Tuesday, June 25
頤の辺り、さらさらと柔らかく頼りない感触に少しばかり笑った。
結局、軽く喰うつもりがこの有り様だ。
さらり、とまだ規則正しく上下する背をリネン越しに撫でた。
髪に唇を落とす。
どうせまた、目をあけたらすぐに「おなかがすいた、」とでもやらかすんだろうと。
だから夜中でも起きて何か食え、と何時間だか前に言ったのにな。

そうしたなら、フワフワと笑って、言いやがった。
「…今はアナタを食べたいから、イイ。それより…最後、大変でしょう?だから…最後は、お風呂場で、しよう?」
ふわりと上気した頬に、唇で触れていたならそう返され。
言葉を模った唇を舐めて、何度か瞬きを繰り返した蒼を覗き込んでいた。
オマエはとんだバカだな、そういったようなことを言った気がする。
考えたんだけどなあ?と笑っていたサンジにもう一度、いやバカだ、と笑い。
深く口付けながら脚を割らせた。
まったく、そんなセリフを聞いておれがオマエのことを放す訳がないのにな。

あまったるい感情が、胸奥に在る。
目を開いて1つ深く呼吸してもそれは消えていく事は無く。
諦めて柔らかな髪にカオを埋めた。おきろ、と呟きながら。
重なった胸元から、鼓動が伝わるほどに抱きしめた。
「…んン…」
サンジ、と呼びかけても。深い息を吐いて一層胸の辺りに顔を埋めていた。
さらさら、と髪を掻き乱した。それでも起きる気配はゼロだ。
ぴたりと腕の中に収まったまま、眠っている。

髪を掻き混ぜていたならば、ふい、と思いついた。
ああ、コレならすぐ起きるかもしれないな。
なにしろ、ネコだ。

ゆっくりと半身を浮かせるように起き上がり、さらりと髪を撫で上げた。
あらわれた耳もと、顔を近づける。まだ寝ている。
に、と勝手に口許が笑みを作った。
サンジ、とごく落とし込んだ声で呼んでみても、瞼は閉ざされたままだった。
リネンの上で、どうやら指だけが動いたらしい気配が伝わった。
フン。

口を開き、少しばかり冷たいような薄い皮膚を感じる。端麗な線でなだらかに曲線をつくるあたりを。
かぷりと。噛んだ。

「…にゃ?」
ぺろ、と舌を這わせる。
擦れた声が応えて、目が。ぱかり、と開かれた。
少しばかり驚いているらしい。その様子に喉奥でわらった。
「…なん…?」
「起きたかよ?」
額に唇で触れた。
「…うん…ええ?もう朝…?」
ああ、すっかり朝だ。結局バスルームに連れて行った頃には真夜中をとうに過ぎていたから。

「オハヨウ。」
「オハヨウ、ゾロ…」
にこ、と。機嫌の良いらしい笑みが浮かんでいた。
「起きて大人しく朝メシでも食うか、」
ハナサキ、口付けた。
「……うん。オナカスイタ」
わらった。やっぱり言いやがったか。
ふにゃりと柔らかくサンジが笑っていた。これは機嫌がいいらしい。
そして思い当たった。こいつが不機嫌になったのは見たことがないな、と。
「だから夜中に言っただろう、」

くしゃりと髪を撫でてから起き上がった。
「…んー…」
横になったまま、身体を大きく伸ばしてから、サンジが漸く起き上がっていた。
ぼう、と視線を投げられた。
「あのな、茫っとしてるとまたバスルームまで連れて行くぞ」
笑いかけながら額を掌で撫でた。長い前髪を梳き上げながら。

「…抱っこ」
………ハ?
腕を差し伸ばされた。
一瞬、頭が機能を停止した。
けれどすぐにそれは諦めにも驚きにも笑いだしたいような気分にも取れる、そういった全部の感情にとって変わられた。
笑いながら抱き寄せた。
「フフ…。ゾロ、スキ…」
まったく、とんでもねェネコに捕まっちまったか……?
する、と摺り寄せられる頬。髪から、項、肩へと掌を滑らせながら思った。
しょうがねェな。
―――まったく。
「あァ、おれもスキだよ」



お風呂場に、抱っこしてってもらった。
自分ながら、子供っぽいかなあ、と自覚はしていけど。
…なんだか、とてもそういう風に甘えてみたかったんだ。
とても幸せ。

軽くシャワーを交互に浴びて。
着替えてからキッチンへ行った。
冷蔵庫に放り込んであった、デリカテッセンで買ったパテとサラダとターキーハムで朝ごはんにして。
食べ終わったころに、目覚ましの携帯が鳴った。
いつもなら、今ごろが起きる時間。
今日はゾロが早く起こしてくれたから、のんびりと朝ごはんを食べる事が出来た。
幸せ。

出かける仕度をのんびりと終えた。
今日はゾロと一緒に動物病院に行く日なのだ。
車の中で、ゾロにチャイニーズ・アメリカンなドクターのことや。
看護士として働いているオンナノコたちについて語った。

今日はゾロが運転しているから、いつもの倍喋った気がスル。
「今日のシフトは、マリーとブリジットだよ」
来ているハズのナースたちの名前を教えたら、ゾロは。
ビジンがいるのはいいな、って笑ってた。
「シャーロットとエミリーには、ベツの機会に出会えるといいねえ」

オンナノコたち。
キラキラで、明るくて、カワイイ女の子たち。
そして、逞しい。
ゾロも、きっとスキになるよ。ステキなナースたちだから。

ゾロがカーラジオから流れる曲に合わせて、何かを口ずさんでいた。
けれど、ふい、とオレを見る。
…なんだろう?
「…ゾロ?」
何かを言いかけて、気が変わった風にオレに笑いかけてきた。
「で、その後はどうするんだ?ずっとオマエは病院か?」
「んん、今日は半日シフトだから」
ふ、と気付く。
そういえば、もうシェリル、退院してきてる頃だよね?

ああ、と応えて砂漠の道無き道に視線を戻したゾロに。
「ゾロ、子馬と赤ちゃん、一緒に見にいかない?」
訊いてみた。
ゾロの口許、す、と引き伸ばされた。
なんかイジワル企んでるみたいな顔。
「イヤ?」
「おれが、赤ん坊と子馬をか?」
「ウン、そう」

そうして、ゾロにその子馬が産まれたのは、ゾロをこの辺りで轢く直前だった事。
セト、と兄の名前を名付けたこと。
赤ちゃんは、その子馬の所有者の夫妻の元に生まれた子だということを説明した。
ゾロはなんだか、ちょっと真顔だった。
そうして。少しばかり冷えた声で、やめておく、と言った。

「…んん、じゃあその間、アナタはどうしてる?」
無理強いするようなことじゃないから。
一緒に行きたいけど、それは口にしない。
ゾロは気分を変えるように、車のスピードを上げていた。
「ヘンリーのじーさんでもからかいに行くさ」
「じゃあ、ジェイクのランチでオレを下ろして。そのままピーチスプリングスに行っててね?」
少しばかりキリリと冴えた口調には、軽く戻そうとした跡が聞いてとれたから。
オレも気付かなかったフリをする。
「じーさんのところで合流か?賑やかだな」
「オレは、お見舞いが終わったら、牧童さんに送ってもらうし」
そう、と頷いてから言葉を続けた。
ゾロの右腕が伸ばされて。オレの髪をくしゃんと撫でた。
なんだかチョッピリ切なくて。
オレはまた、笑った。




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