ちょん、とキスが落とされて。
そのまま担がれて家に辿り着く。
オレも視界が利くほうだけど、ゾロも利くのか。
なんだか仲間を見つけた気分。

カギは開けっ放しだったドアを開けた途端、キッチンのテーブルでチャージャーにかけていたオレの携帯が、
電子音を鳴らしていた。
ぴぴぴぴぴぴぴ、ぴぴぴぴぴぴぴ、ぴぴぴぴぴぴぴ。
ゾロはふぅん、って顔して、オレを床に降ろした。

オレの携帯に電話?珍しいなあ?誰だろう?
とてとて、と走って電話を取る。番号を見たら、それはアニキのものだった。
「セト!?」
ぴ、と電子音を鳴らして通話にすると。
『ベイビィ、サンジ!起きてたかー?オニイチャンだよ」
懐かしい声がした。

ゾロに笑顔で振向く。
「まだ寝てないよう!」
『はぁ?どうだろうなあ?サンジはホント、ベベだからなあ』
ゾロはくい、と片眉を引き上げて、おれはもう寝る、って表情で言ってた。
あう、ゾロってば。ちょっと待ってよ。

バスルームに行きかけているゾロを視線で追っていたら。
セトが言葉を続けた。
『こないだから電話してるのに、オマエ、取らないんだもん。だから、今日は早めにかけてみたんだよぅ?』
「え?こないだから電話してたの???」
着信音、聞いてないよ、オレ?
『ああ、そっちの…零時近くか?』
あ、その時間帯は…。
はた、と思い当たった。
そしたらゾロが近づいてきて。おれには聞こえてた、って。に、とした。

『まぁいいサ。ベイビィ、元気か?』
「あ、ウン。すっごい元気。アニキは?」
『オニイチャンは元気ないよ〜』
くすん、って遠い電波の向こう、泣きまねをするセトの声。
『せっかくの"海賊"の公演なのに、ベイビィ、来てくれないんだもん』

あう。ゾロと一緒にいたくて、ロンドンまで行けない、って言ってあったのだった。
ゾロがオレの首元をかぷんと一つ噛んで。さら、と離れていった。オヤスミ、って囁いて。
「…ッ」
『…サンジ?』
ふる、と一瞬身体が震えた。
『ベイビィ、もしかして…誰かと一緒なのか?』
ええと、ゾロのこと、どこまで言っていいのかな…?
でも、オレ、セトにはウソを吐きたくないし。

こく、と一つ息を呑んだオレに、ゾロはおや?とイタズラな顔になった。
「あのね?オレ…恋に落ちた」
『…ほっほー…ベイビィにも、とうとうオニイチャンより大切にしたいヒトが、できちゃったのか』
妙にシミジミとしたセトの声。
ゾロは、おい、と眉を寄せていた。
『じゃあなに、その人、一緒に居るのか?』
「うん」
けれど、ゾロはオレを止めなかった。
それって、ゾロのこと、言ってもいいってことかなあ?

『…ベイビィ、ひとつオニイチャンに言ってごらん』
「うん、なぁに、セト…?」
『…オマエ、イッパイ泣かされたか?』
「…ええっと…」
なんて答えていいものか計りかねたオレに。
セトがふー、と溜め息を吐いた。
『ちょっとその人と替われ』
「え?うん…えっとね、セト、」
『いいから替われ。な?』
…エエト、セト、びっくりしないかな…?

そう思いながら、ゾロに電話を差し出す。
「アニキ、アナタと喋りたいって言ってる」
ゾロが人差し指で、喉首を掻き切るジェスチャーをしてた。
『ベイビィ、もったいぶってないで、その人をオニイチャンに紹介しなさい!というか、挨拶もキチンとできないヒトは、
問答無用でアウトだよ?』
遠ざけても、スピーカーから聞こえるアニキの声。

ゾロは、はああああ、って盛大な溜め息を吐いた。
「オネガイ」
アニキと少しだけでもいいから、話してくれないかなぁ、ゾロ?
「バカだ、バカだとは思ってはいたけどな、オマエは―――、」
「だって、オレ。アニキにはウソを吐きたくない」

だって。オレはずっとゾロと一緒にいたいから。
今ウソをついて、それをずっと引き摺って生きたくはない。
「こんにちは、アナタの弟さんは犯罪組織のトップと恋愛中です、ってか?」
「全部を話すことはないの、わかってるでしょう?」
ゾロのイジワル。
すん、と鼻を啜るオレに、ゾロははぁ、とまた溜め息を吐いた。
怒ってはいないみたいだけど…でも、…。
ゾロがオレの髪をくしゃり、と撫でた。
「貸せ、」
「ハイ」

電話を差し出した。
妙に沈黙したソレ。
ゾロが、とてもジェントルな声を出して、電話に出た。
「こんばんは。ああ、そちらではおはようございます、ですか。始めまして」
『始めまして。挨拶してくれてアリガトウ。サンジのアニキのセトです』
ゾロがオレに向かって、いいっと牙を剥いた。
…あああ、…セト、アニキ、どうしてゾロがオトコだって、驚かないの…?

