師匠と話しをするのは好きだ。
酔っ払っている時には、なお更。
だから、いつのまにか、持ってきたボトルを全部空けきっていた頃には、夕方になっていた。
ゾロが、目だけで時間を知らせる。
ああ、そうか。そういえば洗濯物を出しっぱなしだったっけ?

ゾロが、低く僅かな声で、ツブレタみたいか、と訊いてきた。
師匠はどうやら眠りに捕まったようで。グラグラと頭を揺らしながら、寝かかっていた。
一度様子を見にきたリトル・ベアは、帰り際に声をかけろ、と言ったきり、また奥の作業部屋へと戻ってしまっていた。
「うん、師匠、寝かさないとね?」
そう声を落として答えたオレに、ゾロはにやっと笑みを浮べて。
そして静かに静かにイスから立ち上がって、奥の部屋へと行っていた。
…ゾロ、なにを思いついたんだろう???

酒精は本当に手懐けられない。
彼らはタバコが齎す酩酊より、凶暴で。
精霊とコンタクトをとる前に、眠気を齎す。
オレには、昔からどういうわけだか、利かないのだけれど。
それでも、アルコールを飲んだ後は喉が渇く。

水でも貰おうかな、と立ち上がったところで、ゾロが戻ってきた。
手に、バックスキンに包まれた何かを握っていた。
…リトル・ベアから貰ったものみたいだから、シーヴァ、なのかな?
…なんなんだろう?ネコのエサ???
ゾロが通り過ぎざま、頬に口付けを落としていった。
さらりとした感触に、とろりと意識が緩む。

帰ろうか、って声をかけようとゾロに向き直ると。
ゾロは師匠の後ろに回っていた。
…ベッドに運ぶのかなあ?とか思っていたら。
「じゃあな、帰る!!!」
真後ろから大声で言っていた。
師匠はびくん、と跳ね起きて。いつもの勢いで反応しようとして、けれど身体が付いていかず。
すこーん、と音を立てて、ほぼそのままの姿勢でイスから落ちていた。

「…だ、大丈夫ですかッ!?」
慌てて声をかけるオレ。
その声を覆い被せるように、ゾロがゲラゲラと笑っていた。
大喜びしている。すっごい、満面の笑みを浮べて。
「ほらほらあぶねぇなー」
そう言いながら、師匠の頭をぐりぐり上から押し付けて、撫でていた。
「…あああ、ゾロってば…!」
「オオカミめがたばかりおったな!」
それでも柔らかなゾロの目線。
師匠は声だけは元気だった。
「おねむじゃねぇのかよ」
そう告げながらも、くっくっく、とまだ揺れ続ける肩。

ゾロと師匠の側に寄ると、師匠はゾロの手首の筋を押さえて、捻り上げていた。
「ってぇ!」
音に気付いたのか、リトル・ベアが顔を覗かせて。
「…なにやってるんだか…」
二人を見て、溜め息を吐いていた。

「年寄りを大事にせんか!」
「てめえのどこが年寄りだよッ」
ああ、なんか…こういうノリってなんていうんだっけ?
ツーカー?
ほんと、なんだか仲がいいねえ…でも、引き上げようとしないっていうのはなんなんだろう?
ゾロと師匠の関係は、謎だ。

ゾロは、いてぇって、放せくそ呪い師、と言っていた。
リトル・ベアは首を横に振って。
「…まったく、何をしてるんだか」
独り言のように呟いて。ひょい、と二人の襟首を掴んで、べり、と引き剥がしていた。
「ほら、シンギン・キャット。固まってないで狼を連れて帰りなさい」
「あ、はい」

トン、とゾロを腕の中に押し込まれた。
「よお、クマチャン。ひとまず気は晴れたぜ」
「そうか。手加減して貰えたようで、なによりだ」
にや、と笑ったゾロに、苦笑を返した兄弟子。
そして師匠に向き直って。
「グレート・サンダー・フィッシュ。少しはご自分の年齢も考えてください」
半眼のままの師匠に言っていた。
「オオカミなどに負けておられぬわ」
「なにもそんな対抗意識を燃やす事も…」

ううん…師匠、やっぱりゾロを気に入ってるよねえ?
ゾロは、いつでも勝負してやる、とまだまだゴキゲンな様子で言っていた。
ゾロも師匠が気に入ってるよねえ?
うん…謎だ。

そしてゾロは。オレにくるりと向き直ってにこりと笑い。
「かえるか?」
笑って頷く。うん、帰ろう。
そろそろ夕方だし。太陽が沈むには、まだ時間があるけれど。
洗濯物はいい加減乾いて。さらさらと僅かな砂埃を帯びているころかもしれない。

「狼」
リトル・ベアがゾロを呼び止めた。
「ん、」
「ボナペティ」
にっこり、と笑顔。
うん?"召し上がれ"って、どういうこと???
ネコの餌でしょ?…ううん???
ゾロは出口に向かいざま、振り返って。に、と牙を見せて笑った。
「イタダキマス。」
「んんん???」

リトル・ベアに目を向けると。
「また会おう、シンギン・キャット」
にこり、と笑顔を向けられた。
「あ、はい。それではまたきます」
ぺこり、と頭を下げた。
「師匠も!お大事に!!!」
お尻、痣になってないといいですねえ!

ゾロは手をひらっとして、さっさと外に歩いていってた。
「シンギン・キャット」
「ハイ?」
「喉を大事にな」
背筋を伸ばして、師匠に向きなおったら。
にかり、とされてしまった。
「…師匠…」
ええと…ここはアリガトウって言うべきだよねえ?
でも、なんかチガウって感じるのはなんでなんだろう?

「また置いていかれるぞ、早く行け」
「あ、はい」
促されて、外に出た。
車のエンジンは既にスタートしていて。
ゾロが早く来い、と視線を送ってきていた。
「ありがとうございましたッ」
二人に礼を述べてから、車に乗り込んだ。
リトル・ベアはさっさと奥に戻っていっていて。
師匠もす、と奥に消えていったのが見えた。

運転席に座るゾロに視線を移す。
「楽しかったね」
肩を竦めたゾロは。
「有意義だったな」
そうからかい混じりの声で答えてきた。

にゃは、と笑って、ゾロの目を見上げる。
「師匠にいいこと聴いたんだ」
だから、早く家に帰ろう?
なにを、とゾロが言いながら、アクセルを踏んだ。
「あのね、今夜。流星群が降るんだって」

満天の星に煌く、砂漠の何にも遮られない夜空を思う。
どんなにキレイだろう?
ゾロがちらりとオレを見て、片方の眉を引き上げた。
時間帯は、偉大なるティラワ(太陽)が大地に抱かれる頃、と言っていた。
ふんわりと笑みを浮べたオレに、ここの帰りには"星見"がよく付いてくるな、と言っていた。
ふふふ、そうなのかなぁ?…ああ、そうかもしれないね?

「楽しみだね。きっとキレイだよ?」
砂漠に寝転がって、アナタと二人きり。
世界に包まれる幸福。
前にもゾロと寝転んで星空を見上げたけれど。
今日は、しっかりとゾロにひっついて見よう。
もっと幸せになれるね。




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