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 「帰ったぞ!!」
 じーさんが大音声で言いやがり。
 サンジがキッチンから顔を出した。
 オカエリナサイ、と笑っていた。
 
 じじいがイキナリおれを振り返ると、にやり、とどうみても「正直じーさん」には見えねェ笑みを浮かべやがった。
 「孫娘を嫁がせた気分だぞ」
 さっそく、嫌味その1か。
 「へえ?あれ、あんたの孫ムスメだったのかよ」
 話題の当人は暢気に「もうすぐお昼だからね、」と言い残してまた引っ込んだ。
 「む。最初は孫息子と思っていたがの」
 ああ、その2だな。
 
 けれど、その割には穏かな風情だ。
 ゆっくりとした足取りで、雷魚のじーさんは食卓に落ち着いた。
 キッチンからは肉の焼ける匂いが届いていたから、そろそろ昼食か。
 そして、じじいが。置かれたままだった紙袋に気付いた。
 「ああ、じーさん。ソレ、おれから」
 ほお、火の水か。そう言っていた。
 「ああ、あんた達には結局なにかと世話になっているから、ほんの礼代わりだよ」
 
 「オオカミ、オマエは」
 じじいがおれを哀れむような目でみやがった。―――なんだ?
 「礼を尽くす言葉を並べれば並べるほど、不実な気が届くの。」
 うるせえよ、じじい。放っときやがれ。
 笑った。
 あとでツブシテヤル、そう言ってわらったなら。
 じじいまで突然上機嫌に笑い始めた。
 ひょこ、と皿を手に顔を出したサンジが、目を見開いて。やっぱり仲が良いねぇ、と言っていた。
 「よくねェよ」
 「いいよ〜」
 クマチャンが焼けた肉の乗った大皿を持ってやってきた。
 微笑んで食卓に皿を並べていっているサンジに、もう一度否定した。
 
 「シンギン・キャット、」
 んー――?じじいの声がした。これは、この口調は。
 「なんですか、師匠?」
 何か企んでいやがる声だぞ?だから、なのに素直に何でオマエは答えるんだよ、サンジ。
 
 止めるかと思ったクマチャンはキッチンへ戻った。パンや何かを取りに行ったな、クソ。
 「新床の首尾は上々であったか」
 「新床?…ああ、ええと…ええと…」
 キッチンへ行きかけたおれも、ギリギリでじじいの声を拾った。
 無視だ、無視。おれはキッチンへ行くぞ、バカくせえ。
 
 
 
 新床。
 それって、新婚初夜の、…ことだよねぇ。師匠、…なんでそんな心配を?
 思わず赤くなって、師匠を見詰めた。
 
 ああ、アニキの声が聴こえそうな気がする。
 『サンジ、オマエは素直だねぇ』
 師匠はとても真面目な面持でオレを見ていた。目許は、柔らかな笑みを湛えていたけれど。
 もじもじ、と指先を合わせる。
 ううん、なんて応えたらいいのかなぁ…?
 「あの…師匠?」
 
 まだ意味がわからぬのか、っていう言葉に、慌てて首を横に振る。
 「そうじゃなくて…ええとね?」
 なんだか大きな声で告げるのは恥ずかしいから。師匠の耳元に口を寄せて言ってみた。
 「今日までずっと…意識が無くなるまで…なんですけど」
 ごにょごにょ、と告げる。
 やっぱり変ですか?とこの際だから訊いてみた。
 
 師匠がオレを、じぃ、と見詰めてきた。
 …あの…やっぱり…ヘン?
 「ブリーズ・イン・ザ・メドゥも、」
 ジャックおじさん?
 おじさんがどうかしたのだろうか?
 「斯様な歌を、おまえが歌うとは思ってもみなんだろうにな」
 師匠が、わははははは、と大声で笑い出して。
 背中をぽんぽん、と叩かれた。
 
 …それって…それって…ああ、もぅ〜…!!!
 勝手に顔に血が昇っていって。
 カッカッと音がしそうに体温が上がる。
 「…ししょおッ…!」
 「なるほど、オマエはネコであったな。9命を生きるというぞ、それもよかろう」
 はははははは、と追い討ちされる。
 
 ナイン・ライヴス。ヨーロッパの迷信。
 オレはホワイトマンのインディアン、"シンギン・キャット"だから。
 「…オレは頑張ります、師匠!」
 もしかしたら、あるかもしれないネ。
 「オオカミを喰い尽くすでないぞ、」
 「喰い尽くす、ですか?」
 キッチンまで届きそうな大笑いで師匠が笑う。
 ううん…どちらかというと、カウント的にはオレの方が食い尽くされちゃいそうなんだけどなぁ?
 あ、でもゾロには過去があるか。
 ううん…どうなんだろうねえ??
 