ゾロがすう、と息を吸った。
「こちらこそ、ロロノア・ゾロといいます」
…ゾロ…!
「故あって、弟さんに御世話になっておりますが、ご心配なく。まもなく私も東海岸へ戻りますので」
『…ゾロくん。正直に答えてくれないか?』
セトのどこか押さえた声。
「なんでしょうか、」
『オマエは、オレのオトウトを手に入れた、そうだな?』

ゾロがくるっと天井を見上げていた。
オレは唇を噛んだ。あと2週間ほどで、ここからゾロが行ってしまわなければいけないこと。
ちゃんと、わかってるから。

「アナタの許可がなくとも、連れて行きますよ」
『…ふん。解ってるならイイ。サンジは…あんまり、泣かさないでくれ』
…ゾロとセトの会話。覚えこむように聞く。
「ええ、それは。彼ほど陽の下で笑っているのが似つかわしい人間が他にいるとも思えませんので」
感動は、あとでも出来るから。

『あの子は…オマエの太陽になれるか?』
ふ、とゾロが一つ息を吐いた。
「おそらく。たとえそれが、おれの生を危ぶませるとしても」
やんわりと軽い口調に乗せて、さらりと本音を言った。
…胸が痛い。
「愛していますよ、彼のことは自分自身よりも」

『ふ…ん。今度、オレがそっちに帰ったら。オマエ、オレと飲みにいこうぜ?』
お話できて光栄でした、って言って。電話を返された。
そのまえに、ええ、ぜひ、と。言っていた。

「…セト」
『…ベイビィ、なんて声出してるんだ』
ひとつ、息を呑んだ。
『オマエが彼を、好きなんだろう?』
ソファに行って座り込んだゾロをちらりと見る。
「うん、好き。大好き。心の底から」
『だったら。オマエ、胸張れ。…べつにオトコだって構わないさ、オマエを大事にしてくれるんなら』

柔らかな、セトの声。
宥めるようなトーン。
「うん」
笑いを返したオレに、セトも小さく笑った。
『でもって、ゾロくんに言っとけ。何回オマエのこと泣かしたか、忘れるなよって』
「…セト」

笑って言ったオレに、セトもやっぱり笑って。
『オマエの人生だから、オマエがきっちり理解してるなら、オニイチャンに言えることはなにもない。だけど』
…だけど?
『最愛のオマエが泣かされるのはムカつくから。オレが勝手にオマエのリヴェンジとるけど。そこら辺は、オマエ、口出すなよ?』
「…うあ…セトってば、もぅ…」

『…ベイビィ、幸せか?』
「…うん。すっごい幸せ。…すっごい、幸せなんだよ…?」
『…ああ、クソ。オマエにそんな声出させるなんてなぁ。ちくしょう、明日のチケットとって、帰っちまおうかな?』
「セトってば、何言って」
『ああ、クソ。マジで、さっきの返事、口約束だったらぶっ殺しに行くって。ゾロ君に言っとけ…ああ、ベイビィ、オニイチャンも
オマエに会いたいよう…!』
「わかった。伝えとく」

『…はぁ。First, true, and only loveにはいくらオニイチャンでも勝てないよなぁ…。ショーガナイ、オニイチャンは寂しいけど、
これからトレーニングに行くから』
「あ、わかった。…怪我しないように、気をつけてね?ダディとマミィに会ったらよろしく言っておいて」
『もうそっち帰っちまったよ…ああ、ベイビィ。近日中に、3日以内に撮った写真をオレに送ってくれよ?』

I love you, my baby brother, take care.
そう言って、ぷつりと通話は切れた。

ほう、と口から、溜め息が勝手に出て行った。
…なんだか一瞬で巡るましく感情が変化してって。
…まだ、整備、できてない。

ふい、と面をあげると。ゾロはソファに座り込んで、白ワインを飲んでいた。
電話を置いて、ゾロに近付く。
ワイングラスを口から離したのを見てから、ゾロに抱きついた。

「ゾロ…ありがとう」
アニキには、本名で名乗ってくれて。
そして、オレを連れて行くって言ってくれて。
愛してるって、…言ってくれて。

ゾロがちょっとだけ口の端を引き上げた。
「アニキがね?…さっきの約束、口約束だったらぶっ殺しに行くって、言ってた」
ゾロの首筋に、唇を押し当てた。
「あぁ、問題無い。破る羽目になったら、…まぁ、先に死んでるだろうから」
「…ゾロ…」

ぽん、って背中に掌が当てられた。
「なんだよ……、泣くのか?」
「…泣かない。けど…ウタイタイ」
アナタのために。
かぷ、と首筋を噛んでみた。
「アナタと…繋がりたいんだ、ゾロ」

さら、と背骨を伝って、柔らかな熱が滑っていた。ゾロの掌。
「なぁ、質問があるんだが、」
「なぁに?」
じ、とゾロの目を覗きこむ。
「やんごとなき事情で真意じゃなくオマエのことを手放したとしても、オマエのアニキは墓暴きそうか?」
「…ううん、どうだろう?」
くすん、と笑った。

もう一度ぶっ殺しに来るかな、あの男は。
そうゾロが言って、に、と笑った。
「墓の前で、怒鳴り散らすくらいは、本気でやると思うよ?」
オレもクスクスと湧き上がるままの笑いを、そうっと零した。
「ハハ!死人に口無しを良いことにか、参るな」
「アニキ、ドラマティックだから」
…きっと、ゾロも好きになる。セトのこと。
「言動の端々にそれは感じる、」

笑みのままに言ったゾロに、ふんわりと笑いかけた。
「ゾロ、きっとアニキを好きになるよ」
す、とゾロが肩を竦めた。
オレに好かれても別になんの利益にもならねぇよ、って言ってた。

…そんなことはないよ。
大好きなゾロと大好きなセト。
…いつかは一緒に…話をしたいね。
オレが……そうできたのならば、嬉しくなる。
…オレのワガママかなぁ?




next
back