身体の濡れたままリビングに戻った。うううん―――ちょっと不自然だったか…?
ちらっと行動を洗いなおしてみても、だけどそれほど奇妙なこともなかったよな、と思い直した。
ああでも。
あっさりゾロを先にバスに行かせたのは―――や、でも。おれだって相手を気遣うくらいはするし。

ひた、と水滴が髪から首筋に添って流れてきて。持って来ていたタオルを被ってみた。
―――あれ?
エリィ。いないか?もしかして。
「エリィ?」
呼びかけても、リビングからは動くものは見えない。
ベッドにもう行ってるとか?マスターベッドルームはドアを閉じてあったから、サブのほうだな、じゃあ。

バスルームの前を通ったなら、開けはなしたままのドアから声が洩れてきた。
これ―――スペイン…ポルトガル語、かもしれないけど―――?
サブベッドルームへ行く前に、足が廊下で止まる。
柔らかに甘い、韻を踏んでいく。
ボッサ、っていうよりはやっぱり―――
「ジャズマンめ、」
く、と勝手に唇が吊りあがったのがわかった。カエターノ・ヴェローゾも、おまえにかかれば「こう」なるわけか。
『Tropicalia』
すっかり、ジャズ・ボッサにアレンジしなおされてる。
ドア口から、なかを覗き込まずに声をかけた。
「ブラーヴォ、もっと歌ってほしいよ?」
拍手も付ける。
なか、覗かないけどな。

サブベッドルームのドアは開けられていて、ベッドの真ん中。
重たそうなベッドカヴァを少し皺を寄せるようにしてエリィが体を伸ばしているのを見つけた。
ドア口から声を掛けてみた。エリィ、起きてこっちにくる?
グレイの塊は、くううっと一度起き上がったけど。
手足を伸ばして、またそのままベッドの真ん中にとさ、と埋まりなおしていた。
「なるほど」
天蓋つきベッドはお気に召した、と仰る。

「こぉら。エリィ」
広い部屋を横切って、ベッドの足元からエリィの横に軽く横になった。
背中を撫でてみても、尻尾がヒト揺れ。
アタマの下に手を差し入れてみても、「むーう」と唸ったきり。
耳を澄まさなくても、水音と一緒に少し遠い、柔らかな歌声は聴こえてくる。
「ベイビィ、おいでよ?」
片手に抱き上げてみても、たら、と体を伸ばしたままでまるっきりやる気なし、だねえオマエ。
「わかった、じゃあ一人でナイトキャップでも飲む。おやすみ、」
とん、と額にキスして。
返事は、「なぅ」だってさ。

ベッドに起き上がって。天蓋の絹織物を眺めてみた。
うん、こういうときの中間に着てるモノ。どうせこういうばかげたまでのスケールでアンティークな場所なら。
「いっそのこと、ジャポネ?」
シノワでもいいけどね、どっちでも。
ああでも。どうせならシルクだけさらっと羽織ってる方が楽そう。
いまはローブ、水で重いし、ちょっと着替えるしかないよなぁ。

「おやすみ、」
サイドテーブルの―――ガレだ、このランプ。
灯かりを落としてやって。少しわらった。
アールヌーヴォのランプ明かりで寝るネコ。

ベッドルームを出て、もう一度着替えなおしてから廊下に出ればもうボッサのリサイタルは終わってるみたいだった。
ザンネン。
万が一、下に下りることも考えて一応ギリギリな線で着替えたけど。
リビングに戻る前にヒトの気配がするキッチンを覗いたなら、ボトムズだけを穿いたゾロがいて。ボトルから水を飲んでた。
「あ、ちゃんと拭いたんだね、偉い」
「誰かさんと違うからな」
に、と笑みが口許に浮かんでいた。

「そのカッコ、可能性としてはもうゼッタイ下に下りないとみましたが?」
返事の代わりに、すい、とゾロの指がバーカウンタの方を指していた。
「何か飲みたいのなら作ってやろうか、」
とん、と。ハダカの背中を拳で軽く突いた。
「ナイトキャップ、ってさんざんおれ言ってたよ?」
「そう。だから何をナイトキャップに呑みたいんだよ?」
「んん?でもいいよ」
笑みをそのまま見上げた。
「へぇ?」
「氷に入れるだけだもん、自分でも出来る」
「氷削ってやろうか?」
「ダイジョウブ、」
くっく、と低い笑みが聞えた。耳にすう、と馴染んで。
備え付けの、キャビネットを開けてみれば文句無しなセレクションがされていた。

「そういうおまえは?いらないの?」
アイスブルーの角張ったボトルを見つけて、それを引き出した。
「入れてくれるのか?」
「ん?それくれらいはするけど」
氷を取り出してから、そんなに量はイラナイから。小振りなロックグラスを取り出して中に落とした。
あとは―――あった、フレッシュライム。
「あ?そうだ」
すい、とゾロを見遣った。
「ん?」
「おれ、前に作ってやったこと、あったよね…?」
違ったっけ?
ライムを搾って、ジンに垂らした。
ん?
すう、とグリーンが見詰めてきて、目を上げた。
「ハイ、何にします…?」
ブレンダー使ったりとかは、音が煩いかもね、とゾロに笑いかけた。

「モルトがいいなら、――――けっこう種類ありそうだよ」
逸らされないグリーンを見詰めてもう少し言い足した。
「折角のサウスだからな、ロンリコの151プルーフをロックで呑むかな」
よろしく、と微笑まれて。
「承りました、氷は丸くシェイブするの?」
ボトルをキャビネットから取り出した。
「いや、グラスに入ればいいさ」
「それだと、2分くらいかかるけど、なし?―――オーケイ」
「どうせ呑むのに時間はかけない性質だしな」
「強いもんね、おまえ」
氷をグラスに半分くらい充たしてからラムを注いで。グラスを軽く押し遣った。

「どおぞ」
「サンクス、」
「あのさ?」
ゾロの横に戻ってから見上げた。
「んー?」
「書斎と、リビングとテラスと。三択できるよ」
すい、と掲げられたグラスに、同じようにグラスを持ち上げた。
「酒を取りに戻るのも面倒だ、ここで呑むか、」
「んん?そんなに飲むんだ―――?」
笑ったゾロに、軽い口調で返して。
スツール代わりの、背の高いイスに座りなおした。
「オマエが呑み足りないだろ?」

「マサカ!これ一杯でふらふらかもだよ」
に、と笑いかけて。
「それこそマサカ!オマエの底力はそんなもんじゃないのは周知の通りだぞ」
喉奥で笑うゾロを座ったままで見上げた。
「じゃ、さ。一人でバーに行ってもダイジョウブだよね」
フルーツは切らないでいい、と。ゾロのオファを断って告げて。ジンを一口、飲んだ。




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