ソーセージとスクランブル・エッグとトスド・サラダを食べた後。
コーヒーを飲みながら、二人で並んでソファに座る。
外は随分と気温が上がってるみたいで。洗濯機回さなきゃ、と考えが飛ぶ。
…そういえば、シーツ、どうしてるのかなぁ?
いつも…ドロドロだよねえ?
「ねえ、ゾロ?」
なんだ、と目線が振向いた。
「シーツ、洗濯しようと思うんだけど…溜めてるよね?」
[―――ア?捨ててる」
あっさりと返事が返ってきて。
…どおりで最近、ゴミ出す時、随分と重くて嵩張ってると思った。
「そろそろストックがないな、そういえば。買い足せよ」
「…うあ。捨ててるのか…」
ナンデ?ってゾロの眼が訊いてくる。
口より雄弁だぞ、ゾロ?
「今日、天気いいから。洗濯物、しちゃおうと思って」
飲み終わったカップをテーブルに置いて。
ゆっくりと立ち上がる。
「師匠のとこに行くなら、さっさとやっちゃわないとね」
そうだ。師匠のトコに行くんだった。
「もう捨てたぞ?」
「洗濯物、シーツだけじゃないでショ?」
きょとん、とした表情のゾロに笑いかけて。
お風呂場に向かう。
沢山のタオルやら下着やらTシャツやらをドラムに突っ込んで。
洗濯粉を入れて、ソフナー投入。
ボタン一つで回り始めたのを確認して、それからキッチンで皿洗いを始める。
どうやらゾロはポーチに行って、コーヒーを飲んでるみたいだ。
…ほんとにあのロッキング・チェア、お気に入りだなあ!
皿洗いを終えて、ベッドルームに戻ってベッド・メイキングをして。
メールをチェックして、カンタンにリプライを入れたところで、洗濯の終了時間。
洗濯物を畳んで叩いてからバスケットに入れて。濡らした雑巾と洗濯バサミの袋を持って外に出る。
出て行きざま、ゾロを見ると。
なにやら興味深げに砂の向こう側を見ていた。
「…ヘビかなにかいた?」
声をかけてみた。
「いや、亡霊」
「んん?」
すい、と指差した場所を見た。とても遠いところ。
「あの辺りと、その少し後ろと。いやがるな、」
「アレは騎兵隊だねぇ…」
「さっきまで、すぐ近くにいた」
「へぇ?」
に、としたゾロに、目線を当てた。
「こんど、あいつらを集めて、何とか言う遊びがあっただろう、」
「…んん?」
ナントカという遊び?
なんだろう?
ゾロは、アレでもやらせるか、と意地悪気に笑っていたけれど。
大体いつも一人で遊んでたオレとしては、なんの遊びだか、ちっとも検討がつかない。
「オニにできるだけ近づいて、振り向いたなら走って逃げる、」
ランドリーロープを拭いてから、洗濯物を干していく。
「それって何歳くらいまでの遊び?」
手は休めないで、ゾロに訊く。
「さあな?随分とガキの頃に、家の連中にやらせていたンだ」
「ふうん?」
それじゃあチットモ答えがでないねえ。
「6−7歳か?多分その辺りだろう」
「オレはその頃は、スキーかスノーボードか、山で狼とエマと遊んでたか。それ以外の遊びは知らないよ?」
結構数のある洗濯物を干し終えて。
バスケットに余った洗濯バサミの袋を放り込んで、ゾロの側に戻る。
「おれも他のガキと遊んだ記憶は無いな」
ふぅん?意外な共通点だねぇ。ふにゃあ、と笑ったオレに、オカエリ、とゾロが言った。
タダイマ、と答えて、軽いキスをして。
もうすぐ出るのか、と言ったゾロに、うん、って頷いた。
「早めに行って、早く帰ってこよう?」
「なぜ?ゆっくりしろよどうせなら」
「洗濯物、出しっぱなしにしといたら、砂塗れになっちゃうもん」
立ち上がってるゾロに笑いかける。
ふふふ、ホントに家事ってしないんだねえ、アナタは。
「もう出かけられるよ?」
「じゃあ、すぐ、だな」
「オッケイ。じゃあ、日焼け止め、塗ったら行こうね」
車に向かってるゾロに言った。
「カギ、もしかしてもう持ってるの?」
あぁ、って言ったゾロ、ひらんと手を振っていた。
「うっわぁ!早いなあ!!!」
クスクスと笑いながら、一度家に入る。
バスケットをお風呂場に持って行って、ついでに日焼け止めを塗って。
サイフと携帯電話をポケットに放り込んで、帽子を掴んで家を出た。
カギを閉めて、車に乗り込む。
「お待たせ!」
「さっさと仕入れに行こうな」
ゾロが笑って言って。ガン、とアクセルを踏み込んだ。
ギャルル、とタイヤが鳴って、ダッシュスタート。
カーラジオからは、陽気なスタンダード・ナンヴァが流れてた。
"Come Fly With Me"
エンジンをスタートさせたなら、いきなりかかってきた。「Come Fly With Me」
無意識に聞き慣れた旋律を小声でなぞっていた。
僕と飛ぼう、飛んで、遠くへ飛んでいこう、
空に着けば僕は君を抱き寄せるから
星みたいに煌めく瞳、天使も僕らが一緒だと微笑んでる
僕たちは空を滑っていく、君が少しでも喋れば、鳥たちもかなわない、
僕と飛ぼう、飛んで、遠くへ飛んでいこう
