―――COMMUNICATION ERROR.
まったく意味が通じて無ェ。
ロッキングシステムに打ち込んだ開錠パスワードが無効化されてるのと同じくらいに通じて無ェ。
きらきらと自慢げに目を輝かせて見あげてくるのがカワイイのが救いといえば救いか。
激しく内心で脱力する。

そういえば―――野良猫と最初に出逢った時もこんなカンジを味わったっけな。
危険だぞ危ないぞ側に居てもいいことなんざヒトツもないぞ―――すっぱり理解せずに、にぱ、と笑っていやがってたっけか。
“ダイジョーブダイジョーブ、うん、ちゃんと解ってるから。でもってオレが選んだことだからヘーキだってどうなってもサ?”
まったく違う二人のサンジなのに、どこか底辺で双子以上にそっくりでいやがる。
強情、石頭、糠に釘、馬の耳に念仏。
思考回路がオレとは違って作られているらしい、どんなに説明しても、微妙にズレて納得するんだよなァ。

これは、もう。
解らせようとするだけ無駄なんだろう。
傲慢だろうがワガママだろうが、こうなったらオレが手っ取り早く我を通した方が楽なんだろうな。
一応説明はしたぞ?オマエが理解しなかっただけで。

溜息と共に、また充たされたグラスを受け取った。
「どうした……?」
くう、っとサンジが見あげてくる。
「どっか、いたい?クスリ?」
「違う」
くしゃくしゃとサンジのアタマを撫でてやる。
「ほんとに?」
まあ、ある意味“アタマが痛い”けどな。
「本当に」
ほら、オマエももっと呑め。
グラスにジンを注いでやる。

アクアブルゥのボトルを置いてスツールに戻れば。
サンジが手を伸ばして手の甲に触れてきた。
そのまま火照った掌が頭と頬に触れてきて。
「あぁ、じゃあ…疲れた?」
「まぁ、な」
疲れた―――疲れたな、ウン。
「ロング・ドライブ、オツカレサマ」
するりと頬を撫でられて苦笑する。
「今日はまだ短い方だったけどな」

がりがり、と氷を齧り始めたサンジに小さく苦笑する。
かり、と音をさせて噛み砕いたソレを飲み込んでから、
「でも、しばらくここにいるんだよね」
にこお、と笑みを浮かべて見詰めてくる。
「ああ、しばらくはな」
だからできるだけ目立つことはしねェぞ。

サンジが新しいグラスに手を伸ばし、一口飲んでから「ライムばっかだと、不味くなってきた、」と呟き。くい、と飲み干していた。
―――ああ、もしか…しなくても、酔っ払いか、オマエ。
「美味しいけど、不味いよぅ」
笑い上戸も相当なモンだったが、支離滅裂なセリフ吐くのもな…。

「トニックでも要るか?」
グラスを持ったまま、首が横に振られる。
「炭酸、――――や、」
「ライムやめてレモンとか?」
「や、」
する、と降り立ち、けれど足はしっかりとしたままカウンタの裏へ歩いていく。
それからガシガシと氷を細かく砕き、シュガーキューブも混ぜてグラスに入れていた。
ジンをゆっくりと注ぎいれている。
出来上がったものを見たサンジが、ぽそっと呟いた。
「あぁ、ミント。葉っぱ、貰って来ようかなぁ」

――――――14で習った教訓。
“酔っ払いに怒ってはいけない。”
そもそも期待してはいけない。
ハナシを案の定、ちぃっとも理解していなくても、ゼツボウしてはいけない。

「あ」
さら、と首を傾けていたサンジが、きゅ、とマジメな顔をして見詰めてきた。
「―――なンだよ、」
「約束だね。一緒に行こうか!」
にこお、と。ラファエッロの聖母すら凌駕するほど綺麗な笑顔を浮かべていた。
「却下」
「うん?そお…?」
すい、と首を傾けたサンジの額をついっと押し返す。
「バァカ」
そのまま立ち上がって、コーナにある年代モノのテレフォンに手を伸ばす。

ワンコールでフロントに繋がる。
『フロントです、いかがなさいましたか?』
「トップフロアのウェルキンスだ。ミントを部屋まで届けてはもらえないだろうか?」
背中、じぃっと見詰めてきているのが解る。
アルコールで体温が上がってしかも微かに頭の中が揺れているのだろう、いつもより集中した視線だ。
色を付けたらレーザ光線のように真っ直ぐ伸びてたりとかするんだろう。

「ああ、じゃあ苺、とシャンパン!!―――うう、吐くー、だねえ…!」
けらけらと楽しそうな声。
電話越しに聴こえたのだろう、フロントクラークの男が微かに笑いを滲ませた声で言ってきた。
『どうなさいますか?』
「聞き流してくれて構わない。フルーツは頂いている」
「シャ−ンパーン!ピンクがいいですー」
『ロゼ・シャンパンもご注文ではないのですね?他には何かご入用の物はございませんでしょうか?』
「大きな羽の団扇ー」
煽ってあげないとなぁ、と続いた独り言がまた聞こえる。

