12:20pm
ソフトランディングの手本並みに、ガルフが着陸し。
用意させていたクルマでフォートコリンズまで向かう。
ガルフのスタッフは予め言われていたようにいつでもまた離陸できるようにいまから準備をするのだろう。
あの、イカレオヤジが雇っているだけに、一時が万時ソツが無い。
ドライヴァの横で、ドルトンが声を落とし誰かと話していた。
いまはまだパーティションを下げさせているからそのままに聞こえる―――内容からすると、あぁ、おそらく。
ルーファス。あのバカも式には「ええ?だっておれも一応オニーサンじゃねえの!」と笑って言ったくらいだ。
顔を出していないはずが無い。
見慣れた道、それを抜けていく。
ゲスト用のパーキング傍まで近付けば、ドルトンがドライヴァに停めさせるスポットの指示を出していた。
リアウインドウ越しに、周りから奇妙に浮き出した姿が見えた。
―――あぁ、いた。
けどな?外で待ってた、なんてペルに知れたらオマエ。直属でも何でも無いのにどやされるぞ、あのおっかねえのに。
じゃり、と。
パーキングの小石が靴底で音を立て。おれに向かって、うっすらと笑みを浮かべた長身を見遣る。
「ご苦労だな?」
「10日喚かれましたよ、何が何でもコロラドに行くぞ、とね」
ドルトンも、喉奥で笑いを噛み殺し。
ぽん、と。
お気の毒なボディガードの肩を叩いていた。
「おまえは中にいなくていいのか?」
もっともなことをドルトンが言い。
に、と。ルーファスが唇を吊り上げた。
「私以外の者を、入れさせていますので。彼には…ご内密に」
「暢気なモンだな?とうにばれてると思うぜ」
笑い、予想した応えの通りのモノが返される。
「ええ、それも承知ですよ。化かし合いし続けて早幾星霜」
はあ、と溜め息を吐く振りと芝居めいた口回しに、とん、とその肩を拳で突いた。
「死なすなよ?おれが忙しくなって迷惑だ」
「同じコトをアナタに私は言いたいですね」
ドルトンがちくりと嫌味で返してキヤガッタ。
あぁ、悪いなどうせおれは前科者だよ、クソ。
ちらりと時計で時間を確かめる。
1時10分前。
「あと1時間か?それくらいで戻る。茶飲み話で老け込んでンなよ?オマエら」
ケイタイを取り出してから歩き始めれば。
「「元凶が何を仰る」」
リエゾン、かよ。まったく。背中に追いついた。
そして、「婚約者」にコール。
式会場になっているホールの辺りで落ち合う算段だった。
『ハニィ、かわああいいいいわよおう!!』
「いきなり何だ、ヒナ」
アタリマエだろうが、と返せば。
『御馳走様』
「慣れろ、オマエも大概」
笑って返す。
そして、いま立っている道の名前を標識から読み上げれば。
『そこをまっすぐ、ヒナもいまからそこまで迎えに行くから。3分後に運命の出会いだわ』
「あぁ、せいぜい期待してるさ」
くすくす、と笑い声が聞こえた。
落ち合い、かるく抱きしめ。ふわふわとビジンは機嫌が良かった。―――フン?
「きょうもビジンだな、あンた」
「"慣れろ"」
にぃ、と唇を吊り上げた「婚約者」とホールへ向かい。
広く開け放たれた正面の扉を抜け、ホールの入り口。
その扉をひらいてやり、先にヒナが笑みを浮かべてから抜けていき。その後に続く。
すぐに聞こえてきたのは、サンドラの低いよく通る声だった。
生徒総代でスピーチをするとかなんとか、そういえばサンジが言っていたか。
入り口のスタッフから渡されたプログラムを見るともなく片手に。
ガラス越しに光が差しこむホール、その家族席に向かってするすると進んでいくヒナの後を追う。
周囲にさらりと神経を渡らせ。見つけた、大猫とその横でえらく驚いた顔をしているバカ従弟。
―――ナンだ?
そして、その周囲にさり気なく紛れ込まされたガード連中。
大猫の隣にはサンジの両親。
後から入ってきたおれにはトウゼン、気付くはずも無い。まぁ、「エディ」にまたここで泣かれてもな……?
が、
流石だな?コーザが気付いたのと同時に。
壇上のサンドラが方眉を僅かに引き上げて見せた。
ひら、と右手を軽く揺らす。
そして、席に着いたままでも無様にならないギリギリの体勢でコーザが身体を向け。ジェスチェア。
―――あ?プログラム?見ろって……?
指差していた、後半の頁のどこかを。
ヒナがすい、と笑みを浮かべ。
おれの右腕をとったまま、席に着いていた。
プログラムの後ろ、そんな箇所は大体―――
開いていたなら、ヒナが隣から覗き込み。
「その辺りって、ボードメンバだとか新しい基金の紹介よ?式のスケジュールならもっと前だわ」
す、と。
嫌な予感、ってヤツだ。基金の紹介……?ファンドか。
「今年はね?ヴェットになりたい子たちに奨学金制度が出来たの。個人の寄付で」
「―――なんだと?」
「ん?ほら、ここ」
ぱら、と。
長い爪が頁を捲り。きらきらとフレンチネイルに一つだけおかれたジェムストーンが陽射しを反射し。
目が追った文字は――――
エミーリオ・ダマスカス基金奨学制度?!
血の気が一気に引くのがわかった。まさかな?おい。
視線を、前へ上げるのさえ急に面倒だ。
このフザケタ名前が本名だと信じるステーツの関係者はどうかしてるぞ?
壇上に、ちらりと見えたイスの列。
アレを先に視界から消していたのはおれの本能だったか……?
