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 Saturday, May 15    8:10 am
 
 500日、というのは長いと感じるべきか短いと捉えるべきか中々中途半端な日数だ。
 あの9月の終わりに、サンジを大学へ返してから今日までの日数。
 
 奇妙な感慨を感じる暇も無く、幾つか浮上してきた不始末、というよりは。不出来な具合に捻れた結果の始末に追われた。
 お蔭で、明らかに冷えた気配を遠慮なく漂わせていた子守りの機嫌が。―――火星並みに手が付けられない。
 穏やかな表層をそのまま崩さずに、何人を切り捨て、何人を打ち捨て、果たして。首が繋がっている連中はどれくらい
 いるのか、なんてのは大いに疑問だ。
 不出来を起こした元凶に関しては捨て置いてもいいか、とおれに訊いてきたから。任せる、と応えた。
 有能であれば、そして先を見る目と適度な野心の持ち合わせがあるのなら。コレの下で動くのは、こんな世界でも生き延びる
 得策だ。半歩、ペルの意図とずれた方向へ向きだしたなら、その背中はあっさりと斬られるだろうが。
 
 そして、またコレは溜め息を吐くわけだ。
 無駄に費やした時間をちらりと考えて。
 口癖、「おれ」が部下ならばとうに殺している、これは脅しなどでは無くペルの真意だろう。
 現に、いまも。
 事態の収束を9割がた見届けた段階で、コロラドまで飛んでいこうって言うンだからな。「おれ」は。
 待機している必要まではないけれども、緊急に戻れなければ深刻、その程度の微妙な現状で時差が2時間もある場所へ
 行こうとしてる、ときた。
 
 「彼をこちらへ連れて戻られますか」
 報告のデンワを1本受け終わったところで、声をかけられた。
 「数日はそのつもりだが?」
 部屋を出る。
 その後は―――NYC郊外に用意させてある屋敷にでも行かせておく。
 マンハッタンであの野生児が過ごせるのは精々―――最初に連れてきた頃から2年近く経っても、2週間かそこらだ。
 時計をみれば、もう8時を回っている。9時には飛行場に居たいだろう、いくら何でも。
 
 ラゲッジは、ゼロ、だ。
 「卒業式」が終わったならそのまま飛んで帰る、幾らおれが「愚か者」でもまる一日足場を空けていられるほど
 お気楽じゃあない。西のバカと一緒にされても困る。
 まぁ、アイツは。「家族サーヴィス要員」、「シャーリィのお気に入り」、および「大猫のお守り」。
 プラス、ヤツは。
 比較的、表のビジネスを請け負ってはいる。
 ペルに言わせれば、「あくまで比較対象を従兄同士に限定していれば、の話です」と呆れ果てるが。
 
 まぁ、あのバカも。言われて大人しく言うことを聞くようなヤツじゃあない、これも明白すぎる事実だ。
 なにしろ?あの大猫も。「天使チャン」の卒業式にわざわざアメリカまで戻ってきているなら尚のこと、な。
 精々式の前に猫語だろうと英語だろうと話しておけよ?
 内心で思う。後から、おれの所為で「ベイビイ」と話せなかった、と噛み付かれるのも面倒だ。
 ―――ちゃんと迎えに出て、その足で捕まえて取って返すさ、ホームグランドに。
 
 おれが「婚約」をしてすぐにドナレッティのじいさんが、本格的にリタイアを宣言しちまったから実質、なにもかもが倍以上の
 付加になっていた。
 おれの「婚約者」は。コロラドで修士課程を無事終了、コロンビア大で博士課程に編入する。だから「彼女の希望」で正式な
 「婚姻」は数年後、と。これはじいさんも了承済みなことだった。
 果たして、いい夢をみせてやっているのか、あの妖怪じみたじいさんのことだ。
 茶番を見抜いてそれでも愉しもうとしているのか、その辺りは―――
 
