COZA

ロンドンとのデンワを切った後、ジャックがにんまりと笑った。
どうよ、と自慢すれば。
「気の迷いが起きてもオカシカねェかもね」
くっくっく、と。
デミタスカップを空にして笑っていた。

「ロンドンで、フレンチ系で、セト、って?あーれか、マジで」
「「王子様」」
声が被る。
「オマエさ?ダンサー好きな、ムカシっから」
ひょい、と眉が上げられたけれども。それには別に応えずにおいた。契約中、ってことはな。

「ま、語るも涙、てネ」
「―――フン?ま、いいアイジン獲得オメデトウ」
「おー、サンキュ」
「あの波乗りバカがねぇ、感慨だぜ」
はあ、っと溜め息をついて見せるのに。
「ヒトのこと言えた義理かオマエ」
と。ガキの頃からのダチ、ってヤツの額を指先で弾いた。

そして、卓に出しっぱなしだったケイタイがまた音を鳴らし始め。
ひょい、と視線を2人してそれに下ろした。
「――――噂をすれば。バカ従兄」
「ハン」
外す?とジャックが言ってくるのに。いやいい、と返す。
コレにかかってくる程度ならそれほど深刻じゃないはずだしな。

出れば、相変わらずの無駄にキレイな発音、ってヤツ。
無愛想この上なし、だけどね。
「まいどありぃ」
まずはご挨拶だろう。
『――――あぁ、全くな』
返って来たのは、少しだけ笑いが底を掠める声だ。
「なァんだよオマエ、伯父貴に苛められてねぇの?残念だな」
『フザケロ、イカレオヤジはもう帰ったさ』
あのヒトは、じゃあまた。
フロリダ?キィウエスト?とにかくあっちでまた豪勢に遊んでるんだな。

「あのまるっこいチビもじゃあいっしょに戻ったんだ?」
『あぁ、―――名前がな、聞く気あるか?』
げんなりした声だな、ウン?何かおもしれぇのか??
一度、NYCの家で抱いて遊んだ子狼。アレはかわいかった。でっかい足した、しっかりした骨格のチビ。

「―――シロウ??なんだそりゃ、何語??」
言われた発音が不明だった。
『日本語、あぁーくそ』
「ジャッパニィズ?何で?!」
ますます、げんなりした声の「説明」に。死ぬほど笑った。
曰く。
SANJI=三番目の子、ってことらしい、日本語の音だと。
な、もんで。
SHIROU=四番目の子、だとさ!!
「うわははははははは!!」

なんだ、それ??ってことは―――だぞ?
「養子縁組!!!」
『死にてェか、テメェ』
地の底から這う声、ってヤツのフェイク。はは、従兄め。
笑ってら。
ジャックも、卓に伏して肩が盛大に揺れてた。

「なぁんだよ、ゾロ!!オマエ相変わらず愛されてンねェ!!」
原形が留まらないくらい、わけわかんねぇ重力がかかってるけどな、まぁ。
「でー?なん。オマエおれに伯父貴のイカレっぷりを相談?」
なわけないねえ。
『阿呆。――――あー…、と』
んん?語尾が怪しいじゃねえの。ロクデモねぇ前兆。
『おまえ、おれの名代だよな』
――――ビジネス上はな?確かに。

「―――ん?雑魚がこっち逃げてきたのか?」
いや、と短く否定された。
後始末、末端の生き残りは。アメリカのボーダーを越えたところにいやがったから。オシート、ヤツが全部面倒を見てる筈だし?
なんだよ、どうした、と。口端が引きあがった。
面白いこと?ちょうどいいじゃんね。

『コロラドまで行ってくれ』
―――ハン??
「あ?ゾロ?仰ることが微妙にわからねぇよ」
『だから、バカネコを送って行ってやって欲しい、と言ってる』
うわは。
「何処まで?ロンドンとかか?」
からかえば。
『大猫まで来た日にゃ手に負えネェヨ』
心底げんなりしやがって。失敬なヤツだね、まったく。

「だぁから。ベイビィを何処へ連れてくんだ、じゃあ一体」
『―――アレの家』
「ハイ?!」
『だから。フォートコリンズから、アレの家のあるヴェイルまで』
あのなぁ、ゾロ……?
「フツウは駆け落ち相手が実家にご挨拶行くもンだろーが」
あっきれたね、と言えば。
行きたくてもいけないからオマエに頼んでいる、と返された。

ふ、と思い当たる。
このバカの大怪我。
「あぁ、もしかしてオマエ。いま―――」
『魔女がおれの首に縄かけてわざわざ―――』
「ドイツ?スイス?ナァスビジン??ゲルマンビジン?」
からかう。
どうせあのドクターなら。リハビリに連れてくならあっちだろう。
そうしたなら。
『―――ごついオンナは好みじゃねえよ』
だとさ。御馳走様でした。ドイツに飛ばされてンな、じゃあ。

まぁなあ?面白い惚気も聞けたし、それもコイツから。ジュリエットの実家?いいぜ行ってやろうじゃねえの。
面白い。
それにアイジンの実家でもあるし?
行かないわけいかねぇよな、ご両親にご挨拶ってな。

「あぁ、オマエさ、」
『ア?』
「まだ反政府分子なの、」
笑った。
『―――らしいな、一つヨロシク』
すう、とゾロも。笑い始め。
「じゃ、おれは亡命先の血族な」
『話でかくするなよ、子守りがおっかないからな』
「了解」

仔猫なジュリエットの連絡先ももう一度確かめてから通話を切った。
涙目で笑ってるジャックを見遣り。
「おれ、ジュリエットのご両親にさ?」
「あん?」
辛うじて返事された。
「”息子さんをおれに下さい!代理ですけどね、”ってなー?」
ぎゃあ、と。
ジャックがまた引っくり返り。
おれはといえば。
アイジンのオトウトクン、に。
生では初めて会うわけだ。
ロンドンから、デンワで一度話しをしたっきりな「天使チャン」。

素直な、大層まっすぐなコドモ、で。
ふわふわとした風情が受話器からも伝わってきた。
――――ウン、ペル。
おれも同感なんだよ、おまえと。ほんとうはね。
在りえない話だ、寧ろ。あんな子は、「こっち側」に引き込むべきじゃない。けどさ?
「―――愛しちゃってンだよなぁ、あのコ」




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