トス、とサンジの額を軽く指先で突いた。
「オマエもいい加減、解りなさい、人の言っていることを」
「んん?」
「酔っ払ったオマエが心配なんじゃない、他人がオマエを構うのを見るのが嫌だと言ってるんだ」
素直に見詰めてくるオバカチャンを見下ろす。
く、と首を傾けていたサンジの頬を突付く。
「この後に及んで、“誰もおれを構ったりなんかしないよ”とか言うなよ?」
サンジが開きかけていた口を、むぐ、と閉じていた。

「オマエの脳みそ、オンナしかカウントされないように出来てンのか?」
笑ってグラスの中の琥珀色の液体を呷る。
く、と見上げてきたサンジが、これまた素直にウン、と頷いていた。
「ふわふわしたものだけ、」
「ムサイデカイカタイ野朗どもは眼中にナシってか?」
ああ、あとキラキラしたのも、と言っていたサンジに苦笑する。
「アリエナイ、」
ウェイタもレストランの親父もバーで見詰めてた男も調教師も記憶からクリアされてンのかよ?
たまんねーな、オイ。

うええ、と。柑橘類を間違って嗅いだチビくらいに珍妙な面を曝していたサンジの額を突付く。
「オマエの見えてないその連中はな、」
溜息で続ける。
「ふん?」
「オマエの視界に入れてないと思った瞬間、傍迷惑な努力を以って入り込もうと無駄な足掻きをしやがるから、少しは居ると
認識しとけ。性質悪ぃんだからよ」
世の中にゲイがいると、なんで解らないかね?
オマエの恋人のオレって―――スーパーマンかなにかか?もしかすると?
クラーク・ケントだって、雄だったはずだけどなァ?

からから、と手の中の氷を音立てて、それからこく、とジンを飲んでいた。
「認識したら、放っといていい?」
きゅ、と見あげてくるサンジに再度溜息。
「だから、オマエが放っておきたいのは重々承知しているが、連中がオマエを放っておかないんだっつーの」
「殴らないし、喧嘩しないよ?」
「しつこけりゃ殴れ。喧嘩はすンな、一発で伸せ」
無理難題、だろうなあ。
まあ、だからこそ―――独りで放置?フザケンナ。

「面倒だな、ソレ。」
困り顔のサンジを見下ろす。
「……ああ!」
ぱ、と顔が明るくなりやがった。何を思いついたんだよ?
「一緒に飲んで、向こう潰せばいいのか、カンタン」
自慢そうに言ってから、からからとグラスを回していた。
「でも、どうせ飲むなら女のヒトがいいなぁ、」
「―――質問、」
溜息。
んん?とサンジがにっこり笑顔で見上げてきた。
「オマエが一人潰すのに何時間かかるか知らないが。その間オレは勝手に遊びまわっててもいいのか?」
そんなことをするわけもないが。
いいよ、とか言われたら、さてどうするかな。

ロンリコを口に含み、喉を通る際にアルコールが蒸発していくのを感じる。
嚥下した後には、ふわりと甘い香りが残る。
サンジがまた、く、と首を傾げていた。
「しかも相手は一人でやってきてくれるとは限らないぞ?」
「あれ…?」
「んー?」
じぃっと見詰めてくるサンジを、呆れ半分に見下ろす。
「おれ、一人で行ってるんだっけ…?」
それは困ったなあ、とやけに真剣な口調だ。
「オトモダチでも呼ぶつもりだったのか?」
から、とグラスの中の氷を揺らした。
すい、と指を指されて、片眉を引き上げる。
「いるもんだと思い込んでた、いないのは寂しいナァ、」
「“一人でバーに行っても大丈夫だよね?”と言ったのがそもそもの発端だったろうが」
空にしたグラスを持って、サンジが新しいのを作りに立ち上がった。

「んー、じゃあオマエが来てくれるの待ってるよ、そこで」
にこ、とサンジが笑っていた。
……この石頭はどうしたことか。
「ベイビィ?」
「なぁん?」
オバカチャン、コッチキナサイ。―――誰かの口調に似てやがる、クソウ。
また新しいのをさらりと作り終えていたサンジが、視線を上げていた。
「一人で放っておかれると思っているのは間違いだと言ってるんだが?」
だからそこで、マサカ、とか言うなよ。
ふわあ、とサンジが微笑み。
「ほんと?」
だと。
「まーさかー」
くくっとサンジが笑っていた。
口の中でXXXXと呟く。

「新しいの、作ろうか…?」
「ボトルごと寄越してくれるとありがたいな」
「おれの楽しみが無くナッチャウヨ」
グラスに向かって手を伸ばされた。
黙って差し出す。
「ん、作るね」
むやみやたらに母国語で放送禁止用語が垂れ流しになっている状況を誰かと分かち合いたいが、さて、誰ならわかって
くれるだろうな?

ふわん、とブルゥが甘い色味を刷いていた。
甘いラムの充たされたグラスがすぐに手の中に押し込まれる。
「はい、オマタセシマシタ、」
「グラッツェ」
軽くグラスを傾けて、一気に呷る。
酔うことができないのは、マイナス面もあるってな。

くう、とサンジが嬉しそうに笑みを浮かべた。
「グラッパでも、追加してもらう?」
明日とか、と言いながらサンジがボンベイ・サファイヤを静かに呑んでいた。
「グラッパなんか呑めるか、」
苦笑する。あークソウ。
「んん?嫌い、とか?」
「不味いだろうが」
オレの機嫌もな。ハッ。
「ここ、」
「はン?」
すい、と喉を指で軽く触れられた。
「舌じゃなくて、喉で味わえって教わらなかった?」
にこ、と微笑まれる。
「教わったが教えてくれた両人も、アレは酒じゃないと豪語してやがったぞ、」
「だーって、シボリカスだもんねえ」
駆け引き―――なワケがないか。
けらけらと笑って、まあゴキゲンでいいこった。

「まあそんなものはどうでもいい、」
「はぁい」
すい、とサンジの頤を捕まえる。
「ん?」
「金輪際二度といわないから一発で覚えろよ。いいな?」
オレのワガママってことにしといてやる、クソウ。
ぱちぱち、と瞬きを繰り返しているサンジの目を見詰め、軽く目を細める。
「―――はい…?」
「オレはオマエを一人でふらふら遊びに行かせる度量は無ェ男だ。最終的に行っちまうならともかく、オマエがオレの
恋人である限り、そのポリシィは変える気は無い。UNDERSTOOD?」




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