 ゾロがソーダブレッドの皿を持って、キッチンから出てきた。
 オレはきっとまだ赤い顔を、ゾロに向けた。
 「賑やかだな」
 苦笑いを浮べて、ゾロが言った。
 んん…やっぱりオレの方が、先に喰い尽されちゃうカナ?
 
 「オオカミ。ネコの歌が気に入りのようだな」
 師匠ってバ!うわあ、何を言って…!!
 ゾロがすぅ、と口の端を片方、引き上げた。
 「あァ。悪いが、聴き飽きねぇな」
 …ぞろ…!!!
 あああああ、顔が赤くなっちゃうよ〜!
 オレは…オレは…照れるよぉッ!!!
 
 ハタハタハタ、と手で顔に風を送って、少しでも上がっちゃった熱を下げようとムダな努力をしていたら。
 きらん、と光る師匠の目に気付いた。
 ……何を考えてるんだろう?
 ああ、もー…アツイよ…ッ。
 
 「リトル・ベア!」
 師匠の呼ぶ声に、兄弟子がひょい、とキッチンから顔を覗かせた。
 「なんですか?」
 「おまえも聞いておったか」
 「…師匠も人が悪い」
 リトル・ベアがくっくと笑っていた。
 「訊くにしたって、訊き方ってモンがあるでしょうが」
 「オオカミは、わしらの弟子を食い尽くそうとしておる、」
 「ショウガナイ。喰われたいと望んでいるのはシンギン・キャット自身なんですから」
 
 骨まで喰うって言ったろうが。
 どこかからかい混じりにゾロが言っていた。
 「まぁ、オレは先に報告いただきましたけど」
 師匠がフン、と鼻を鳴らした。
 
 え?…先に報告?
 先ほどのリトル・ベアの言葉を思い出す。
 満たされてるか?と、たったヒトコト。
 ハイ、っておれは答えたけど…ああ、それってそういう意味だったの…???
 うあああ、全然気付かなかったよぉ…!
 うわあああああ!
 
 ゾロはさっさとテーブルに座っていたけれど。
 オレはいますぐ、床にしゃがみ込みたいくらいだった。
 「ならば、なおさら。」
 ああ、なんでこんなに恥ずかしいんだろう?
 にやっとした師匠の顔。
 …まだなにかあるの…?
 「後ほど"シーヴァ"を出してやれ」
 「…アレ、ですか」
 
 リトル・ベアが苦笑を刻んだ。
 …シーヴァ?
 なんだろう…?
 「ふさわしかろう?」
 オレがハテナを頭中に飛ばしてる間も、ゾロは「はやく食おうぜ」って言っていた。
 「そうですね」
 …相応しいもの…?
 
 「それは後で調合しますから。師匠、お昼にしましょう」
 兄弟子がゾロを示した。
 「狼は、待て、をしないですから」
 「む。」
 にっこりと笑ったリトル・ベア。
 師匠は頷いていて。
 「シンギン・キャット、おまえも早くテーブルに」
 促されて、ハイ、と頷いた。
 
 シーヴァの謎、ひとまずランチの後まで、お預け、ってことみたいだ。
 
 
 
 ランチは豪勢だった。
 ビーフの分厚いステーキに。湯がいたジャガイモ、ニンジン、豆が数種類にキャベツ。
 ソーダブレッドは、なんとリトル・ベアが焼いたものらしい。
 …すごい人だなあ、と改めて思った。
 けれど、ほんとうはバッファローを食わせたかった、と言っていた。
 生憎、いい肉が入らなかったらしい。
 ポウニィズのジャックおじさんに聴いた、草原を走る巨大なバッファローの群れをハントするスキディたちの話。
 それを唐突に思い出した。
 
 ゾロは横で、師匠になんやかんや言いながら、出された量をぺろりと平らげていた。
 …ゾロは、朝少なめ、昼大量、夜少なめ、という食生活のパターンらしい、ということに最近気付いた。
 オレは自分で作るからか、三食しっかりと食べるけど。
 …ああ、そういえば、最近は…。
 思い出しかけて、慌てて首を振った。
 ふー、思い出したらヤバいもん。
 時と場所は考えなきゃ、だね。
 
 ゾロがちら、とオレの方を見た。
 オレはどんな顔をしていいのか解らず。
 ほにゃあ、と照れ笑いに苦笑を混ぜたような顔をしてしまった。
 「どうした?」
 声が届いた。
 いきなり何してる、と言葉が続けられて。
 声が優しかった…ほんの僅か。
 ……気付かれちゃったかナ?
 
