「ただいまあッ!!!」
夜、バイトから帰って、照らされたリヴィング。
ドアを開けて入った途端、家の中が眩しかった。
週に数回しか掃除できないから、どうにもいつも埃っぽかったのが、見事にキレイになってた。
濁った水が澄んだように。
ゾロがソファに寝転がったまま、オレに声をかけてきた。
読んでいる本は、『動物保護運動と国立公園の保護、その歴史と問題点』だ。
…ふうん?ゾロもスキなのかなぁ?
ひとまず、グロサリーストアで購入したものを冷蔵庫に入れて。
ソファに寝そべっているゾロに近づいて、抱きつく。
とん、と音を立てて置いた分厚い本を、ゾロの胸の上から降ろす。
ゾロがひょい、と片眉を跳ね上げて。
オレはにこお、と笑い顔のまま、キスをする。
「ただいま、ゾロ」
「ご無事でなにより、」
さらさら、と髪を指が落としていく。
「うん!無事だよ」
にゃはははは。
「家政夫がきたぞ、」
きゅう、っと抱きついて、ゾロを見上げる。
「いいヒトだったみたいだねえ?」
「アルトゥロの弟だ」
「アルトゥロ???」
に、としたゾロを覗き込む。
誰のことだろう?
「あぁ、アルトゥロ」
「……んんんん????」
ハテ。アルトゥロ。その名前、聞き覚え、ないぞう?
ふい、と唇を啄まれた。
ぱちくり、と瞬くと。
「料理が上手い、よく働く、アニキに似ずまぁ外見は良い」
「…ほえ・・・」
まったく検討が付かない。
「唯一の難点は、男だってことだな」
「…んんんんん?」
ゾロをじい、と覗き込む。
ゾロがこんだけ機嫌がいいんだから。
そうとうイイヒトだよね?
でもって、アニキのことも、お気に入り…それって。
「…リカルド?」
「正解、」
チュ、と口付けをくれた。
「契約成立だ」
「…ほえええ!リカルドかぁ!!ふふふ、嬉しいなあ」
契約が成立ってことは。
「よく知ってるのか?」
また会えるかなぁ?
「あのね?」
ゾロの胸の上に、身体を落ち着ける。
あぁ、ってゾロが穏やかに返事をしてる。
髪が耳元でさらさらと鳴って、思わずうっとりとする。
「オレね、ここのレジデンスでバイトするの、今年で3回目なの」
大学に入ることが決まってから、ここに毎年夏の間だけ、バイトでくるようになった。
項をそっと撫でられて、柔らかく先を促される。
「リトル・ベアは、ずっと師匠と一緒に住んでるんだけど。一度、オトウトさんに会わせてくれるっていって、紹介されたんだ」
あれは最初の夏だったっけ。オレが15の頃。
「リトル・ベアも久し振りに会うって言ってた。リカルドに会う時」
まだ誰とも仲良くなってなかった、最初の夏。
紹介されたリトル・ベアの弟。
印象は、空高く舞うことのできる鳥。
けれど、まだ飛ぶ術を知らなかった。
「ゾロは知ってるっけ?オレが酒に酔わないこと」
すい、ってゾロの目が細くなった。
「あぁ、そう言っていたな、たしか」
うん、とゾロに頷いて。
「リカルドはね、最初に会った時。そりゃあ見事に酔っ払ってたんだよ〜」
どこかからの帰り、大声で歌を歌って、陽気だったなぁ。
どこか、作られた陽気さ、だったけど。
強い男だな、戻ってこられた。
ゾロが独り言のように小さな声で言った。
「リトル・ベアは溜め息を吐いて、カレを寝かしつけに部屋に入って。師匠は、フツウはああなる、って教えてくれた」
火の水、とは誰が名付けたのか。
初めて『酩酊』する感覚に、北アメリカのネイティヴたちは不慣れだった。
「師匠はね、言うんだ」
火の水に宿る精霊たちは凶暴すぎて手懐けられぬ、と。
ゾロがすぅ、と視線を合わせてきて、オレは小さく笑った。
「煙草でトリップするときは、精霊たちは大人しくさせることができるが、火の水のものたちはだめだ、って」
「遺伝的に弱い、とリカルドが言っていた」
雷魚のじじいは別格らしいな、と。付け足して。
「…ネイティヴ・アメリカンズに共通の考え方があってね。それは、徹底した個人主義、なんだ」
なすべきことがあるのなら、ためらわずにやりなさい。
それがオマエに与えられた試練なのだから。
誘惑も、なにもかも。総てにおいて偉大なる霊の意志がある。
その局面で、自分が何をするか、何を考えるか。その都度出す答えが、オマエに新たな試練を与える。
どんな判断をするかは、オマエの自由だ。
ただし。オマエは世界を回す歯車のひとつ。そのことをいつでも覚えておきなさい。
ジャックおじさんの教えを思い出す。
個人主義とはちょっと違うのかな?個人の自由主義、かな?
