陽がすっかり沈んだ頃に、そろそろだよ、とサンジが言った。
窓の外にちらりと目をやり、ウン、そろそろだ、とまた一人でにこにことしていた。
うれしい、たのしみだね、きれいだろうねぇ、と。
黙っていても、気配が賑やかだな、オマエ。

ブランケットが要るだろうから、取りに行った。
棚からブランケットを何枚か引き出しながら、しん、と冴えた夜気が窓の外に広がっているのを感じる。
「なぁ、サンジ」
「にゃあん?」
腕にブランケットを抱えて戻ったときに、声をかけた。全身で、「ゴキゲンだ」と表している相手に。
「甘くないホットワインでも作って持って出ようぜ」
ブランケットをソファに降ろした。
「んん、いいよぅ。ツマミもほしい?」
「あー、それはイラナイ」
「じゃあ、用意するね。ちょっと待ってて」
「アリガトウ、」

にっこりとしてから、キッチンで仕度をし始めていた。
ブランケットの横に落ち着いて、見るともなしにその姿を眺めていた。
何かのメロディが流れてきた。
歌いネコが機嫌よく口ずさみながら、手を動かしている。
「Come Away With Me」、だ、これは確か。

一緒に行こう、今夜、一緒にいこう
アナタのための歌を、作ってあげる
一緒に行こう、バスに乗って
誰も誘惑をしてこない場所に
甘い言葉の誘惑を
アナタと一緒に雲の下を歩きたい
膝の高さまで伸びた草が蔽い茂る草原を
だから一緒にいこうよ
一緒に行こう、そして山の天辺でキスをしよう
一緒に行こうよ、ずっと愛し続けるから
雨音が屋根を叩く音で目覚めたいよ
アナタの腕の中に守られて
望む事はただひとつ
一緒に行こう、今夜、一緒に行こう


耳が旋律を、言葉を拾った。
あまい、やわらかな言葉の連なり。
サンジの機嫌の良さがさらに増していた。

足音を殺して近づき。背中越しに抱きしめた。
「先に行ってる、」
「にゃあ、わかった」
柔らかく蕩けた声が、歌う旋律のままに答えてき。それをまた耳にしながら、項に口付けた。
ふふ、と微かに吐息を零すように笑ったサンジがゆったりと身体を預けてきていた。
一度抱きしめてから、身体を離した。

ブランケットと、ジャケットを適当に拾い上げてから、外へとでた。
ぴり、と冴えきった空気が肌にあたる。
ブランケットを適当な位置にひろげ、座ってみる。
家の灯かりが、ふわ、と消えた。
音がしそうだ、と。
視線をソラへ投げてすぐに思った。

星明りだけの中、サンジが扉を抜けてきていた。
両手が塞がって、それでも器用に扉を閉めまっすぐに。
星は、まだ流れ始めていなかった。

ふ、と。
午後にリトルベアが告げた言葉を思い出した。
近づく姿をみていたならば。
アレは繋ぐもの、らしい。
鎖、と言っていた。
オマエは、なにを繋ぎとめるというんだろうな……?

午後、あの時間は。
なんの他意もきらいもなくただ過ぎて行っていた。楽しかったか、と問われれば。
否定のしようもないことは認める、けれども。

さく、と乾いた音がした。
思考を切り離し、眼差しを戻す。
カップと、小さめのマホウビンを持ったサンジがいた。
「まだショウは始っていない、」
「…待っててくれたんだよ、きっと」

すとん、と横に座りながら、傍らにモノを置いていた。
手近に重ねていたブランケットを取って拡げ。ばさり、と自分達に被せた。
柔らかく寄りかかってくるサンジのアタマを軽く掻き乱してから、唇を啄ばんだ。
「…ん」
微笑みを間近で確かめ、あまい声を聞いた。
抱き寄せてから、視線をソラへ戻した。



満天の星空の下。
闇は満ちているけれど、目は遠くまで見通した。
星の光は、充分に明るくて、まるで降ってくるみたいだ。

柔らかな口付け。
ゾロの瞳は、暗緑になっていたけれど。優しい眼差し。
引き寄せられて、熱を分かち合う。ゾロが宙を見た。
流れる星々はまだ現れる気配がなく。
柔らかく啄まれた唇が、夜気にシンと冷えた。

笑みを刻む。
そしてゾロの首に腕を回して。
ちらり、と光を弾いた瞳に気持ち笑いかけて、吐息を一つ挟んで口付ける。
柔らかく、押し当てて。
鼻先を擦り合わせて。
もう一度、今度は食むように合わせる。
零れる吐息を、吸い取って。
そうっとゾロの唇の形を、舌先で辿った。
視線を落としたまま、唇を押し当てていると。
ゾロのそれが、笑みを象ったのを感じ取る。

シンと冷えた空気。
虫の音は、砂漠には響かない。
無音、けれど、それは無数の音に満ちている。
零れる吐息の音だけが、柔らかく滑り落ちては空気に溶けていく。
ゾロの腕が伸ばされて、肩からずり落ちかけていたブランケットを持ち上げて。
オレを包み込むようにしてから、くう、と抱きしめられた。
ゾロの首に回した腕の力、少し増して。
頬を摺り寄せる。

スキダヨ、と告げる代わりに、それを吐息に溶け込ませた。
身体の力を抜いて、全部を預けきる。
アナタと今ここにいれて。
オレは、本当に、とてつもなく幸せなんだよ?
空気を揺らすことなく、そう言葉を発する。
ゾロも、言葉を口に乗せることはなく。
やさしく包み込むように、オレを抱きしめてくれている。

砂漠の真ん中。闇の中。二人きり。
けれど、取り残された気分になるのではなくて。
今あるすべてと溶け合い、包まれている気分になる。
今この一緒だけは、星も、砂も、オレたちも、同等の存在としてここに在り。
柔らかな星の光のシャワーと共に、柔らかな闇に受け入れられている。

目を瞑っていても、夜空が見える。
とても近いところで、ゾロの息遣いがひっそりと聞こえ。
ブランケットに包まれた身体は、熱を分け合って。
二人のニンゲンでありながら、一つの存在になった気持ちになる。

ふ、と意識が一瞬何かに引かれ。
そうっと見上げると、す、と光が流れた。
瞬きをする間にも、またひとつ、ふたつ、と。
ゾロも視線を空に投げた。

次から次へと、一瞬で流れては消えていく光のシャワー。
音がしそうなのに、それは静かに闇を滑り。
時折ちかりと瞬く星の間を縫って、現れては消えていく。
キレイだ、と感想を述べるのでは到底足りない後景。
じいっと見上げ続ける。ゾロに身体を預けたまま、首だけを上げて。




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