 「食事のパターンを考えてただけ。ナンデモナイよ」
 …というか、なんでもないうちに、思考を切り離しただけなんだよぅ。
 ああ…なんか。
 お酒飲みたくなってきちゃった。
 …そういえば、師匠にしこたま買って来たっけ。
 
 ふうん、と優しげな笑みを一瞬過ぎらせてから、師匠に視線を戻したゾロ。
 …にゃあ……あ、ダメダメ。はい、思考カット。切断。強制終了。ジ・エンド。
 あああ、ドツボに嵌りそうな気分って、こういうことをいうのかにゃあ…。
 
 「ああ、そうだ。じじい、"シーヴァ"って何だよ?あんたがさっき言ってた」
 ゾロの言葉が耳に届いた。
 うんうん、そうだ。オレは知りたいぞ?
 ネコのエサじゃあるまいし。そう続けたゾロの言葉に笑った。
 犬ならペディグリーチャムだったのかな?
 
 「ネコの餌だと?」
 ほぉ、って顔をした師匠に、リトル・ベアが言う。
 「テレビのコマーシャルでもやってるでしょう。あれですよ」
 「わしは見ん」
 威張ってる師匠に。そうですか、ならそういうことにしておきましょう。そう兄弟子が笑って、立ち上がった。
 どうやら皿を洗いにいくらしい。
 …あ、オレ、手伝いに行かなきゃ。
 立ち上がる瞬間、ガタリ、と椅子が鳴った。
 
 ゾロは、師匠とまだ何かを話していた。
 テーブルの上の空の皿を一まとめにしながら。
 ゾロが、西部劇でも見てるんじゃねえの、って言うのを聴いていた。
 ごつ、といい音が響いた。どうやら、また師匠のゲンコツが落ちたらしい。
 
 キッチンに戻ると、リトル・ベアが余った食べ物をしまっていた。
 「皿は流しに入れておいていい」
 「え、でも」
 「たまには狼にやらせろ。狼たちの行動は、分担作業が当たり前だろう?」
 …野生の狼の群れの行動。確かに子育ては、オスも参加するし、狩は群れ全体で行うけど…。
 「師匠の酒の相手でもしてやってくれ」
 オレは飲まないから、師匠も寂しいだろう。だからたまにはな。
 そう言われてくすんと笑うと。
 「クマチャン、じじいがグラス寄越せ、って言ってやがるぜ」
 そう言いながらキッチンに入ってきた。
 そしてそのままさっさと抜けていった。
 
 「…しょうがない狼だな、アレは」
 「おまえは子供の使い以下だな!!!!」
 リトル・ベアが苦笑を刻んでいたら、師匠の呆れ果てたような大声がここまで響いてきた。
 オレは勝手知ったる、でグラスを3つ取り出す。
 「言ってきてやっただけ感謝しやがれじじい」
 氷とソーダもいるかな?と思っていたら、平然としたゾロの声。
 ふふふ、ほんと、仲良いなあ。
 ふわん、ととても嬉しくなる。
 やっぱり、オレのスキな人が、オレのダイスキな人と気が合ってくれると。
 スキがもっとイッパイになる気がするし。
 うん、やっぱり嬉しいなぁ。
 
 グラスとソーダのボトルとアイスペールを持つと。リトル・ベアが扉を開けてくれた。
 彼の片手には、ナッツの入ったボウルがあって。一緒にダイニングの大きなテーブルに戻る。
 「師匠はシンギン・キャットと飲み始めててください」
 リトル・ベアがそう言って。
 次に、ン?って顔をしたゾロに、キッチンに来るよう顎で示した。
 「この間の分、皿洗いでカンベンしてやる」
 に、と笑ったリトル・ベア。
 
 …この間、って…あ。この間、か。
 思考が、この間ゾロを一生懸命口説いていたことを思い出しかけた時。
 ひら、と手を上向けてイヤダと言ったゾロを。あろうことかリトル・ベアはひょいと肩に抱えあげて。
 「借りっ放しは心苦しかろう?なになに、利子まではとらんよ」
 「はァ?!てめえクマッ!!」
 笑ってリトル・ベア、そんなことを言ってた。
 「気を付けないと頭打つぞ」
 リトル・ベアの手がひらり、と動いて。
 そうじゃねえ、降ろしやがれ!と大声で言うゾロと一緒にキッチンに消えていった。
 
 オレは二人して残された師匠と目を合わせる。
 「むう、」
 「……師匠、飲みますか」
 苦笑してる師匠に、数本のボトルの入った紙袋を示した。
 あ、しまった。スピリタス、冷凍庫に入れておけばよかった…そしたら今ごろ、飲み頃だったのに…。
 「師匠、今日はどれからいきます?」
 
 
 
 
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