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 May 15, Saturday 6:00 a.m.
 
 「ベイビィ、起きて…まあ。すっかり身支度整ってるわね」
 シャーリィがドアからオレの部屋を覗いて言った。
 「でも朝ごはんは食べるよ?」
 笑って告げる。
 シャーリィも笑って頷いた。
 「そうよねえ、8時に集合、9時から…3時まで?長いわよねえ」
 「そうそう。食べないと、途中で倒れちゃうよ」
 髪を軽く後ろに撫で付けてから、シャーリィとキッチンに向かう。
 
 「おはよう、サンジ」
 「おはよう、もう食べたの?」
 エディとオハヨウのキスとハグを交わす。
 「いや、これからだ」
 「じゃあ一緒に食べよう」
 シャーリィが整えてくれておいたテーブルに座る。
 久しぶりに親子揃って3人での朝食。
 多分…今日が最後、かな?
 
 軽くおなかに詰め込んで。
 それから最後の支度をしに、入れ替わり立ち代り、バスルームの鏡の前に立つ。
 普段からスーツを着慣れているエディが最初に支度を終えて。
 次にオレ。まあ、まだ普段と格好は変わらないけど、スラックスにシャツにタイと靴。
 シャーリィは、オレを起こしに来た時にはもう、ちゃんと化粧も終えていて。
 口紅を直したり、そんな程度だった。
 
 「向こうの駐車場は…」
 エディの質問に、にかりと笑う。
 「ああ、エディの車、オレが運転しようか?」
 「ん?ベイビィがそうしたいのなら」
 ジャグアの鍵を渡される。
 「オレ、そういえば。セダンの運転って教習以来かも」
 
 手に荷物を持って、3人で家を出る。
 鍵を閉めて。
 荷物は後日、運送会社のヒトに運んでもらって。物件はセールに出る。
 次に必要なヒトに住んでもらうために。
 
 車の中では、妙な沈黙。
 なんだか…エディが一番緊張しているみたいで笑った。
 「エディ、ホールにはセト、来てるんだよね?」
 う、とエディが言葉に詰まってた。
 「向こうで待ち合わせなの。時間の関係でデンヴァ市内に泊まったって言ってたから…もうこっちには向かってる筈よ、
 ダーリンと」
 
 シャーリィの説明に、エディがきゅう、と眉根を寄せていた。
 ああ、そんなカオしないの。納得してくれたんでしょ、ダディ?
 「コーザも来てくれるんだ…嬉しいな」
 忙しいの、ゾロの忙しさと併せて知ってる。
 ほんと…いいヒトだなあ、セトの恋人。
 
 「ああ、なんだか、…胃が痛む」
 鳩尾あたりを押さえ、エディが一つちいさな溜息。
 昨日NYCに一足先に帰ったスーリヤさんに、「旦那様は大層気弱い」って言われてた。
 エディは昨日、フォート・コリンズのオレの家に着いた時から…いや、着く前から?どうやら緊張してたみたいで。
 スーリヤさんの、辛いスープ。あれを薬代わりに貰ってた。
 
 あれ、でも普通に食べてもおいしいんだよね。
 で、オレも食べたせいなのか、なんだかまだ緊張はしてない。
 当事者だっていうのにね?
 
 コロラド大学のキャンパスへ向かう車。
 数を増していた。
 いつもは閑静な、フォート・コリンズの町の道路。
 まだ7時を少し過ぎたくらいなのに。
 
 「やっぱり州立大学だけあって、沢山の卒業生がいるのねえ、」
 シャーリィが感嘆の溜息を吐いていた。
 「学部ごとに違う場所でやるっていうから、やっぱりすごいんだよねえ」
 笑って返す。
 「で。ゾロくんはどうしてるんだ?」
 エディがいきなり突っ込んできた。
 「んー…ちょっとトラブルがあったみたいだけどね。多分…ま、ダイジョウブだよ」
 笑って誘導されたパーキングに車を停めた。
 
 ジャグアの鍵をエディの手の中に入れる。
 あ、家の鍵…いいや、セトに預けよう。そしたらシャーリィかセトが、家に荷物を引き取りに来て。
 それが終わったらオレに郵送してくれるだろうし。
 そしたらそれはそのまま業者さんの手に渡して…うん。それでオーケイ。
 