でもまあ、そういった考えが、根底にあるから。
だから、未成年が酒を呑んでも、法律違反にはなるんだけど、大人たちはほとんど止めない。
…観光関係以外の仕事が見つけにくい場所だから、彼ら自身が依存症である事も多くて。
ゾロが、すこしばかり口の端を吊り上げた。
「最初のあの夏、リカルドと一緒に居たのは、1週間くらいで。だけど、彼はいつもジャック・ダニエルスのボトルを抱えてたっけなぁ」
「気が合うな、」
「んん?…うん」
ゾロの言葉に、にっこりした。
個人主義、でもそれは、甘えにくい環境だってことだ。
"陽気"なオニイチャン、だったリカルドを思い出す。
「去年は会わなかったけど。いっぱい歌を歌ってくれたよ」
…ああ、そういえば、レッチリ。
歌っていたのはリカルドだった。
「―――うた?」
ネィティヴのか、って不思議そうな顔をしたゾロに、首を振った。
「ちがうよ、Red Hot Chili Peppers」
ハハ!!って嬉しそうにゾロが笑った。
そうか、ジョーンが知ってるってことは、ゾロも知ってるってことだもんねえ。
そう思った矢先、ガキのころにおれも好きだったって、ゾロが言った。
「リカルド、まだ歌ってるのかなぁ?彼、元気だった?」
「部屋を見ればわかるだろう?」
そう応えたゾロは、柔らかく笑って。
「…よかったぁ!今度会いたいなぁ…!」
むぎゅ、とゾロに抱きついた。
けれど、ゾロは、どうだろうな?と意地悪そうに言って。
「??リカルド、オレに会いたくないって言ってた…?」
…そうだったら哀しい。
「あンたの留守が退屈だから呼ぶんだしな、そもそも」
「…?」
ゾロの言葉に、一瞬考えを過ぎらせて。
「家主の不在の間に部屋をきれいにするのが礼儀、とか言っていたし、」
「…やっぱり会いたくないかなぁ?」
「さあ?元気か、くらいは言っていたかもしれない。」
「そっか」
ぎゅう、とゾロの胸に鼻先を埋めた。
「しかし、連中は」
からかい混じりの声に気付いて、顔を上げた。
「うん?」
「相当に歌いネコが気に入っているな?」
「…そうなのかな?」
…そういえば、意地悪されたことってないなあ。
「あァ。まるっきりおれが面接されているみたいな有り様だぜ、きょうも」
ゾロの言葉に、くすん、と笑った。
「イキナリ、"シンギン・キャットのメイトか、"ときやがった」
「…うあ!!リカルドが!?」
「ほかに誰がいるよ、」
いや、他にいないのは知ってるけどサ?
「…うわあ!そっかぁ…」
うひゃあ、照れちゃうぞ!
ぐりぐり、とゾロの胸に鼻先を擦りつけた。
「で、ゾロはなんて応えたの…?」
「―――ン?」
くしゃんくしゃんにゾロに髪を乱されて笑った。
「リカルドに。なんて応えたの?」
「ありのまま、だよ。"そうらしい"」
…うわあ。
…うわああああ。
…なんでこんなに照れちゃうんだろう?
うううんん、嬉しくて仕方が無いぞ?
どうしよう?うわああ。
身体が浮いちゃってないかなぁ?
すい、とゾロが首を傾けた。
「サンジ?息はしろよ?」
に、と笑って。キスがきた。
「ゾロ、ねええゾロ?」
きゅう、ってゾロのシャツを掴んだ。
「オナカ、空いた?」
ん、と訊き返したゾロに、訊いた。
「あぁ」
「…すぐにゴハン食べよう」
ううん、オレ、すっごいゾロが欲しいんだけど。
それはモウチョットだけガマン、かな?
…にゃあ。
どうしよう?昨日もしたのに?
っていうか、ずっとしっぱなし?
ううん、おかしいなあ。
おかしいよねえ?
す、とゾロの眉が片方跳ね上がったのを見て。
今朝、頭を過ぎった質問を思い出した。
「質問、してもイイ?」
「ドウゾ、」
すく、と身体を起こして、居住まいを正した。
ゾロの目が笑ってた。
「オレって、過敏症?」
ゾロも身体を起こした。
「オレって、感じすぎてるの?」
じぃ、とゾロの目を覗きこむ。
く、と僅かに首を傾けたゾロに、昨日ルイスに聞いた話をした。
「ゾロは、ガマンできるヒトだけど…オレってば…気を失うまでしちゃうでしょ?」
オレってば、ちょっとヘン?