 「アンドレア」は。
 あぁ、オマエ。なにしろ相手は妖怪だぞ?と。唇を吊り上げていた。
 ―――まぁな。
 実質を手に入れてみれば、おれの欲していた組織のほかにも妖怪めいたじいさんが握っていたものは呆れかえるほど多く。
 余剰分を「アンドレア」が「整理」する、その話し合いの場ででた会話。
 腑抜けになるような「婿」を迎えるわけないだろう?と続けて薄く笑みを浮かべていた。
 
 相手はヒナだぞ、いまさら。
 現状に、例えセックスが付加されたとしても恋愛に成り得るはずが無い。
 ただ、バカネコがこの世の終わりだ、ってカオをするのもアタリマエすぎて目に見えるからおれもヒナも笑ってるだけだ。
 
 「ねぇ、ダァリン?ヒナだけコロラド?それは嫌よ、編入するわ、ダメっていってももう決めたのよ!」
 けらけらとわらって、コロンビアへの編入を言ってきたのはもう3ヶ月近く前になる。
 サンドラもか、と訊けば。
 「ジンジャー・パイは、残るの。さみしいわあ」
 相変わらず、わけのわからない菓子にしたがる癖は抜けないようで、生姜パイはサンドラだな、どうせ。
 美味いとは思えネェが?
 赤毛のビジンを思い浮かべる。
 「舌が痺れそうだな、一口で」
 「あら、それはね、ブロウフィッシュ(フグ)よダァリン」
 「「あっというまに天国行き」」
 下品だ、と本人が聞いたなら速攻で抗議が飛んでくるだろう軽口。
 これがコイビト同士の会話であるはずも無い。
 
 「ヒナのカオを、卒業式には見に来る?」
 「あぁ、モチロン。サンジを迎えにな?」
 「ひっどおおおおい!」
 オボエテらっしゃい、といい足していたが。
 おれの婚約者はどんな復讐を今日、用意していることやら。
 
 
 パーキングへ向かえば、同行するドルトンがもうドア横で立っており。
 威圧感をそれほど与えない程度に、それでも群集には紛れ込めない風情のままで「堅めに」ダークスーツを纏っていた。
 「父兄参観か?」
 「ええ、そうですとも」
 ――――ハハ。
 「正気の沙汰とは思えない」
 ペルがまた零下の吐息交じりで一言。
 
 「コーザも同席なさるのでしたか」
 ドルトンがおれにむかって微かな笑み。
 「あぁ、イカレ同士、考えることは一緒だなおれと」
 すい、と。
 ペルが眼差しをドルトンに投げ。
 く、と。極々微かに、誰もが見逃すほど小さくそれを受けてドルトンの眉が動いた。
 ―――はン…?
 なにか懸念事項でもあり、ってか。
 
 ちらり、と浮かんだのは。
 バカ従弟から紹介という名目の大猫自慢をされたイカレ親父。
 ―――――まさか、な。
 『見目良い猫共だな!私が連れ帰ろうか』
 そうえらく機嫌の良い声で宣言しやがったのは―――去年の冬前だ、確か。
 あのイカレオヤジは、物忘れも得意だ、あれっきりウンもスンも無いから――忘れてるか?
 
 ひら、と。
 長い指がおれの目の前で振られた。
 「9時になりますよ、急ぎましょう」
 ―――飛行場まで同行する、と。
 アリガタイお言葉が子守りから漏らされた。
 そして、ナヴィシートに向かって。
 まさか、オマエ一人なわけはあるまいな?と。ドルトンに通告し。
 もう先に行かせている、と。
 ドルトンが薄く笑みを声に浮かせて返していた。
 コロラド・ステーツ・ユニバーシティは本日。
 市警の麻薬捜査課なり、連邦捜査局なり踏み込めば大金星って?笑えるな。
 
 一瞬だけ過ぎったイカレオヤジの顔は無視することにした。
 ガルフに乗り込んじまえばあとは2時間で現地だ。
 1時過ぎには―――関係者席にでも座ってるか?
 後ろの方だな、確実に。
 
 
 
 
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