、あのエリックのじーさんだか雷魚のじじいだかの言うとおり、
おれの周りには亡霊どもがいやがるらしい。
クマチャンが確か言っていたか、通りすがりの物がまわりにいるぞ、と。
迷惑だな、実際。
サンジは、どうやらおれとちがってそういうモノには敏いだけで引き寄せはしないらしい。
あの歌いネコが隣りにいるだけでも、おれの周りからそういった連中はすう、と気配を消していく。
その姿がこの場所から遠ざかっただけで、また「通りすがり」がいるらしい気配が戻る。
自然のど真ん中で、なにも遮るものが無い中にいれば少しばかり眼が良くなっても不思議はないか?
見えるじゃねえかよ、西部劇が。青の制服と、なめし皮を着た男だ。
「よぉ、酋長」
声に出した。
うすい影は佇んだままだ。
まぁ、返事なんざ期待しちゃいない、ハナっから。
「大層なフェイスペインティングだな、いまから戦争か?」
テーブルに座った。グラスにワインを満たした。バカバカしい、おれは亡霊相手に何してるんだ。
影は消えない。
グラスを飲み干してから、暖炉へ近づいた。影の側だが、気にしちゃいられないだろう。
カードを取り上げて、ひらひらとさせた。
「なぁ、そこの青いの。騎兵隊。血なんざ流してねェでカードでもしようぜ」
―――フン。おれも側からみればイカレジャンキーの仲間入りだな。
使い古されて柔らかになったカードのスタックを崩し、シャッフルする。
乾いた紙の音だけが部屋に響き。
おれは夕方までに学習した。
亡霊どもは辛気臭ェだけでカードの相手にはならない。
これじゃあ降霊ゴッコでもばーさん共としてた方がマシじゃねえかよ。
ああ、そうだ。カセイフ。ヤツがカードできれば少しは面白いか。
陽が落ちる頃に、薄まりだした影に言った。
「おら、オマエら。さっさと消えろ、いつまでもいるんじゃねえぞ」
おれは、オマエらなんぞに憑り殺されねぇよ、と。
そして、確かに見た。
「酋長」が、にやり、と笑いやがった。
「またのお越しを、」
ひらひら、と手を振って見せた。
「失せろ、」
陽が落ち切り、窓の外が暗色に覆われる頃になってようやくこの家が「静かに」なった。
クマちゃんに魔よけの札でも貼らせるか。
精々嫌がるカオを想像してみた。
ああ、ダメだな。あの連中は。おれのカオにでもなにか描き始めかねない。嫌がらせで。
「精神世界へようこそ」
バカバカしいひとり言で考えを誤魔化してからカードをスタックに戻した。
トン、とテーブルの角で音をたてる。
何か食うか作るかするか、と思い始めた頃、遠くエンジン音が聞こえた。
どうやらサンジが帰ってきたらしい。
ふい、と勝手に口角が上がった。
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