いま、おれの役に立つのはこのリカルドで。
NYのオフィスで踏ん反り返ってるゼニアを着た男じゃあ、ない。
「じゃあ、決まりだな」
リカルドに笑いかけた。
「ああ」

「ドウゾ、エンリョなく始めてくれ」
「了解。昼ごはんのリクエストは?」
適度に片付いている室内を見回した。
「といっても、冷蔵庫と相談になるけどな」
「アァ、どうせな?適当に、任せた」
「好き嫌いは?」
「その中に入ってる分にはゼロだな」
フリーザを眺めた。

「買出しに付き合う気がないなら、リストを作っておいてくれ。ああ、買物のレシートで、費用を請求する。それでいいだろう?」
「結構メンドウなんだな、」
一々か?うざってぇな。
「アバウトがイイ時と、悪い時がある。作ったメシが残されるのはもったいないだろ?面倒なのは最初だけだ」

「提案、」
「なんだ?」
皿を片付け終わった『弟』が振り向いていた。
「纏めて渡しちまうから、その中から買い物は適当にやってくれ。レシートのチェックなんざ、ゴメンだ」
すい、と目をあわせた。
「AAに戻るような事はアナタはしないだろう?」
そうしたなら、あれは懲りた、そう言ってリカルドは一頻りわらっていた。
「じゃあ、問題ないな」
話を切り上げた。

ああ、わかった、といったような事を言いながら一旦ドアを抜け出ていき。
戻ってきたときには、クロスと……バケツを手にしていた。
「流石、というべきなのか、おれは?」
「何がだ?」
「ん?アンタのプロ意識に」
「アルトゥロが言ってた。主人不在の家には、万全の体制で臨め、と」
バケツに水を汲んで、家具を濡らしたクロスで拭き始めていた。
「まぁな、おれは唯の間借り人だから」
「シンギン・キャットのメイトだろ?」

クマちゃんらしい言い草だな、と思考を半ば手放してタバコを取り出そうとしていたなら、いきなりきやがった。
かち、とライターが勝手に音だけ手の中でたてた。
よく動く手が、何度もクロスを濡らしていっては家具を拭っていっていた。
「……あぁ、そうらしい」
「新婚にアテられるなよ、と笑ってた」

手を休めることなく、自然な口調で言ってきたのに、こんどは苦笑した。
クマチャンはおれのことを酷く誤解しているらしい、そう弟に言ってみた。
「へえ?どんな風にだ?」
「それは追々、な。」
軽口に答えて、タバコに火を点けた。
「…退屈せずに済みそうだ」
「ああ、そうだ、リカルド。あんたカードは?」
「カード?ああ、ヴェガスにはよく行ったよ」

半身を折ったままで、見上げて笑っていた。
「丁度良い、こんど付き合え。亡霊しか相手がいなかったんだよ、ここじゃあ」
「ふうん?アンタも観るヒトなのか。いいぜ?」
にかり、と笑っていた。
あぁ、そういえばこいつが来てからは。亡霊共の気配が消えている。
「優秀なハウスキ―パが雇えてウレシイよ」
に、と笑い返した。

肩を竦めてから、掃除に戻るのを眼の端に捉えてから。適当に書架から本を抜き出して外へ出た。
きし、と木のポーチが鳴る。
ゆら、と何かの影が。陽炎とは違うカタチに揺れた、おれの目線の先。
ふうん?あそこまで退避しやがったのか。
クマちゃんの弟の効果は絶大だな?

手元の本を見れば。
どうやら専門書らしかった。野生動物の保護とその飼育、とかなんとか。
おい、そこの亡霊、こっちまで戻ってこねぇ?おれはこんな本読みたくネェ。


ハウスキーパが一日目にサーブした昼食は、「チキンライスとサラダだ」だった。
席についてみても。ハウスキーパは立ったまま何やら忙しげだった。
「なぁ、」
「なんだ?」
「デカイのがうろうろしていたら気が散る。あんたも食えばどうだ、」
「…いいのか?」
「なぜ?構わないさ」
「フツウ、こういう時間帯で短時間の場合、休憩すらない場合が多い」

「そういえばウチの連中とは食わないな、」
肩を竦めていた弟を目にとめた。
「だけど、まぁ。いいんじゃないのか?変則で」
「…オレ、アンタが気に入ったよ」
にっこりとわらって、自分の分をよそいに行っていた『弟』に。あっさりと介在を許していたことに今更ながら気がついた。
「おれも、アンタたちは嫌いじゃないよ」
半ばひとり言だった。

食事の間、そして食事の後も。
気詰まりにならない程度に音は部屋のなかに在った。
こういったハウスキーピングの相場はいいところ時給20ドルだ、とか。
雨になったらここら一帯は見所であること。
ヴェガスで「飲んだくれに昇格」した話。
ここらで一番美味いレストランの話、といった何の当り障りもない会話を嫌味にならない程度の軽さとを混ぜながらしていた。

その間にも、家具と床は「キレイ」になっていた。
狭い場所なのに次にきたときあんたは何をするんだ、と問えば。
「次はこれを磨くんだよ」
今日は下準備なんだ、と言いながら。
床を、とん、とクツ先で鳴らし。これもな、と家具を指差していた。
「……眩暈がするな、」
額を抑えていたなら、ハニーワックスヲツカウカラドレモアンゼン、ミガイタラピカピカダ、
音だけが耳に流れ込んできた。
楽しいぞ、コツを覚えれば。そう言ってわらっていた。

「前半は、意味がわからねぇけど。あんたがよく動く男だってことはわかったよ、」
また明後日、そう声がした。
アァ、と答えて手をひら、と振り。扉が閉ざされていた。

エンジン音が響き。
砂を捲き上げる音があとを続き。
ひた、と音が一切なくなった。
窓の外は夕刻近い色をしていた。

他人が介在したのとは奇妙に違う空気が、部屋に残っていた。
それが何かは深く追求しなかった。
ハウスキ―パ、あの弟は。合格、だな?




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