少し落ち着いてきたエリィに、シェフが料理してくれたキャットフィッシュを小さく千切ってから食べさせて。
尻尾が左右にそれでも揺れていた。相当、部屋にヒトが入ってきたことに驚いたんだろうな。
連れ出しているときに、そういえばメイドが部屋を掃除していたから。
「エーリィ、髭が伸びたらわらってやるぞー」
ぴ、と。エリィのヒゲを軽く引っ張って。ナマズの真似は無しな、と額を擽れば「にぅ」とおれを見上げてきた。
すこし後ろから、ゾロが低く笑っているのが聞えて。
なんだかとても長閑な空気だった。
ディナーの前に、届けれらた新聞の捲れる音がなんだか眠気を誘うほど。

「食べ終わりましたか」
とん、とエリィが手にカオを押し当ててきたのにわらった。
抱き上げて、額にキスを落としてからゾロのいるソファのほうまで戻る。
「散歩、いこう」
「オーケイ」
読みかけの新聞は、デスクの上。
きちんと畳まれるところが、ゾロだ。
そして、それがばらばらになっていることがあれば、エリィのお仕事。
だけどこの部屋は、エリイの好きな「家具の隙間」だとか「イスの間」だとか他にも魅惑のポイントはたくさんあって。
おれたちが少しくらいいなくても、探検のし甲斐は充分すぎるくらいあるから多分ダイジョウブだ。散らかした新聞で
叱られることはないね、多分。

エントランスから「いいこでお留守番だよ」と声を一応はかけてから、ドアを開いた。
まだ夜はそれほど更けていないのに、5階は空気がしん、と冴えていて。廊下の奥からエレヴェータの動く音が微かに
届いてきた。
「コドモだったらひとりで夜歩けないね、なか」
隣を歩くゾロの足音も聞えない、でもこれはいつものことだけど。
「スリルの好きなガキなら、忍び込むな」
エレヴェータのボタンを押した。ティン、と乾いた音が廊下に木霊していく。
くく、っと洩らされたゾロの笑い声がまた空気を揺らしていって。
「あぁ、オマエとか?」
わらって、開かれたエレベータのドアの中に入った。

「じゃさ?スリル?」
古い矢印がグランドフロアまでをひとつずつ指していくのをちらっと眺めて、ゾロを見上げた。
とん、と頬にキスをひとつ。
「はい、ドアが開くまでに一回成功」
「バァカ、」
グランドフロアに着く前に、とん、と。髪にキスが落ちてきて、またちいさくわらった。
「わ、スリル」
のんびり、他愛も無いこと。

もう一度ドアが開けば、5階の静けさとは一変して。鉄のゲートをスタッフが笑顔で開けてくれた。その先に、落とされた
光の中で饒舌な家具と空間、それを適度に埋めるニンゲンがいて。
「ガーデンは、表のドアから行けばすぐわかるのかな?」
スタッフに尋ねたなら、
「このウイングの、先のドアから出られればすぐですよ」
「ありがとう」

ロビーを横切っていく。
ティールーム、ここも誘惑だなぁ。居心地良さそう。
そして、どこかから落とされたピアノの音が聴こえて来ていた。
「あ、バーもあるみたいだね、どこか」
「そうだな」
ゾロをすい、と見上げてみた。
「帰りに寄る?」
くう、と口許に刻まれている笑み。
「どうかな。シャワーを浴びたいかもしれない」
「そう?じゃ、その後。ナイトキャップに降りてこない?」
「気分が乗れば?」
「はぁい」

重たいシャンデリアからの光がウィングの端まで繋がる飾り廊下を照らしていて。
「乗りそうもないな?その目の色を見ればわかるぞー」
金のクレイビングのあるドアが見えてきた、と思っていたら。
「オマエはどうやら夜行性になりつつあるらしいな」
ふ、と降りてきたゾロの手が、アタマをくしゃくしゃと乱していって。
その手の感触に目を細めちまう。気持ちいいし。
「あ、おれはね」
く、とそのまま乱れ落ちた前髪の間から見上げて。
見下ろしてくるグリーンにあわせた。
「元々、夜行性だったンだよ?だから言うなれば、戻りつつある、が正しいです」
すい、と手の上に手を重ねた。
「ふン。だから悪い連中がみんな昼間に仕事をし出すわけだ」
「んん?」
にぃ、とグリーンが煌めいて。
ドアを開けてくれた、そして。

「――――わ、」
届いた、湿度と交じり合った緑の匂いにゾロを見上げる。
「ほんとの、森みたいな匂いがするね…」
「久しぶりに海風以外を嗅いだな」
喉奥で笑いながら、じゃり、と踏み出した足の下でまた小石が音を立てていて。
「ゾォロ、」
く、とその腕を軽く引いた。
「虫まで鳴いてるよ」
オドロキ。

「初夏とはいえ、もう夏かこっちは?」
「いまも、20度越えてそうだし」
少し関心してるみたいな口調だったゾロに返して。
ぼんやりと足元を照らすライトの埋められた遊歩道に沿って歩いていけば、誰もが辿り着けるように設計されているらしい。
ローズガーデンに道は続いていっているみたいだった。
暗がりに香りが漂い始めていた。
「5月に来たら圧巻かもね」
いまは緑が圧倒的に多いなか、それでもいくつか夜の中に花が浮き上がって見えていたけど。
「そんなもんか?」
そうだよ?と答えて。
生垣風に造型されているガーデンを取りぬけてみた。
植込みが幾何学模様を描いて、中心には噴水。フランス式庭園、ってやつだね。

さく、と。流石にこれはゾロも足音が少しだけしていた。
「あ、なんか嬉しいかも」
ひょい、と見上げる、噴水の横で。
「ん?」
「足音、おまえの」
「そんなものが?」
「そう」
くく、と低く笑いながら言葉にするゾロの腕を軽く押して言ってみた。
「気を許されてる感じがするだろ?」
「おやおや。まだ親密度が足りないっていうのか、オレの天使は?」
「欲張り復活かもね、夜行性と一緒に」
わざと目を見開いて見せたゾロに笑いながら答えて。
噴水からまっすぐに続く小道を指差した。
「これ、このまま進むとトロピカルガーデンに行けると思う」

「欲張りな猫チャンに任せよう」
聞えない振りをしてみた。
「マグノリアの花って、いまシーズンかな?」
「さあ?」
すい、と見上げて。
「じゃ、確かめに行こう」
微笑みかける。
「Sure」

だけどね、言わないことがあるんだ。ウン。
ちょっとばかり、―――欲張り復活ってふざけていったこととは関係は無いんだけど。
自粛?自制?……ジブンから誘ってばかりな気がするのは気の所為かとも思ったけど。
やっぱり、ウン。気のせいでもない気がするから。
自分の中でヒトツ決めてみた。
サソワナイぞ。
―――ウン。
ジブンからは誘わない。―――あああ、なんか。独り言にしてもなんだか馬鹿馬鹿しくも恥ずかしいなあ。

「じゃあ、咲いてたら、バーに寄る?」
ディール?ともちかけてみた。
ここが薄暗くて助かった、カオ赤いの、ばれてないよね。




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