教育者が金に目が眩んでどうするよ、と呪詛を一つ、
覚悟を決めて目線を上げれば――――
『エミーリオ』だぜ。
コーザに目線を投げる。
ぶんぶん、音でもしそうな勢いで首を縦に。
声に出さずに、音が重なった。
「「What a fXXX」」
大猫も気付いたのか、振り向き。
にぃいいいい、と笑みを浮かべていた。
そして、喉首を掻き切るジェスチャア。
あぁ、まさに気分はソレだよ。
大猫も、あのイカレオヤジにはもう面通し済みだ。
そのひとさし指を、コーザが掴まえていた。
あのイカレオヤジ。
おれがサンジを『見せない』からって強硬手段に出やがったか。
サンドラのスピーチは、終盤に差し掛かり。
学生達が醸し出す雰囲気は段々と厳かな、それでも高揚したものに変わっていき。
「ヒナ、」
「なぁに?ダァリン」
「サンドラ、あれは政治家向きだな」
「バッチリよぅ。ジンジャアはね、そのうちワシントンに行くわよ?」
「ホワイトハウス?早めに掴まえとかねぇとな?」
くすくす、と笑うヒナにわざと口端を吊り上げれば。
「でもあの子、クレヴァだから。」
「表には立たないか、」
きらきらと。
赤毛が光に溶け入り、黙っていればかなりビジンなサンジの「オネ―サン」はスピーチを締めくくっていた。
「ん、良いスピーチ」
ヒナが微笑み、ちらりと見上げてきた。
「それで、ダァリン?」
なんだ、と返す。
「ゲストの列に、どうみてもおじいさまの家で見かけたことのある方がいるんだけど。ヒナの気のせいかしら?」
「他人の空似だ」
「フフ。そうも思いたくなるわよねェ」
にぃいい、と。
ゴールドのグロスの塗られた唇を吊り上げていた。
そして、学部長らしき人物が前へ歩み出ると。
漸く儀式が始まるらしかった。ディグリーの授与。
「なぁ、」
「なあに?」
「生徒はいったい何人いる?」
サンドラの名が呼ばれる。
「優にいまから1時間分は」
エミーリオも、しれっとしたカオで他のゲストに混ざって握手してやがる。
すぐに次の名が呼ばれ。
ふわふわとした金色のモノ。そんな形容詞が浮かぶ。
列のなかから壇上へと。
――――あぁ、あの辺りにいたのか。
サンドラがハッキリと、黙っていれば迫力十分なビジンであるのに対して。
境界が曖昧なのが笑える。
大猫が「天使チャン」呼ばわりするのも伊達じゃないか。
ちらりと視線を前方にいるまた別の「金色の」に投げ。
またすぐにどこか緊張気味にゲストと握手をするサンジに戻した。
あンたいったい何がしたいんだ、と胸中で。
ペルがあそこまで不機嫌だった訳もいまなら納得だ。イカレたあンたに、バカ従弟に、おれ。
サンジを万が一の「事故」から遠ざけるために紛れ込ませておいた「ガード」連中にしてみても。こうまで馬鹿げたゲストが
続々と来たなら護りきれるモノも護れやしねぇな。
エミーリオは、ゲストの列からアタマ一つ飛び出して、――――あぁどこにいても悪目立ちするクソオヤジだ。
ここからみてもわかる、フェイクじゃない笑み、そんなモノを浮かべてサンジの手を握っていた。
何を言われたのか、バカネコの目が倍の大きさになってやがった。
関係者席のご夫人連中は、つられて微笑み。
「アイドルの見納めねえ」
横でヒナが笑い。
壇上から降りようとしたサンジが、ふぃ、と会場に視線を流していた。
バカネコ、おれならここだ。
おまえのガウン姿に感極まった学生もいるみたいだけどな、おれは別に泣く必要はねぇし。
「エディ」が。
肩を揺らしていた。泣いてるか、流石だな。おれと会ったときもそういえば泣いていた、最後には。
サンジが涙腺が弱いのは、どうやら父方の気性を引き継いだらしかった。
―――「シャーリィ」は。大猫がオンナなら好み、の範疇の真ん中にいるビジンで、
大猫が気性も引き継いだんだろう。よくできたキョウダイだよ、まったく。
すう、と。
蒼があわせられる。
陽射しに明るい金は透け、あまいだけの色味がふわりと漂い。
ふわりと笑みを乗せた姿に、軽く笑みで返した。
悪いな、遅れた。そう意味を載せて。
前方の通路側。決められた席に戻る前にまた口端を僅かに引き上げていた。
―――フン、うれしいって?
ギリギリにまで抑えた騒然としたなかでの歓声、そんなモノが一瞬ホールを走る。
カフェと違っておおっぴらに叫べないからな、こんな式中なら。
毎度ご苦労なこった、オーディエンスも。
サンドラ曰く「キャンパスのアイドル」。―――まぁ、おれにはハナから関係無い事。
2年間通わせたことを感謝して欲しいくらいだ。
―――いらねぇけどな、そんなモノも。
「ダァリン、」
「ん?」
「カオが嬉しそうよぅ?」
「ハ!まさか」
くすくす、とヒナが小さく笑い、とん、と身体を預けてきた。
「あと1時間。ハニィ持ち出し厳禁よ?」
「―――長いな」
「正直ねえ!」
「ヒナ、」
「なぁに」
「帰りはコーザに―――」
「送ってもらう約束はもうしてあります」
「さすがだな、婚約者」
「ええ、だって共犯者だもの」
にぃ、と笑みを交わし。
二人揃ってながめた先は、壇上のクソオヤジなどではなく。
サンジのいる方向だった。
「長いわねえ、」
「長いな」
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