そんな陽気な歌詞をソラで辿り、スピードを上げた。どこかのステーションにあわせてあるのか気負いの無い
スタンダードナンヴァ―ばかりがかかり。
となりでにこにこと嬉しそうにしているのを放っておいて、口ずさんでいた。すぐに窓の外に街並みが現れて、
サンジをじーさんの店まで酒を買いに行かせた。
暑かろうがナンだろうが、おれはしばらくこの町で買い物はイヤだ、そう冗談半分に告げてパーキングでタバコを
吸いかけたなら。
「彼女たち、あの日だけが特別だよ、って言ってた。きっと今行っても、なにも起こらないよ?」
そう笑って言い残すと、買い物に行った。
―――なにも起こらない、ということと。
それと幾つもの目線に曝される事は、それが好意をいくら含んでいようと、だ、大違いだと思うが。
おれは、気分が悪いからいやなんだ、と。おそらく気にもしないだろう後姿にむかってひとりごちた。
タバコを3本ばかり吸い終える頃、確かに両手で紙袋を抱えてサンジが戻ってきソレを引き取ってから、ゴクロウサマ、と告げ。
「これでじーさんが少しは鈍くなるか?」
「ううん、スピリタスを1本入れてみたけどねえ?」
けろ、と笑っていた。
動きが鈍れば上等なんだ、と返してからまたクルマをスタートさせ。
連中の家に行くのは三度目か、とふと思った。
せいぜい、じじいとクマチャンに小言なり何なり言われるんだろうが、知るかよ。
視線を横にずらして、まだまだ上機嫌なサンジを目にする。
リトルベアにはコーヒー豆を買ったんだよ、とわらっていた。
ふわふわと微笑んでこっちを見てくる。
さらり、と頬に指先を滑らせてから意識を道に戻した。
それから30分程度で、見慣れた家がカタチになってきた。
さて、と。
アルトゥロにまず礼か?
「サンジ、悪い。ドア開けてくれ」
両腕が塞がったのでそう言ったなら、サンジがドアをノックする前にクマちゃんが扉を開けた。
相変わらず、ドアを開けるのがスキダナ、クマちゃん、そんなことを言って中へと入った。おれの後ろでは、
弟子同士がきちんと挨拶を交わしていた。
「こんにちは、リトル・ベア」
「今日当たり来ると思ってたよ」
「サイン、ありました?」
「ああ」
ご大層なこったな。
部屋を見回した。んー――?
「クマちゃん、じじいはいねェのか?」
「もうすぐ帰ってこられるだろう」
「また山へ行ったのかよ、少しは大人しくできねぇのか、あの年寄りは」
そんなに会いたかったか?と返された。
フン、さっそくクマチャンジョーク炸裂だな。
笑うリトル・ベアと一緒になって、サンジも笑い声をあげていた。
どさ、と大概重い荷物をテーブルに降ろして、クマチャンに向き直った。
クマちゃんは、親熊よろしく笑うサンジに目を細めてみていた。
この間、クマチャンが眼にしたときはたしかに泣き顔ばかりだったか。
「なぁ、そこの親熊」
もしもーし、と声をかけた。
「何だ仔犬?」
「礼を言う、ありがとう。あんたの弟は悪くないな」
―――おい、待て。
おれは4歳違いの親を持った覚えはねぇぞ。
穏かな眼差しが向けられた。そして、それはよかった、とリトル・ベアはにこやかに言っていた。
「紹介者に礼を尽くしに来たンだぜ?」
「そうか」
「あァ」
「それならば、昼をご馳走しよう」
「それはアリガタイ、」
「手伝い、いりますか?」
クマチャンが笑い。
サンジが言葉を口にし。
いいや、寛いでいてくれ、そう返したとき。
おれはふい、と窓の外を見て、見つけた。
じじいの例の杖だかパイプだかの端。
おい、じじい、あんた何してやがるンだよ?
隠れてるつもりか?!あんたはそれでもシャーマンなのかよ、ったく。
おれが呆れ果てている間に、弟子連中は仲良くキッチンへ行っちまっていた。
おー、ありがとうよ。おれは見事にムシカヨ。
かるく苦笑が零れていった。まぁ、いい。気配を殺して、扉へと向った。
音を立てずに扉を開ける。
ここからだと反対側の壁際だな、あの窓は。
さく、と足下。乾いて固まった砂が微かな音をたてた。
「わしを謀ろうとはな、オノレの分を知れおまえは!」
声が先に届いた。
コンマ5秒程度遅れて、あー、クソウ。
じじいめが、そっくり返って家の反対側からやってきた。
「よー、じじい。死んでねェのか」
「愚か者めが」
ごつ、とパイプの先で鳩尾を突くんじゃねえよ、あんたは!
「アタマの上に吐くぞ、てめえ」
やたらとでかい笑い声がした。耳が痛ぇぞ、おい。
「老後の趣味は覗きかよ、ご大層だなあんたも大概」
さっさと家の中に向うじじいの背中に声をかけたなら。
チクショウ、じじい。
今度は例のパイプでヒトの向う脛ぶん殴りやがった。
「襲撃は常に同じと思うな、愚か者」
げらげらとうれしそうだな、おい。
思わず痛みに顔を顰めたおれに言ってキヤガッタ。
てめえ、覚えてろよ?ぜったい飲み潰させてやる。
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