嵐だった。まさに。
ナース連中は、確かに粒揃いでからかって遊ぶのに丁度良いなど暢気に構えていたなら、ひでえ事態になった。
言葉とボディトークの海で遭難だ。クソ。

甘いトーンと穏かな口調と湧き上がる歓声じみたそれでも抑えているらしい笑い声がまだ耳に残る気がする。
実際、正午をまわってすぐに病院を抜けたときには、ドクター・タオの予告通りたとえ中でサンジがぶっ倒れたとしても。外に運ばれてくるまでおれは中へは入らねェぞ、と決める程度にはビジン共は見事に珍獣扱いを通した。午前中ずっと、だ。

肌蹴たシャツの胸元からデカイ猫の子、ボブキャット、っていったか?それの毛を道に払い落とした。
ソレを1時間近く抱かされていた。でかい掌から爪をだして胸あたりで布地にひっかけ、ふにゃふにゃ眠り始めたからケージに戻そうとしたならば。
クソウ、おれがなんで猫の子に哺乳瓶なんざ咥えさせなきゃならなかったんだ?そもそも。
マリーが笑った。あら、オトウサンになる練習じゃないのよ、だとか何とか抜かし。
フザケロ、とうんざりしていたなら。ブリジットが寝ちゃったんならもっと抱っこしててあげて、とくすくすと笑っていた。
オマケに、シャーロットは。サンジの子だと思えばいいじゃない、と追加し。
本来なら野生動物のはずのデカイ猫の子は、ふにゃふにゃと喉まで鳴らしかねない勢いで温かい掌を押し付けてきた。

ケラケラと笑い声がまた降って来て、それと一緒に言ってのけたのは確かエミリーだ。
「記念写真とってあげようか?」
コレには、思わず笑った。
ああ、やめてくれ。マジでやめろ。
素顔を曝して猫の子なんぞ後生大事に腕に抱えてる図だと?在りえねェよ。
「エミリー、せめて子守唄で手を打ってくれ」
苦笑を押し殺して応えるのが精々で。このカオスの元凶のサンジはコヨーテの世話につきっきりらしかった。

いま思い出しても、あの何時間かは強烈だな。
サンジを子馬の持ち主だという男のランチへ送り終えてから、タウンへ戻ったいまも。手はミルク臭いし毛はついているし、な有り様で。
サンジの方もどうやら相当ビジン共にやられたらしく珍しくクルマの中でも複雑なカオをしていやがった。
オマエのお蔭で稀有な体験をさせてもらったよ、と言えば。
「…あんなに大騒ぎするカノジョたちなんて…はじめて見た…」
くったりとリアウィンドウに頭をもたれかけるようにしていた。

「ああ、何しろ動物病院の看護婦だからな。珍獣がいて喜んでたんだろうぜ?」
にやり、と皮肉を混ぜて返せば。
「オレ…連れてくともなんとも言ってなかったのに…そもそも、なんでわかったんだろう?」

それはオマエがシケタ面を曝していないからだろう、と言った。
「オレ…スキなヒトが出来たとも、スキなヒトとステキな時間を過ごしたってことも…、そもそも…それがゾロだって、なんでわかったんだろう…?」
「オオカミが来た、っておれは朝一番に言われたんだぜ?何か言ったろうが」
「アナタのいいヒト、どんなヒト、って訊かれたから、オオカミみたいなヒトって、答えただけだよ…?」
くったりとしたまま、半ばひとり言のように続けるサンジに応えたならば。案の定の返答が返ってきた。
「あのなぁ、"ベイビィ"。」
「…ん?」
腕を伸ばして頭を引っ掻き回した。ついでに軽く小突いて。
「"いいヒト"って誰のことだよ」
「…アナタ」
キュウ、と目を細めていた。……確かに、あの猫と似ているか?

「あのなぁ。オンナがそういう口調で言ってるんだぞ?悟れ」
「…うううん、でもさぁ?」
「なんだよ」
「…なんでカノジョたち、疑問にすら思わなかったんだろう?」
アクセルを踏みつけてすこしばかりスピードを上げた。
「さあな、直前まで抱き合ってたからじゃないのか、」
「…にゃあ…」
する、と頬を撫でて。会話を切り上げた。
指先に。熱った頬の熱が伝わった。
カオが見事に赤く染まっていた。わかりやすいヤツだ、コイツは。

一瞬だけ目を荒地の真ん中を行く道から逸らせて、首を引き寄せて唇を掠めた。
目を慣れない道に戻しても。ふわ、とサンジが微笑んだのが伝わった。
「…スキだよ、ゾロ」
囁くような声が届いた。
「サンジ?」
「なぁに?」
「煽るな。クルマ止めたくなるだろうが」
に、と唇端を引き上げて言った。

