次々と、視界を埋め尽くす星空から光のカケラが流れ落ちて行っていた。
一点から、放射状に。
明るさが光の尾を引き、流れ落ちてくる。
傍に引き寄せていたサンジも、同じように一点をみつめているのが伝わってきた。
ぴたりと、身体を付けて。柔らかな熱がゆっくりと拡がっていく。
「何か神聖なもの」を見つめてでもいるような、静かな、それでいて穏かな表情を浮かべていた。

偶に思う。
おれは[神]などとうに信じる事を止めていても、感じることがある。あまりに大きな自然を前にしたときや、美しいとしか
表し様の無い造形でイキモノが疾走するのを眼にするとき。
じじい連中の言う「偉大なるもの」とやらを。

ちらりと。
目を、明るいそらに移す。
暗がりに息を潜めるモノも。いまはすっかり霧散しているらしい。
何も、まわりにいなかった。
隣りで確かに生を刻む、サンジがいるだけで。

吐く息が、白く夜気に浮かび上がる。
冷えた髪の感触が頬にあたった。
どうしようもなくさまざまな感情が入り混じったままで、サンジからの口付けを受け止めたことを思い出す。
言葉にすら、乗せられないほどの。
柔らかな手が、波を引き起こしたかと思った。
忘れていたはずの、どこか深いところから。
ただ、抱きしめるほか術がなかった。

オマエはおれの心臓を直に掴んでいる、と。いつだったか言ったことがある。
けれど、それは間違いだったのかと思う。
何かもっと致命的なモノをオマエはとっくに見つけ出しているようだ、と。

音も無く、星が降ってくる。
冴えた夜気。
足下に感じられる、砂まじりの荒れた土。

オマエは「繋ぐもの」だと告げられた。
鎖、だと。
漠然と、そして唐突に。
理解した、と思った。
世界、いやむしろ。オマエは「生」に、イキルコト、におれを引きとめるのかもしれないな、と。

あなたは生に執着がない、と。憂い顔の「子守り」に昔言われたことを思い出す。
理由が無い、と確か答えた。
いまは―――、
そこまでの即答は出来ないな、と思い当たる。

暗がりでも、僅かな光に浮かび上がるような髪に、ほんの僅か唇で触れた。
サンジがごく微かに笑みを浮かべるのを目にし、もう一度触れた。
宙に向けられたままの眼差しが、柔らかに光を弾き。
何もかもが、冴えた夜気までも。
いまこの瞬間は穏かなのだと、そんなことを思った。

目を、ソラへと戻し。
降る星を見つめていた。



ゾロの口付け、髪に落とされたのを感じた。
どこか戸惑っているような、けれど何かに気付き、それを受け止めたような気配。
押し当てられる唇が、伝えてきた。

多分、ゾロにとって、オレにみたいなニンゲンというのは。
何かを思い起こさせるのだろう。自分の心の中にある、柔らかな場所。
ゾロの中の、ジョーン。
ジョーンのままでは生き延びられなかったゾロが、だから躊躇するのは自然なことだと思う。
それでいいと思う。
オレは、ゾロの中のやさしさを愛するけれど。
それがゾロを壊れやすくしてしまったらダメだから。
優しさが、命取りになるから、隠されたのだから。

オレは、アナタを愛してるから。
アナタを弱くする原因にはなりたくない。
アナタはオレを愛してくれているし。
イジワルだけど、優しいのをちゃんと知ってるし。
アナタの側にいることを、許してくれているから。
オレを抱きしめていてくれているから。
だから、オレは、幸せなんだよ?
アナタが想ってくれているの、ちゃんと解っているから。
オレは、とても幸せなんだ。

空の星は、静かに滑り続ける。闇を愛撫するように。
ひたりと合わされた身体は、熱くて。
生きている、ということを、思い出させる。
あの星の瞬きのように、きっと一瞬なのだろう、人生は。
オレは、アナタを照らすものになれるだろうか?
優しいだけではない、この世界で。


