Wednesday, June 27
だからアナタは、と。
溜め息交じりのペルの声がしていた。
夢だな、と意識している自分のほかにもその声に対応している声があるらしい。
昨日の電話口での会話が、意識に残ったか、と。ぼんやりと思っている間にも。
一頻り、なにかを諭すような口調で流麗な言葉で言ってきていた。
ええ、私のことをお嫌いでも結構、と聞こえた。
ですが、叔父さまにあまり関わられてはいけません、と。
―――叔父??
どうしてみんなはあの人のことを悪く言うの?と。子供の声がした。
コドモ、―――おれの声か?
あなたにもいずれお分かりになる、と。
それだけを声が告げて。
やがて、僅かに呆れを滲ませた声がした。
ゾロ、今度その顔をなさったらペンチで舌を引き抜きますよ?と。
「ハハハハハ!」
勝手に笑っていた。
目が覚めた。
驚いた。
くっく、とまだ喉奥に笑いが残る。
チビのカオ。
思い出した。
思い切りカオを顰めて舌を突き出していた。
あれは、確かに憎たらしいな。
ハハ、ペルも気の毒に。
他人事のようにわらった。
閉ざした記憶の中、それは。
エースのこととだけではなく、他にもいろいろとありそうだった。
おれに、叔父がいたか……。
不確かな記憶だ。
ふ、と目をなだらかな肩の線に落とした。
ぐっすりと眠っているらしい。
ふわふわと。
眠っている。
起すのを、いつも躊躇する。
それでも、その蒼が揺れておれを映しこむのを同じほどに見たいと思う。
肩、唇で触れた。
結局、昨日の騒ぎの後。
おれはどうにかエリックのじーさんの電話を借りて、ペルに連絡を入れた。
すぐに掛け直されてきた電話にじーさんは軽く肩を竦めただけだった。
ケイタイを送れ、と用件を伝えたなら、わかりました、とだけ答えてきた。
おれから振らない限り、こいつは何も伝えようとしない。
イーストコーストでいま何が起こっているのか、その進展状況、いっさい、だ。
問い掛ければ。
あなたは、まだ大人しくしていてください、とだけ返された。
そして、付け加えやがった。
あなたの仰るところのあの「こども」、カレに迷惑をおかけしていないでしょうね?だと。
オマエなぁ――?おれをいったい幾つだと思っている?と返せば。
あなたこそ、我儘な子供同然じゃありませんか、と溜め息混じりに言ってやがッた。
しかし、安心しました。レディをUPSでお送りするわけにはいきませんのでね、と。生真面目な口調で言いやがった。
知らずに落ちた沈黙に、ヤツが電話の向こうで眉を跳ね上げた気配が伝わった。
これは、切るに限る。
がちゃり、とフックに受話器をかければ。
エリックのじーさんがげらげらとわらった。
オオカミ、まことに礼儀知らずよのオマエは、とかなんとか言ってやがッた。
軽く肩を竦めて返し、サンジが戻ってくるのを待って。
家に戻った。
じーさんの店で。意趣返しで軽くからかうつもりが、ぼろぼろとサンジが泣き出し。
あァ、こいつはたしか涙腺が弱かった、といつだったか病院前でも泣かれたことを思い出したが、遅かった。
だから、帰りのクルマの中で。
サンジが隙あらば、とでもいった風におれの右手が空いたならすぐに自分の手を重ねてきても。
たまにそれを自分の口許にもっていっていても。
引き戻しはしなかった。
家に戻れば。
足元から頭から疲労感が湧き起こり。
サンジも同じようにソファに伸びていたから、抱き上げてベッドルームで昼寝した。
二人して眠るにはソファは狭い。
オヤスミ、と交わす間もなく。瞼が落ちてきた。
勝手に目が覚めてみれば、夕刻前で。少し前に起きていたらしいサンジが、覗き込んでいたのと目線があった。
何を見ていたのか、問い掛けてみたい気もしたから、腕を伸ばして引き寄せた。
口付けのあいま、出てきた答えに一頻り笑って、抱きしめた。
適当に軽めの夕食を作り、サンジ側で起きた厄災に笑い。やはりおれの方が被害が大きかったな、と返した。
むう、と膨れた頬を指先で押しつぶし、そんなカオをすると泣かせるぞ、とまた告げれば。
「泣くのは夜だけじゃなくていいの、」
そう返してきた。
サンジ、ベイビイ、窓の外を見ろよ?日没はとうに過ぎてるんだぜ?とからかい混じりに言って。
悪戯めいて光を乗せていたサンジの眼が、髪を掻き回される感触にすう、と細まっていた。
シンクの横に、とさり、と軽いカラダを乗せたならば、くすくすとわらっていた。
焦れて熱をもった細い指が自分からシャツの釦を外しに掛かる頃、ベッドルームに連れ戻した。
さらり、と腕を肘まで撫で下ろす。
手首をゆるく持ち上げて、手の甲、唇で触れた。
長い前髪が顔の半分以上を覆い隠している、横顔。上から覗き見る。
また、さらり、と髪を乱した。
淡い金に透ける睫が、わずかに動いた。
影を長く落としている。微妙な陰影のラインを、そっと指先で追った。眼のきわ。
ふ、と口許が。やわらかな微笑をかたどった。目を開けられないままで。
まどろんでいるのか、意識がまだどこかに置いていかれているのか。
眠りと覚醒の中間、そのあたりにいるのだろうと。
頬、口付けを落とした。
なぁ、サンジ。起きろよ……?
目が。ふわ、と開いた。ぼう、と蒼が揺れて。
おはよう、と口に出さずに頬を撫でた。
ゾロ、おはよう、ほんの少しばかりやわらかに擦れた声が聞こえた。
もぞ、と動くと寝返りを打って。抱きついてきていた。
ああ、だから。サンジ、脚はおろせ、イイコだから。笑い声混じりに言った。
キスをしたら下ろす、そう返してきた。口付けた。
オハヨウ、今日もあたりまえの顔をして奇跡じみた朝がきている。
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