「……ゾロ?」
ちら、と声に視線を投げた。
「オレ、今、めちゃくちゃキスがしたい…って言ったら、怒る?」
「あァ。当然」
「…じゃあ言わない」
「時と場所を選べ、とクマちゃんに言われてるだろうが」
「…みゅー…」
する、と喉元を撫でた。
ふる、と肌がちいさな震えを伝えてきた。

ちらりと掠めた考えがあった。
一本道だしな、ギアチェンジはそれほどしなくていい。
おれは相当あのナース共にからかわれていたんだから、これくらいはいいか?
する、と手を。腿に乗せた。デニムの生地がさらり、とあたった。
「…んん」
少しスピードを落とした。サンジの声を聞きながら。
気の向くまま、手を彷徨わせて抑え切れないらしい声を愉しみながら。

それでも、途切れ途切れに言っていた。
「危ないよぉ…ッ、」
「何も轢かねェよ、おれは」
「そ…じゃな…あ…ッ」
く、と指先を布地越しに食い込ませ。
上がる声に口許がわらった。

ランチに着く頃には、さすがに行き過ぎた冗談だったか、と思うほどにサンジの瞳は潤んで半ば泣きカオめいていた。
「着いたな?ここだろう、」
「うん、…そうだよ…ッ」
ランチまでの距離が記された標識を通り過ぎてからスピードをさらに緩めた。
はぁ、と熱くなった息を吐いていたサンジがどうにか、といった風に答えた。

「では、何時間後かにタウンで。"マイ・ディア"」
近づいたランチのゲートを抜け、家の少し手前でクルマを停めた。
「…ゾロのいじわる…ッ」
「あいしてるよ、ベイビイ」
「…あぅ……ゾロォ…」
頭を捕まえて口付けた。舌を絡めて、きつく吸い上げ。
甘い吐息を喉奥に飲み込んでから、口付けを解いた。
「…ゾロ…ど…しよ…?」
「ん?」
「…ウズウズするよぉ…ッ」
もう一度熱をもった唇を啄ばんだ。
「わるいオオカミに捕まったな、オマエ」
「…ふ…ッ」

ひくん、と跳ねた身体を宥めるように。頬を撫でた。掌で包み込み。
「ほぉら。赤ん坊と子馬をみてこいよ…?」
言い終わるか終わらないかの内に、噛み付くように口付けられた。
薄くわらったまま受け止めた。
サンジの濡れた熱が彷徨うにまかせて。項を撫でて抱きしめた。
「…ッ」
ひくり、と揺れた肩を抑えこむようにし。
きり、とサンジの唇にゆるく牙を穿ってから腕を解いた。

「あとでな、」
促して身体を伸ばしドアを開ければ。
する、と降りたまではいいが、その場にしゃがみこんでいたらしかった。
バックミラーに映っていた。


それが、いまから小一時間ほど前の話で。
いまはといえばおれは。丁寧な文字で書き込まれたメモを片手にグローサリーストア、の前にいた。
さて、と。買い物、とやらをするか。



「サンジ。おめでとう」
開口一番、ジェイクが言った一言。
…え?なんでオレがオメデトウなの?

「ステキなヒトなんだとな?よかったな」
「…ええと、ジェイク?」
「なんだ?」
「どうして知ってるの?」
訊くとジェイクは笑って。
今のサンジの顔を見れば、誰だって解るだろう、そう言った。
…そんなに変な顔してるのかなぁ、オレ?

シェリルに、持ってきていた本を手渡した。
昔、オレが小さい頃、セトに読んでもらった絵本と同じ物を。
「少し早いかもしれないけど」
そう言ったオレに、シェリルはキスをくれて。
「あなたにもあげないとね」
そう言って、手渡してくれたのは、決しておみやげ用として店頭には並ばないデザインの、インディアン・ジュエリー。
シルバーと鞣革と、鷲の羽の、ブレスレット。
「偉大なる霊があなたをあるべきところへと導くように」

「…これ、アナタの…?」
付けてくれたジェイクを見ると、彼は笑って。
「サンジはセトという名前をくれたからな…せめてものお礼だ」
「…アリガトウ」
二人を抱きしめて、それぞれにキスを贈った。

まだ首も据わってない赤ちゃんを抱かせてもらった。
暖かくて、ミルクの匂いがして。
抱っこしてるだけで、幸せな気分になった。

その後に、馬小屋に行って。
足腰もしっかりして、少し大きくなったセトと再会した。
馬小屋の中を元気に走り回るセト。
あれはいい馬に育つ、と牧童さんが笑ってくれた。