すっかりと髪が冷え切って。
耳たぶがキリと痛み出したころ。
流星群は、随分とその数を減らしたみたいで。
きっと明け方まで続くであろうその自然の現象から、目を離した。
ゾロとずぅっと引っ付いていたから、身体はとても温かい。

嬉しいね、アナタが今一緒にいてくれたから、オレはほかほかと温かいままで。
きっとオレ一人でいたら、手足がかじかんじゃっていた頃だろう。
寒いのは平気だけれど、やっぱりこの気温差は厳しいし。

もぞり、と動いて、放り出しっぱなしだったホットワインをカップに注ぐ。
「ゾロ、飲む?」
そうっと囁いて、差し出す。
湯気が仄かに闇に溶けるのが見える。
ワインの甘くてクセのあるアロマが、ふわんと漂った。

ゾロが、ふ、と笑みを浮べて、それを受け取った。
自分の分も注いで、一口呑む。
熱い液体は、嚥下した途端、体内からフツ、と温もりを広めた。
ジン、と体内に広がる熱。
「冷え込んできたねぇ」
また宙に視線を戻しながら、囁く。
ゾロはくいっと喉にホットワインを流し込んでいた。

「ダイジョウブか、オマエ」
「うん。アナタと一緒だから」
ゾロに視線を戻すと。ネコは寒さが苦手なんじゃねェの、って言ってた。
「オレは、コロラドの山奥で育ったから。寒さは意外と平気なんだよ」
「冗談だよ、」
「そーなの?」
こて、とカップで額を小突かれて、くす、と笑った。
ああ、オレ。アナタの冗談、悉く受け止めちゃってる?

「でも、寒いところから帰ってきて。あったかい暖炉の前で、丸まるの、オレ、スキだよ?」
ムートンのラグの上でさ、オレンジ色の炎が踊るのをみるの、と付け足す。
ああ、冬になったら。ゾロと一緒に、みたいなあ。
舞い落ちる雪を、温かい家の中から。
ぱち、とか弾ける薪の音を聴いて。

ゾロが、す、とイジワルそうな表情を浮べた。
…くあ。だからなんでそんな顔までカッコイイかなぁ、ゾロは。
「そんな場所で大人しくしていた試しがないな、」
「…ふぅん?いつもはパーティ?」
大人しくしてないってことは、大騒ぎ、ってことだよねえ?
「いや、」
え、チガウの???
ぱちくり、と瞬くと。
「オタノシミ。」

「オタノシミ?」
…オタノシミ?…ゲームしてた、とか?
「一人か、二人か。その場の気分で」
「複数なのか。ゲーム?神経衰弱とか?」
その場の気分。うん、だったらやっぱりゲームだよねえ。
…や、もしかしたら。カードじゃなくて、スクラブルとか?

に、と益々イジワルそうにゾロが笑った。
「ウタを聴く、」
ウタ…。
「あ」
ポン、とイコールが繋がった。
「リサイタル?」
「まぁ、そんなモンだ。ただな?」

ううん、そうか。ゾロはハンサムだから、モテるんだろうなあ。
ああ、うんうん、解ってるよ?
ゾロの言葉を遮ってみる。
「一人でソロならともかく、デュエットを歌ってもらうのって、ムツカシクないの?」
つい、とゾロの指先が、オレの唇に触れた。
「いや、カンタン」
すぅ、と総ての意識がその感覚に吸い寄せられる。
「ふぅん…?」

「ただ、」
ううん、いったいどうやってするんだろうねえ、と思ったら、ゾロが言葉を続けた。
「タダ?」
くくく、とゾロが笑ってる。
ううん、オレ、可笑しいこと言ったかにゃあ?
「オマエのウタがいちばんジョウトウだな、」

…うにゃあ。
にゃはあ、と勝手に口が笑う。
「ウレシイ」
うん、そっか。オレのウタが一番なのか。
ふふふふふ。うれしいぞう?




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