 「じゃあオレは先に行ってるよ?場所解らなかったら誰かに訊いて。在校生のコたちが、ボランティアで誘導してくれるから」
 サンドラに言われていたことを思い出す。
 荷物を手に、ホールに向かって歩き出す。
 エディとシャーリィが、オレの背中を見ているのを感じた。
 ひら、と手を軽く振るだけで、振り返らない。
 
 何人か、顔見知りの下級生に、手を振られた。
 振り返す、笑顔つき。
 そのまま足早に過ぎていって、ホールの入口でサンドラに会った。
 
 「ハイ」
 「おはよ、サンジ。ああ、もうベイビィ、のんびりしてるわねえ!」
 ハグとキス。笑顔つき。
 「オレ、サンドラみたいにスピーチないもん」
 「同じ色のガウン着てるのに、それってアンフェアだわ!」
 けらけらと軽口を交わす。
 
 「ほら、早くガウン着ちゃいなさいよ。そこの部屋、開いてるから。身だしなみは整えてあげるから、着るだけ着ちゃってね?」
 「ありがとう、サンドラ」
 「どういたしまして、サンジ」
 ひらひら、と手を振って、手に抱えていた荷物を持って、普段は控え室になっている部屋の一つに入る。
 「誰も覗かないよう見張ってるから安心してよ?」
 「あはははは!」
 笑ってドアを閉めた。
 
 金のガウンと、キャップにタッセル。
 羽織って、中の姿見で確認し。
 それからキャップを被った。タッセルは左側に垂らして。
 少し、オトナの自分がいる、鏡の中。
 
 ゾロと出会わなかったら―――きっと。今の顔をしたオレはここにいなかったんだろうな。
 「…仮装したガキって言われるかなあ」
 タイの位置を直して、身形を整える。
 伸びて先がカールした毛を撫で付けて、準備完了。
 
 フィッテイングの時、サンドラに。
 『白のローヴがなくてよかったわねえ』と言われた。
 『あって、それをサンジが着ることになってたら、ほんと…天使降臨か、花嫁さんだもの』
 ポリ素材の光沢のある生地は、動くたびにさらさらと音を立てる。
 少し重めの金のガウン。
 サンドラとおそろいのもの。
 
 「―――無事に卒業かあ」
 ドアを開けながら呟いたのなら。
 サンドラが、するりと振り向いて笑った。
 「アタシに感謝しなさいよ?ベイビィのダーリンのケツ叩いて。必要な日数分以上は休みとらせなかったんだからね」
 「―――うん、大感謝」
 ぎゅ、とハグ。
 「アタシだって、ベイビと一緒に壇上にあがりたいもの。後から来た狼に、おいしいトコ全部持っていかせるわけには
 いかないからね、」
 軽口、サンドラらしいね。
 
 ふわふわと笑っていたら、頬を突付かれた。
 「サンジ、いい顔してる。ホント、天使みたい」
 「んー…オレ、"馬鹿猫"なんだって」
 くすくす、と笑う。
 「だぁから、サンジ。そう大々的に惚気ないでよ」
 トン、とキスを貰って、笑った。
 
 「ほら。集合時間まであと少しよ。おにいさま、いらっしゃってるんでしょ?挨拶してらっしゃいな」
 「ありがとう、サンドラ」
 ひらりと手を振って、ホールを後にする。
 
 晴れててよかった。
 ホールの外には沢山の人だかり。
 する、と目を横切らせれば―――ああ、いた。
 キレイなオレの兄貴と、ステキなコーザ。
 うきうきなシャーリィと、胃が痛そうなエディ。
 ダイスキなオレの"家族"。
 ゾロの次に大切なヒトたち。
 
 オレを見つけたコーザが、かけていたサングラスをひょい、とずらして。
 にっこりと笑って手をヒラヒラとしていた。
 それに気付いて、シャーリィと喋っていたセトも顔を上げる。
 にっこりと笑って、足早で近づく。
 オレの卒業式まで、あともう少し。
 
 
 
 
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