メルはオレを見ると近づいてきて。鼻面をそうっと肩に押し当ててきて、御挨拶。
元気でよかったね、と口付けを贈ると、小さく嘶いて。
飛び跳ねるセトを、なんだか誇らしげに見詰めた。
親子なんだなぁ、なんて、ほんわりとした。

犬のテッドの頭を撫でてから、牧童さんに頼んで馬を一頭借りた。
彼、ルイスが、レジデンスの入り口まで付き添ってくれるという。
見送りに出てきてくれたジェイクとシェリルと赤ちゃんに挨拶をしてから馬に跨ると。
ルイスもゆっくりと馬に乗って、先を促した。
揃って疎らに草の生えた大地を進む。

彼にも、いいヒトが出来たんだってな?と言われて、思わず頭を抱えてしまった。
「そんなにオレ、顔に書いてる!?」
そう訊いたら、今ごろタウン中にウワサが広まってる、と笑って言い返されてしまった。
どうやらシャーロットとエミリーを介して、ウワサが流れたらしい。
「もうベベじゃないな、アンタ」
そう言われて、なんて応えたものか困ってしまった。

「アンタのいいヒトは、満足させてくれてないのか?」
応えずにいたら、さらに凄い質問をされて、思わず馬の首にしがみ付いた。
「…ええと、ルイス?」
「なんだ?」
「…そんなことまで、ウワサに上ってるの…?」
ルイスは髭をぼりぼりと掻いて。
「や、さっきアンタ、随分と…切羽詰ってたみたいだったからさ」
…うわあああああん、ゾロぉ…!!
オレ、どーしよーッ!?

「ええとね、ルイス?」
「ああ、悪いな。プライヴェートなことに首突っ込んじまった。いやあ、若いってなぁいいねえ」
にやり。
笑いかけられて、オレはそのまま馬の首に撃沈した。
そうじゃ、ないんだよ…。

ふ、とある疑問が頭を過ぎった。
ルイスは元々はニューヨークで働いていたビジネスマンで。
早期退職をして、憧れのカウボーイになるために、アリゾナに来たらしい。
確か年は45だとか言ってたし。
…うん、これは「男同士の会話」のウチだよね…?

「ルイス、ひとつ訊いていいですか?」
「なんだ?」
「ルイスは…んんと、一日何回くらいするの?」
「…はあ?」

ルイスの目が真ん丸くなって。
それからゲラゲラと笑い出した。
「あー、今は月に何回、って訊かれた方が早いよ!」
「…え?そうなんですか?」
「そりゃあなあ!!!」
まだ笑い続けるルイス。ううん…訊いちゃいけないことだったのかな?

「…オレがアンタの年の時は、そうだなぁ…ガールフレンドに会う度に、2,3回だな…平均で、いいんだろ?」
「あ、ハイ」
…会う度に…ううん、そんなもんなのか…。
「サンジは?」
ううむ、と唸ったオレに、ルイスはきらきらとした眼を向けてきた。
「…それの倍以上…ですけど…」
「ぶふッ」

うっわあ、頑張るねえ!!!ってルイスが叫んで。
どうやらなんだか今オレが置かれている状況はとてもスゴイってことに、気付かされてしまった。
「はー…まぁ、…うん、若いって、いいことだねぇ…」
「…そうなのかなぁ?」
トコトコ、とルイスが馬を並べて、すぐ隣に来た。
ポン、と肩を叩かれる。
「腰にクるようになったらアウトだから。今の内に頑張っとけ」
「…はぁ」

いやあ、有意義なことを聞かせて貰った。大丈夫、オレの口は堅いぞ安心してくれ。
そうルイスが言って。
ううん…世の中って、様々なんだなぁ、って思えるようになった頃、漸く町の外れに到達した。
このまま、キャニオンの奥まで行く、というルイスと別れて。

てくてくとタウンを歩いていると、次々と「オメデトウ」と声をかけられた。
みんなオレが知り合って、仲良くしてくれてる人たち。
ミセス・リッツとか、キャリーとか、数人のオンナノヒトたちだけが、どうやらオレの"イイヒト"がオトコだということを知ってるらしいことに気付いた。
物のついでというか、なんというか。
「サンジのオトコマエなカレシ、さっきエリックじいさんの店に行ったよ」
そう教えてもらって。
…ゾロ、目立ってるけど、それはオレのせいじゃないよ?
なぜだか言い訳しながら、リカーストアを目指した。
…ゾロ、怒ってるかなぁ…?




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