同じ様に首を傾けて、ゾロの目を覗きこんだ。
ゾロが、とても端整な微笑を。
ゆっくりと、浮べた。
「オレ、一晩に、片手じゃ足りないくらい、…じゃない?」
おれがオマエに限度がないんだよ。
ゾロが優しく言葉を紡いだ。
「ん、でもね?よくよく考えてみたんだけど」
オレと関係を持ったオンナノコたちとの時間。
仕事しながら思い出してた。
「あァ、オマエのくだらない頭は今度はなにを思いついたんだよ」
柔らかな口調は変わらずに優しい。
「オレ、…ゾロにだけ、なんだ。こんなにキリがなく、蕩けるの」
何度でも到達できる。
快楽の果て。
蜜壷の底。
蕩けきって、容をなくしてしまうまで。
じ、と笑いを含んだ眼のままで、覗き込まれた。
……オレ、もしかして。
またすっごいこと言っちゃった…???
「Darling, do you get me under your skin?」
歌うように、からかう声、音に乗る。
ふ、と唇に口付けられた。
羽根が触れたみたいに、軽く。
"オマエはおれを捕えて、離さないつもりか?"
オレはくすんと笑った。
モチロン、答えはこう続く。
「…I'd sacrifice anything, come what might, for the sake of having you near」
…オレは、アナタの側にいるためになら、何だって差し出すよ。アナタの腕の中にいるために。
歌の続きを、歌ってみた。
スタンダード・ナンヴァ。
甘い歌声。空気が柔らかく蕩ける。
ゾロの手が伸びて、するり、とTシャツを脱がされた。
「ゾロ、サパーは?」
お腹、空いてるって言わなかったっけ?
Tシャツを脱がされるだけで、皮膚の温度が上がる。
可笑しいね、フツウは下がるはずなのに。
背の中心、大きな掌を感じた。
そのままゆっくりと、ソファに倒される。まるで、縫いとめられるように。
とくり、と心臓が甘く跳ね始める中、じぃ、っとゾロの緑の眼を見つめる。
蕩け始めた視界。
「熔けろよ、いくらでも。それがおれの望みだから、」
「…じゃあ、もう一つ、答えて…?」
間近で囁かれて、産毛がソワっと浮き上がった。
ちら、と笑みがゾロの眼を掠めていく。
「…ゾロが、あんまりサパーを食べないのって…オレを喰うため…?」
く、と。押し殺した笑い声、ゾロの喉の奥で響いた。
…んん、これも訊いたらマズかった…?
ぐしゃんぐしゃんに髪の毛を引っ掻き回された。
ゾロは、それは嬉しそうに笑ってた。
「…ゾロ…?」
「サンジ、」
ゾロの目尻に、きらりと光るものを見つけた。
ゾロはケラケラと笑っていて。どうやらもんのすごく笑っているみたいだ。
「?」
…マズかったかにゃあ?
「この…、バカネコ…!」
くっくと笑い続けるゾロが言う。
「…訊いちゃだめだった?」
ううん…レンアイってムツカシイ。
ゾロは、は、と笑いを飲み込んで。
それでも楽しそうなグリーン・アイズがオレを見下ろす。
「…ゾロ???」
「オマエのことをどうにかなりそうなくらい、アイシテルヨ、おれは」
うんん?でも答えは…???
くく、とまたゾロが笑って。
頭を抱きしめられた。
…ゾロの体温、随分と暖かい。笑ったからかなぁ?
「おれはあんまり、モノを食わないんだよ」
そう答えが帰ってきて。とん、と頭の上、顎が乗せられたのを知る。
髪にキスされて、偏食だな、って言っていた。
「そうなんだ」
「オマエに関して、」
…にゃあ。
柔らかい声、低く響く。
…とてもスキな声。
ふわふわ、幸せになる。
ぺろり、とゾロの喉元を舐めてみた。
…オレも、ゾロに食べられるの、スキ。
ゾロが小さく笑ったから、もう一度舐め上げてみた。
でもね?オレも、こうやってゾロの味見をするの、スキなんだよ?
くう、とゾロが抱きしめてくれた。
にゃはは。なんだかシアワセな気分で、ゾロを抱きしめ返す。
お腹空いてたのが、どっかに消えてって。
ゾロにもっと触って欲しくて、手を伸ばす。
「…ゴハンの前に、…タベテ?」
「最初から、そのツモリだよ。バカネコ、」
ちょっとだけ、噛み付くみたいなキス。
んん、食べられてるね、オレ。
ふにゃあ、と笑って、ゾロのシャツをデニムから引き出しにかかった。
アナタの奥で、溶け合ってしまえるくらいに。
抱き合おうね?
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