シャワーを終えて着替えを済ませ。
タオルをランドリのバッグに放り込み、エントランスでキィを返した。
まだホールに居たブラッドリィに、誰かランドリを引き取りに部屋まで寄越してくれ、と言えば。
「よろこんで、ミスタ」
にっこりと微笑まれた。
昨夜多めにチップを渡したせいか?
部屋に戻れば、サンジはまだ眠っていて。
けれど仰向けになっていたということは、少しは回復したということなのだろう。
「エリィ、いい子だな、」
足元に挨拶に来たエリィを抱き上げ、引き渡すランドリを支度する。
部屋を覗くまでサンジの肩辺りに背中をくっ付けて寝ていたせいか、ほかほかの毛皮には寝癖がついていた。
「シャワー浴びるかオマエ?」
「な!」
「ブラッシング?」
「なーぅ、」
「ミルクは?」
「んなぅ!」
「餌にはまだ早いからミルクだけな」
「なーぅ、」
サンジが寝惚けたかすれ声で、「――――ぃ、」と言っていた。
「サンジの側で待ってるかオマエ?」
ぴくん、と耳を撥ねさせたチビをフロアに下ろしてやれば、とっとと小走りにサンジの足元に長く伸びに戻っていた。
「ブラッシングとミルクはこっちで済ませてやろう」
「なーぅぅ、」
エントランスにランドリの袋を持っていけば、ちょうど気配がしたのでドアを開けた。
「ベルを鳴らそうか迷いました、」
ブラッドリィ本人だった。
「心遣い痛み入る」
「イエ、こちらこそ」
ちらりと奥に目線を飛ばしたボーイに苦笑してランドリを手渡した。
バックポケットから紙幣を取り出して手渡す。
「よろしく頼むよ」
「畏まりました、ミスタ。またなにかあればいつでもどうぞ」
にこりと笑ってブラッドリィが下がった。
ドアを閉めて、キッチンに戻る。
時刻は3時半過ぎ。
ミルクをソースパンで温めながら、ミネラルウォータをボトル半分ほど飲み干し。
ミルクをあけ替えたボゥルと一緒に持ってベッドルームに戻る。
サンジがエリィを抱き締め、その背中に顔を埋めていた。
水はサイドテーブルに、ボゥルをフロアに置いてから、ブラシを取りにメインベッドルームへ。
サブ・ベッドルームに戻れば、するりと抜け出したらしいエリィがのんびりとミルクを飲みにかかっていた。
チビに逃げられたサンジは不満げに眉根を寄せている。
寂しがりやめ。
開け放したままの窓からは、爽やかな風が吹き込んでいた。
ふ、とライブラリに古い蓄音機があったのを思い出してそちらに足を向ける。
蓄音機が作り付けになっていた棚を開けば、年代モノのレコードがきれいに手入れされて入っていた。
一枚を取り出してみれば―――さすが、ニュー・オーリーンズか。
ルイ・アームストロングのレコードだった。
ジジジ、という音に混じって、軽快なバンドの音が響き出した。
それから独特の“神様”の音。
“When the Saints Go Marching In”をリズムに合わせて口ずさんで戻れば、サンジが俯いて眠っていた。
酷く寂しそうな寝顔。
ぷっと溜まらずに笑ってから、エリィのブラシを取ってチビを呼ぶ。
トン、と膝の上にかろやかに乗ってきた“息子”に歌ってやりながら、ブラッシングを念入りにする。
サンジの足がぺとりと腰にくっ付いてきて。
ちらりと見遣れば、微妙な表情の“天使”。
“ハロー・ドーリー!“を歌う頃には、サンジは足を引っ込めてリネンに丸まっていた。
「それは抗議か、サンジ?」
草臥れ果てている末の眠りの筈にしては雄弁だな?
チビのブラッシングを終えて、手を洗いにウォッシュルームに行き。
戻ってきればますます寂しそうな顔でリネンに丸まっていた。
その分だと夜は大丈夫そうだな?
“Let's Do It"がかかっているのを耳にしながら、サンジの横に身体を休ませる。
背中から腕を回す。
むずがるように身体の向きを変えようとしているサンジに、じっとしてろ、と耳元で囁く。
ああ、ついでだから耳も噛んでおこうか?
かぷ、と耳朶をピアスすれば、ぴく、と僅かにサンジの身体が撥ねていた。
「大人しく寝てろ、」
「――――――…ろ?」
「他に誰がいる、」
細い声に苦笑しながら答え、後ろから頬にキスをした。
それからサンジの後頭部に鼻先を埋めれば、ふうう、と小さな甘い溜息を吐いていた。
とろ、と身体の力が抜けていくのが腕に伝わる。
じじじ、とレコードが終わるのを耳にしながら、目を閉じた。
「――――――…と、――――て、」
「なに言ってンのか解ンねぇよ、」
笑って抱き寄せて、サンジの背中がぴったりとくっ付いてくるようにした。
「黙って寝てろ、」
世話の焼けるコネコチャンだな、と言えば。
ふ、と甘い息を零して、手がそうっとリネンの上をさまよっていた。
その手を片手で捕まえて、リネンに縫い留めておく。
「おやすみ、ベイビィ」
「…んん、」
囁いて、そうっと意識を休ませる。
さわさわ、と風がカーテンを揺らす音と。
エリィとサンジが眠る吐息だけが聞こえてきた。
“What a wonderful world”。
まったく、悪くない世界だ。
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