「塩はあるか?」
「じゃあレモンも」
『塩、ですか?キッチンキャビネットに御座います。レモンは冷蔵庫に入っていると思いますが』
オネガイシマス、と言ってきたサンジの声が聴こえているのだろう、微かに笑いの滲んだ声が応えてくる。
「あ、ちがうグレープフルーツだ、」
「それは冷蔵庫に入ってた」
サンジに言ってやり、また待たせているクラークに戻る。
「はぁい」

「それじゃあミントだけ頼めるだろうか」
『すぐにお持ちいたします。2分ほど頂けますでしょうか』
「夜遅く済まないな」
「ありがとう」
『―――またなにかありましたら、ご遠慮せずにフロントまでどうぞ、ウェルキンス様』
ございます、と付け足していたサンジの声も聞いたのだろうか。
柔らかい声でクラークが言い終えたのを確認して、通話を切った。

「で、オマエ。レモンとグレープフルーツ、どっちがいいんだ?」
キッチンを指差す。
そろそろラムだけも飽きてきた頃だったから、レモンは切りに行こうと思ってはいた頃だった。
「両方、」
にこお、とサンジが笑い、オーライ、と請け負う。

「あ、ゾロ?」
すいすい、とサンジが自分を指さしていた。
キッチンに向かいかけていた身体を僅かに傾ける。
「ん?」
「おれね?ソルティードックも上手いけどギムレットとマティーニも造るの上手いよ」
いつでも言ってください、とふんわりと笑顔を浮かべていたサンジに小さく笑みを返す。
「まあそのうちな。今日は強いまま飲みたい気分なんだ」
「ふうん?」

キッチンに歩いて行き、冷蔵庫を開けた。
ウォッカとかまた付き合ってもいいよぅ、と歌うような節が届いてくる。
飲兵衛だよなアレは完璧。
未成年だから、とは言わないが。
ミテクレを裏切るというか―――“保護者”のヤツ、知ってやがんのかねェ?
ああ、それとも―――これも助長してたクチ、なんだろうか。
腹黒いからなァ、アレも多分きっと。

「ああでも、レシピどうだろう?違うのかなぁ、教えてくれたんだけど、ゾロー?」
冷蔵庫からグレープフルーツとレモンを出し。両方を水で洗う。
手を拭き、シェルフを開ければ―――ああ、あった。缶入りの塩。“マルガリータ・ソルト”。
ふわふわに明るい声が、
「おまえ、ソルティードッグにビター落としたりする?」
と言ってきていた。
「オマエ、ジンからウォッカに切り替えるのか?」
声をかけてやれば、古めかしいチャイムの音。
「付き合うって言ったじゃないか、覚えておいてほしいよう」
「オレが飲んでいるのはラムだよ」

あ、おれいくね、とすたんとスツールから降りていたサンジを押しとめて。
「座っとけ、」
「んん?」
ソファを指さして、GO、と命令。
命令、するのは好きではないけどなァ。
きょとん、と見あげてくるサンジの頭は一応撫でておく。
意味は考えろ、ヨッパライ。

エントランスへ歩いていき、ドアを開ける。
ドアの横に小さなモニタがあって、そこに映っていたボーイが少し緊張した面持ちで立っていた。
「夜分遅くに済まない」
「イエ、ミントのお届けに参りました、ウェルキンス様」
背後では鼻歌交じりにガシガシと氷を砕いている音が聴こえてくる。
「ありがとう、」
小さなバスケットに入れられたものを受け取る。
代わりにチップを差し出す。夜間料金入り。

「サンキュー・サー、良い夜を」
ぺこ、とボーイが頭を下げた。
少し多めのチップ。口止め代が入ってることは理解しろよ。
「グンナイ」
「グッドナイト、サー」

ドアを閉めて、“ガール・フロム・イパネマ”を歌っていたサンジの側に戻る。
「ほら、ミント」
ちゃんと洗ってくれたのか、僅かに水の雫がライティングに煌いていた。
サビを歌っていたサンジが歌い止めて、ありがと、と言ってきた。
くしゃ、と髪を撫でてやり、それからレモンを小さく切りにキッチンに戻る。

ミントを千切ってグラスに落としていたサンジは、にこにこと笑い。
「これこれ、うん」
と一人納得していた。
「美味しいよ?試す?」
とろんとした笑顔。
首を横に振る。
「それよりカウンタ戻って座ってろよ」
「ええと、」

レモンを2個、八分の一ずつに切り。
グレープフルーツも同じように切って皿に盛った。
塩の缶を持って振り向けば、サンジがすうっと見上げてきた。
それから納得顔でカウンタに座りに行き。
「ソファは、後でか」
その通りだよ、ダーリン。
オマエもちぃっとも呑み足りてないだろ?

「でもねえ、ゾロ?」
ブルゥが見上げてきた。
「おれ、イスから落っこちないよ?待ってても」
ハイハイ。
イイコでいられるのはちゃんと解ってるって。
けどな?
「ベイビィ、カウンタの方が酒を選びやすいだろ?ソファに座ってたらイチイチ面倒だろうが」




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